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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.07.18[00:07]
     *


 全校集会は三十分もしない内に終了した。
 生徒たちはゾロゾロと講堂を去っていく。
 美人と零治は並んで廊下を歩いていた。
 先ほどから美人は何も喋らない。零治は何度か話しかけてみたが、全く反応はなかった。貝のように堅く口を閉ざしてしまっている。
「――ビジン、こっちだ!」
 零治は、右へ曲がらなければいけないのに直進しようとした美人の腕を掴んだ。
 今度は応えがあった。
 ハッとしたように零治を見上げる。
「あっ……ゴメン、ボーッとしてた」
「ボーッとじゃなくて、考え事だろ?」
 零治は唇を尖らせながら訂正する。美人が自分の声に耳を貸さない時は、大抵独自の世界に深く入り込み、考えに耽っていることが多い。
「うん。どうして『二人もなんだろう?』って」
 美人は哀しげに視線を落とす。
 今朝は、朝刊やニュースを見る時間がなかったので、学園へ来るまでは事件のことを知らなかったのだ。
 赤城文彦の死は、美人に多大な衝撃をもたらした。
 昨日、薔薇子と西野から聞いた《鏡月魔境》に繋がっている気がする。
 ――いや、間違いなくそうだ。文彦は、魔境から這い出てきた魔物によって殺されたのだ。《榊総子》を狙っている魔物の餌食に……。
 考えると、胸がチクリと痛みを発した。
 自分のせいじゃないと解っていても、辛い。
《鏡月魔境》の封印が解けかかっていなければ、彼らが《榊総子》を狙って地上を徘徊しなければ――文彦と真弓は生命を失うこともなかったのだ。
「偶然だろ」
 零治は美人の杞憂を晴らすように短く告げる。そんなことを一々気にしていたら身が保たない。優し過ぎるほど優しい点が美人の長所だが、それは同時に短所も表していた。いつかその優しさが美人を自滅させるのではないか、と零治は常に不安に思う。
「でも、二日連続だよ?」
 美人は更に表情を曇らせる。
 ――零治は知らないから。
《鏡月魔境》の存在を知らないから、偶然だと思えるのだ。これは、単なる《偶然》なんかじゃない。現に殺されたのは聖華学園の生徒だけだ。魔物は、榊総子に『出てこい』と脅しをかけているのだ。彼女が、最早この地上にいないことを知らずに……。
「それでも、偶然だ。他に何があるんだよ?」
 零治が繰り返す。
 美人は断言する零治の顔を一瞥し、すぐにフイッと逸らしてしまった。
「何だよ? ……何か知ってるのか」
 美人の態度が気になって、零治は問いかける。
 情報を持っているけど言えない――美人がそんな表情を見せたからだ。
「知らないよ」
 美人は零の方へ向き直る。
 とても零治には《鏡月魔境》のことは言えない。現実主義者の零治は、それを一笑のもとに軽く受け流してしまうだろう。そうでなければ、美人の身を案じて首を突っ込んでくるに違いない。それだけは、避けたかった。
 零治を危険な目に遭わせる訳にはいかない。
「――なら、いい」
 零治はあっさりと話を打ち切った。美人が追求を拒むのなら仕方のないことだ。自分に対して心を開いてくれないのは辛いが、美人は何か考えがあってそうしているのだろう。それを解ってやれないほど、無神経な人間ではない。
「とりあえず、明日から一週間休みだ。思う存分、遊べるな」
 明るい口調で話題を切り替える。
 美人は呆れ顔で肩を竦めた。零治の顔がとても嬉しそうだったからだ。
「自宅待機だよ」
「そんなの関係ないって。一緒に遊ぼうぜ」
「志乃さんは?」
 美人は、零治の年上の恋人を思い出して訊ねてみる。恋人がいるのだから、彼女と一緒に過ごせばいい。
「残念ながら、社内旅行でシンガポール。この寂しい気持ち解ってくれる?」
「――解った。夜、遊びに行くよ」
「泊まりだからな」
 零治は喜びに顔を綻ばせる。
 ――昨日だって一緒にいたのに……。
 美人は苦笑を湛えた。零治は傍目には冷たい男だが、実は筋金入りの寂しがり屋なのだ。恋人である志乃と一緒に居られない時は、必ず美人の元へ電話がかかってくる。それに従順に応じてしまう自分も自分なのだが……。
「いいなあ、有馬くん。曽父江くんと遊べて!」
 突然、後ろから声がかかってくる。
 二人同時に振り向いてみると、真志保とその友達が後ろを歩いていた。
「私も一緒に遊びたーい!」
 真志保は挙手しながら零治に視線を向ける。
「私もっ!」
 友達連中も同意してキャーキャー騒ぎ始める。
「誰がおまえらなんかと遊ぶかよ」
 零治は『あっち行け』というように手を振る。冷たい言葉に聞こえるが、クラスメイトたちはその口調に慣れ親しんでいるので、これくらいでは全然へこたれない。
「心が狭いわね。有馬くんは良くて、私たちはダメなの?」
 真志保は零治の横に並びながら抗議する。
「ビジンは特別。オレ、彼女とビジン以外は家に泊めない主義なの」
 見事な金髪を掻き上げながら、真志保に向かって舌を出す。
「ひっどーい! その内、絶対遊びに行ってやるんだからっ。――ねっ?」
「そうそう!」
「一人暮らしなんだからいーじゃん、曽父江」
「今度、遊んでね!」
 真志保の言葉に友人たちも加勢する。
 彼女たちは零治に散々『遊んで』とせがんだ後、二人を追い越して行ってしまった。
「……何だ、あいつら?」
 嵐が過ぎ去ると、零治は溜息を落とす。
 美人からは微かな嫌味を含んだ眼差しを浴びせられた。
「相変わらずモテまくりだね」
「何だよ、その言い方? 好きでモテてる訳じゃねーよっ。――あっ! 何、もしかして嫉妬した? バッカだなぁ。オレは浮気なんてしないって! オレが愛してるのはビジンだけだぜ」
 零治は面白そうに美人の顔を覗き込む。
「――零治」
 ピタリ、と美人の歩みが止まった。
「僕は、その手の冗談は嫌いだよ」
 低く冷たく言い放って、美人は再び足を動かし始めるのだ。
 ――おお、クールビューティー!
 幼なじみの氷のような無表情に何だかよく解らない感嘆を抱きながら、零治は慌てて彼を追った。
 後ろから美人の肩を掴もうとした時、
「――あっ!」
 美人が小さな叫びをあげて急に立ち止まる。
 おかげで零治は彼にまともにぶつかってしまった。
 しかし、美人は零治がぶつかったことなど全く気にしていない様子だ。
「五条さん、大丈夫かな?」
 懸念たっぷりの表情で零治を振り返る。
『五条さん』といっても、先ほど横を擦り抜けて行った真志保のことではない。隣のクラス――真志保の双子の姉・珠詠のことだ。
「あ? 大丈夫だろ」
 零治は、全校集会前に廊下で珠詠が倒れたことを思い出す。
「振り向いた瞬間、倒れたからびっくりした」
 美人も、その時の様子を回想していた。名前を呼ばれたような気がして後ろを顧みたら、計ったように珠詠が崩れ落ちたのだ。
「貧血だろうな」
 珠詠の肌は、血が通っていないのではないかと思うほど白い。貧血で倒れたと考えるのが妥当だ。
「でも、助けを求められたような気がした」
「気のせいじゃないのか? おまえ、普段は《壁》を造ってるから、他人の心の声が聞こないだろ」
 零治は、美人の不可思議な《力》の存在を知っている。他人の思考が勝手に脳に流れ込んできたりするのだ。それを防ぐために、美人は《力》で他人と自分の間に目に見えぬ防御壁を張り巡らせている。珠詠の助けなど聞こえるはずがない。
「そうだね――でも、心配だから保健室に様子を見に行ってくる」
 美人は一応零治の意見に賛同したものの、やはり珠詠が気になった。
 貧血――とは、少し違うような気がした。
 普通の人間とは違う研ぎ澄まされた感覚が、それを微妙にキャッチしていたのだ。
 零治に『先に教室に戻ってて』と告げると、美人は今来た道を引き返した。



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