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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.07.18[00:10]
 ――お人好しだな。
 零治は、人混みを掻き分けて消えてしまった美人をそう評価した。
 珠詠は同じクラスでもなければ特に親しい仲でもない。
 それなのに『心配だから』『気になるから』というだけで様子を見に行くなんて、お人好し以外の何者でもないだろう。
 基本的に心根が優しいのだ、美人は。
「オレにも、あれくらい優しかったらいいのに」
 ついついグチッてしまう。
「あら、充分優しいじゃない?」
 クスクスと背後からからかうような声がした。
 ――この出現の仕方は……。
 零治は恐る恐る振り返る。
 視界の中に、顔立ちのはっきりとした美女がいた。
「げっ、薔薇子センセ。……じゃ、オレ、急いでるから、サヨナラ!」
 零治は、苦手な薔薇子にクルリと背を向けるとツカツカツカと歩き出す。
 扱いにくい人間とわざわざ対話することもない。
「待ちなさい、曽父江くん!」
 薔薇子は逃げようとする零治を素早く制止する。
「……何ですか? 今日はちゃんと制服着てますよ」
 仕方なく立ち止まりながら、渋い緑色の制服をパンパンと手で叩く。昨日は、私服だったので呼び止められる理由があったが、今日はそうではない。薔薇子が、自分のことを引き止める原因が見当たらなかった。
「そうじゃないわ。その額――どうしたの?」
 薔薇子はじっと零治の顔を見つめながら訊ねた。
 零治の額に痣ができている。それが、金髪から透けて見えたのだ。
 零治は『またかその質問か』と眉を跳ね上げた。
「寝てる間にぶつけた」
 今日、この説明を飽きるほどしてきた。美人に桐子にクラスメイト。誰に逢っても訊かれるので、いい加減うんざりしていたところだ。極めつけのように薔薇子に質問を繰り出されて、殊更減なりするしかなかった。
「――そんなに目立つ?」
 零治は金髪を指で梳くってみせる。
 自分ではそんなに気にならないのだが、他人から色々言われるということは、かなり目立つのだろう。
「少しね。……ちょっと触ってもいいかしら?」
「えっ? いいけど」
 零治は前髪を片手で軽く押し上げる。
 そこへ薔薇子の細い指が伸びてくる。
 肌に触れた指先は、美人に匹敵するほど冷たかった。
「熱を持っているわね。冷やした方がいいわよ。――それから、これをあげるわ。念のために持っていて」
 薔薇子は何を思ったのか首から金のネックレスを外し、零治に差し出す。
「何? いきなりプレゼント?」
 意外な贈り物に零治は困惑を示す。
 薔薇子が自分に親切心を働かせるのは稀有な出来事だ。
「そう、プレゼントよ。大切なものだから肌身離さず持っていてね。幸運のお守りよ」
 訳も解らずに立ち竦んでいる零治に向かって、薔薇子微笑む。
 彼女はウィンクを一つ飛ばすと、長い巻き髪を靡かせて身を翻した。
 微香が尾を引くように漂う。薔薇から抽出された神秘的な香り。《バラ・ベルサイユ》――確か、そんな名前の香水だったと思う。
 零治は『薔薇子センセらしいや』と妙に納得しながら、掌に残されたネックレスを眺めた。
 先端がロケットになっていて、中に何か入っているようだ。
 開けようと試みたが、固く密封してあるようでビクともしない。
 ――首にかけるのは志乃に悪いな。
 ボンヤリと恋人のことを思い出し、零治はネックレスを制服のポケットに忍ばせた。
 どんな幸運があるというのだろう?
「変なセンセ」
 独り言ちると、零治は教室へ戻るために長い脚を活動させる。
 無意識に手が額の痣を撫でていた。
 熱い。
 痛くはないが、熱を帯びている。
 まるで、その部分だけ自分から切り離されているような不思議な感触だった。


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