ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「あら、出かけるの?」
 一階に下りた途端、運悪く蒔柯に呼び止められた。
 書店の方はアルバイトに任せ、休憩でもしに自宅に戻ってきたのだろう。
 リビング前の廊下でバッタリ出会してしまった。
 持田の言葉にもあったように、蒔柯は娘の水柯から見ても美しい女性だった。
 三十代半ばに突入した現在でも、聡明さを窺わせる容姿は何ら損なわれていない。
「ちょっと隣に行ってくる」
 水柯は簡素に応じた。
『聖華に行く』と正直に答えることは躊躇われた。
 それに隣に行くというのは、決して虚言ではない。
「夕食は?」
「隣で適当に食べる」
「了解。樹里くんに迷惑かけないようにね。――あっ、私も水柯について行こうかしら? 最近、樹里くんに逢ってないしね」
 水柯は母の言葉にギョッとしながら、口元を引きつらせて彼女を見返した。
「ダメ。ママにはお店があるでしょ。何より、邪魔しないで。ママったら、わたし以上に樹里に甘いんだもん。母親と樹里を取り合うなんて嫌よ、わたし」
「だって樹里くん、聡さんに似てるんだもの」
「えっ、パパに?」
 思いがけない蒔柯の発言に、水柯は驚いて数度瞬きを繰り返した。
「そう。聡さんの若かりし頃にね」
「パパが格好良かったのは認めるけど、樹里には似てないよ」
 聡の若い頃の姿は、水柯も写真で見て知っている。
 確かに、整った顔立ちの青年だった。
 しかし、童顔の聡と英国人の特徴が強く外見に出ている樹里が似ているとは思えなかった。
「髪や瞳の色も顔立ちも違うけれど、不思議と似てるのよね。雰囲気が似てるのかしら? う~ん、どうしてかしらね」
「知らないわよ、そんなこと。――わたし、もう行くわね」
 首を捻る蒔柯に素っ気ない言葉を返し、水柯は玄関へと向かった。
 早く原稿を取りに行きたくて心が落ち着かない。
 蒔柯とお喋りに時間を費やしている暇はなかった。
「出かけるなら傘を持って行きなさい。天気予報で雨が降るって言ってたわ」
 水柯を追って玄関までやって来た蒔柯が、思い出したように告げる。
「要らないわよ。隣に行くだけだもん」
「そうよね。私ったら何を心配しているのかしら……」
 ふと、蒔柯の声に溜息が混ざる。
 水柯は不審に思って母を顧みた。
 蒔柯は水柯を見てはいなかった。
 虚ろな眼差しで玄関の一点を眺めている。
「雨――今夜は月のない夜になるのね」
 蒔柯が掠れるような声で独り言ちる。
 水柯はまじまじと蒔柯の顔を見つめてしまった。
 月のない夜――その言葉に嫌な伝説を想起したのだ。
 無論、聖華学園に残る水妖伝説だ。
「ねえ、それって水妖伝説のこと?」
「えっ? ああ……ごめんなさい。ちょっとボーッとしちゃって。何の話だったかしら」
 蒔柯が急に現実に引き戻されたようにビクッと身体を震わせる。
「ママの時代にも水妖伝説ってあったの?」
 母の態度に訝しさを感じながらも、水柯は質問を重ねた。
「あったわね、そんな伝説が。私が生徒会長を務めていた時、女の子が一人、伝説の犠牲になったわ」
「うわっ、ホントに水妖に殺されたの?」
「いえ、そういう意味じゃないわ。あれは……ただの偶然。たまたま九月九日の夜、学園を死に場所に選んだだけだと思うわ。流水は――自殺だったのよ」
「ルミ?」
「その亡くなった人のことよ。館林流水さん。私の同級生だったの」
 蒔柯の双眸に暗鬱な翳りが宿る。
 館林流水の名を紡ぐ時、唇が震えたように見えた。
「流水の死は伝説とは関係ないわ。飛び降りて落下した場所がちょうど噴水で、しかも九月九日だったから、噂好きの生徒たちが勝手に伝説と結びつけただけよ」
 蒔柯の顔に昏い影が落ちる。
 過去を反芻して、やるせない気分に陥ったのだろう。
 水柯は母の顔を無言で眺めていた。
 適切な相槌を見出せない。
「ただの噂よ。水妖なんて、妄想の産物に過ぎないのよ」
 水柯の視線を感じたのか、蒔柯は弾かれたように俯き加減だった面を上げた。
「さっ、暗い話はお終い。明日は水柯の誕生日なんだから、ちゃんと樹里くんを誘ってきなさいね」
「う、うん!」
 水柯は伝説を脳裏から締め出し、元気よく頷いた。
『うまく誘ってこい』という蒔柯の言葉に力強い励ましを感じた。
 明日は誕生日なのだ。
 やっぱり大好きな樹里にも自分の生まれた日を祝ってもらいたい。
「じゃ、行って来ます」
 両足を靴に突っ込み、蒔柯に笑顔を返す。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
 蒔柯の言葉を背に受けながら、水柯は玄関から外界へと飛び出した。


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2009.05.27 / Top↑
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