ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *


 全校集会が終了して小一時間程経過すると、聖華学園の校舎は静けさを取り戻した。
 午前中で授業が切り上げられたために、生徒たちの殆どが下校したからだ。
 残留しているのは、教師と清掃当番に当たっている生徒ぐらいだろう。
 西野は、保健室の備えつけのロッカーを開くと、白衣を脱いでハンガーへ吊した。替わりにジーンズとシャツを取り出して、素早く着替える。
 今日は、教師も早く帰宅していいことになっているのだ。
 保健室を利用する生徒もいない。
 早く退出しよう。
 そう心に決めたのだ。
 今夜、夜中に美人と学校で落ち合うことになっている。勿論、人知れず《鏡月魔境》へと続く《扉》を封印してしまうためだ。
「さて、帰りますか」
 西野は鞄を引っ掴むと、保健室のドアを勢い良く開けた。
 刹那、ピタッと固まってしまう。
 目の前に人が立っていたからだ。
「――あっ、ごめんさない。帰るところでしたか?」
 控え目に彼女は云う。
 長いサラサラの黒髪が優雅に揺れた。
「えっ、まあ。私に用事ですか、珠詠さん?」
 西野はニッコリ微笑みながらね自分を見上げている少女に質問する。
 何時間か前に保健室に運び込まれてきた少女――五条珠詠だ。
「はい。相談したいことがあるんです。少し……時間をいただけますか?」
 珠詠は両手に抱いた鞄をギュッと握り締める。
 珠詠の雪のように白い手が震えているのを、西野は目撃した。
 数時間前に逢った時には、見られなかった兆候だ。
「ええ、いいですよ。――どうぞ」
 西野は珠詠を保健室の中へ招き入れた。
 珠詠の眼差しには切羽詰まった輝きが灯っている。
 明らかな怯えを孕み、潤んでいるのだ。
 そんな状態の珠詠を放っておくことなど、性根の優しい西野にはできなかった。
 珠詠をイスに座らせ、自らもデスクワーク用のイスに腰かける。
 珠詠は鞄を膝に乗せ、その上に軽く手を置いた。
 重ねた両手が小刻みに震えている。
「……先生」
 彼女が低く呼び掛ける。
「私……人を殺してるんです」
「――――?」
 西野は、声には出さずに片眉を上げて驚きを示した。
 思わず我が耳を疑ってしまう。
『人を殺してる』
 珠詠は今、そう口走らなかっただろうか?
 相談したいというのは、そんな重大なことだったのか……?
 西野は、珠詠の月華のような美しい顔と、震えを止められない手を交互に見比べた。
 西野が応対に困惑を醸し出していると、珠詠は小さく『あっ』と声をあげた。
「えっ、あの、違うんです――本当に殺してるんじゃなくて……」
 西野の誤解を察して、慌てたように言葉をつけ加える。
「夢の中で殺してるんです」
「――夢の中……」
 西野は安堵の吐息とともに復唱した。
 珠詠が実際に殺人を行っていないというのなら、とりあえず一安心だ。
「はい。夢に奇怪な生き物が現れるんです。それが、木下さんと赤城くんを殺すのを見ました。朝、目覚めると、必ずそれがニュースや新聞で報道されるんです」
 沈鬱な面持ちで珠詠は述べる。
「夢が全部現実になっていて……私が殺してるんじゃないかって――」
 ポタリ、ポタリ、と珠詠の双眸から透明な滴が零れ落ちる。
「それは違うでしょう」
 西野は、泣き出した珠詠の手をそっと自分の手に包み込む。
 震えが止まった。
 珠詠は、驚愕に目を見開きながら西野を見つめる。
 西野に手を触れられた瞬間、それまでの震えが嘘のようにピタッと止まったのだ。
 どう足掻いても治まることのなかった恐怖の震えが……。驚いて当然だ。
「先生が不思議な力を持っているっていうのは、本当だったんですね?」
「微々たるものですけどね」
 西野は優しく微笑む。
 珠詠の恐怖を、触れている手を媒体として自分に取り込んでしまっただけのことだ。
 瞬間的に、真弓の死に際や文彦の死骸が電流のように脳裏を駆け巡った。
 血塗られた殺戮劇。
 珠詠の夢の残骸だ。
 得体の知れない触手に、内側から身体を引き裂かれる真弓。
 何かに舌を引き抜かれ、しなやかな鞭のようなもので嬲られながら死に絶えていく文彦。
 どれも現実に起こってしまった怪事件。
 珠詠はそれを視ていた。夢の中で。
 その夢は奇妙だった。
 残酷な光景は、全て珠詠視点の映像だ。珠詠自身が夢に出演している訳ではない。まるで、珠詠がそれを自分の目で視ているかのような夢だった。
 これでは、珠詠が『自分が殺した』と思い込んでしまうのも無理はない。
「予知夢じゃないでしょうか?」
 珠詠の涙が一段落着いた頃に、西野は提言する。
 夢で未来を視ていることは有り得る。潜在的な予知能力が、寝ている間に珠詠にそんな夢を視せているのではないだろうか?
 だが、珠詠は頑なに首を横に振るのだ。
「そんなことは、今までありませんでした」
「いつからですか?」
「……私が、学校に忘れ物を取りに来た日からだと思いますけど」
 記憶を手繰るように珠詠は口ずさむ。
「ああ。そういえば逢いましたね」
 確か二日前、午後八時前後に珠詠は忘れ物を取りに学校へ来た。その時、珠詠を見かけた西野は一緒に教室まで付き添ってあげたのだ。
 二日前――それは、木下真弓の命日でもある。
「ええ、先生に教室まで来てもらいましたよね。忘れ物を取って家に帰り、いつものように過ごして眠っただけです。そうしたら木下さんの夢を視て――」
「朝、ニュースを見たら、本当に亡くなっていたというわけですね?」
 確認するように西野は問いかける。
 珠詠は唇を噛み締めて肯定した。
「私、誰に相談していいのか解らなくて……。親にも真志保にも言えなくて。どうしていいのか解らなくて……有馬くんが『超能力者らしい』って噂を聞いて相談しようとしたけれど、やっぱりできなくて――」
 再び珠詠は涙ぐむ。
 有馬美人。
 珠詠が惹かれている神秘的な少年。
 昨日の朝、登校時に出逢って彼に纏わる《噂》を思い出した。夢のことを相談しようと口を開きかけたができなかった。
 彼に嫌われたくなかった。
 異常だと思われたくなかった。
 大好きな彼に夢のことを話して、《殺人者》だと思われるのを恐れた。
 怖かった。
 とても言い出せなかった。
 彼が好きだ。
 嫌われたくない。嫌われたくない――嫌われたくない!
 だから、口を噤んでしまった……。
「まあ……誰にも言えない珠詠さんの気持ちは解りますよ」
 西野は宥めるように語りかける。珠詠の美人に対する感情の片鱗に触れてしまったが、敢えてそれは口外しないことにした。自分が口を挟むべき問題ではない。
 それよりも今は、珠詠の夢に関わる脅えを払拭させてあげなければならなかった。
「もっと夢のことを詳しく話してもらえませんか?」
 柔らかくお願いする。
 夢は完璧に《鏡月魔境》へ繋がっている。
 西野には確信があった。
 珠詠は、あの忌まわしき《鏡月魔境》と何か関係があるのだろうか?
 魔物の犠牲者の惨殺シーンを夢に視るなんて、尋常ではない。何処かで魔境に繋がっているはずだ。
 それに、珠詠の夢から殺人の真犯人――魔物の姿を割り出せるかもしれない。
 自然と西野の興味は目前の珠詠に向けられた。
 しかし、珠詠は彼の期待を裏切るように、弱々しく何度もかぶりを振るのだ。
「私……詳しくなんて解りません。ただ、死ぬ瞬間が、断片的に夢に現れただけなんです……」
 夢を思い出したくない、というように深く項垂れる。
「解らないんです。夢も――そんな夢を視る私も。何もかも解らないんです……」
 珠詠の夜を連想させる黒曜石の瞳から、涙の結晶が溢れ出した。
 一つ。
 また一つ――


     *


 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.18 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。