ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 緩やかに金の波が揺れる。
 眩い黄金色の輝き。
 有馬美人は、ただ黙ってそれを見つめていた。
 ここは、零治の住んでいるマンションの一室だ。
 昼間、零治と約束した通り遊びに来たのだ。
 時刻は、午後十一時二十分。
 人を呼びつけた張本人――零治は、ソファで居眠りをしていた。『遊びに来い』と口外するのはいいが、一人でさっさと眠ってしまうのはやめてほしい。
 ――まあ、今日は丁度いいけどね……。
 苦笑を湛えると、美人は零治から視線を外した。
 今夜、午前零時に聖華学園で西野と逢う約束をしている。
 零治をどうやって誤魔化そうか思案を巡らせていたが、その必要はなかったようだ。このまま熟睡してくれれば、零治に気づかれることなくマンションを出て行ける。西野と落ち合い、《鏡月魔境》の《扉》を封じることができるだろう。
 上手くいけば、零治が目覚める前に再びここへ戻ってこれるはずだ。
 美人は読んでいた雑誌を閉じると、傍らに置いてあった薄いブルゾンを手に取り、立ち上がる。
 ブルゾンを羽織りながら、寝ている零治を起こさないように細心の注意を払い、そっと室内を移動した。

 カタッ。

 ドアを開けようとした瞬間、背後で物音がした。
 ――零治?
 美人は動きを止めて、後ろを顧みる。
 零治がソファから起き上がっていた。
「起きたの、零治?」
『間が悪いな』と内心ドキッとしながら訊ねる。
 零治は何も応えなかった。
 無言のままこちらに歩み寄ってくる。
 寝起きのせいか、血色が悪く青白い顔をしていた。
 表情も凍てついたように無機質なものだった。
「零治?」

 ――寝惚けてるのかな?

 美人は訝しみながら零治に接近する。
 近づくにつれ幼なじみの異変が露わになる。
 表情のない顔。
 何も映し出していないかのように靄のかかった瞳。
 ――変だ。
 美人が不信感を募らせた時、零治の双眼が金色に輝いたように見えた。
「――――!?」
 刹那、零治の腕が乱暴に美人の手を引いた。
 人間外の力だった。
 グイッと引き寄せられたかと思うと、そのまま床に投げ出されたのだ。
「痛っ!」
 床に叩きつけられ、全身に痛みが走る。
 次いで四肢に重みを感じた。
 グラグラする頭を手で押さえながら瞼を上げると、零治が自分の上にのしかかっていた。
「零治っ!」
 非難の声をあげる。
 だが、それは自分の知っている零治ではなかった。
 美人の声に全く耳を貸さず、零治は美人の腕を床に押しつけるのだ。
『……ソウコ』
 零治の唇が音を成した。
 零治ではない、誰かの声音で。
「零治――じゃないの?」
 美人の眼前で零治の額が青白く輝く。
 つい先ほどまで赤く痣になっていた部分に、青色の小さな三角形が三つ浮かび上がっていた。三つの三角形は、更に三角形を造るように並んでいる。
 そして、彼の双眸は魅惑的な金色の煌めきを放っていた。
『ソウコ』
 もう一度、唇から声が出ずる。
 ――境王……なのか。
 瞬時、美人は悟った。零治の身体を乗っ取っている者の正体を。
《鏡月魔境》の王――境王。
『……ソウコ』
 境王は、それしか知らないというように榊総子の名を紡ぐ。
 愛しい、愛しい、妃の名を。
 境王の冷たい指先が、美人の唇に触れた。
 美人は、零治の姿をした境王が自分の顎を指で捕らえ、口づけるのを凝視していた。
 ――零治……!
 美人は唇を離そうと藻掻いた。
 意識は紛れもなく境王のものだろう。だが、肉体は零治のものだ。自分と口づけを交わしているのは、零治なのだ。
 これは、零治に対する冒涜だ。
 許せない。
 美人は、滅多に使わない《力》を解放した。
 ブワッ、と風が巻き起こる。
 強風が境王を襲撃した。
 境王は吹き荒れる風に身を起こしたが、美人から離れることはなかった。
 端麗な顔に冷笑が浮かんでいる。
『――鎮まれ』
 低く短く、呟く。
 たった一言で、風はピタッとおさまってしまう。
 美人は愕然とした。
 強い力。
 境王からは自分とは桁外れの甚大な《力》を感じた。
『ソウコ』
 静まった室内に、境王の低い声が響く。
 彼は、もう一度美人の唇に触れようとした。
『ソウコ』
「違う! 僕は総子なんかじゃない!」
 美人は両手で境王を突っぱねる。
 境王の手が美人の腕を払い、更に頬を叩きつける。
「――つっっ!」
 不意を衝かれて、美人は唇を噛んでしまった。
 唇の端から血が流れ始める。
『――ソウコ』
「僕は総子じゃない」
 キッと美人は境王を睨めつけた。
 境王は、確かめるような眼差しで美人の顔を見つめている。
『……この顔はソウコのもの。他の誰でもない』
「人違いです。――零治から離れて下さい」
 美人は押さえ込まれている足を必死に動かして、境王の下から逃れようとする。そのまま蹴りつけたかったのだが、『零治の身体』という弱点が本能的にそれを実行させなかった。
「僕は総子ではありません!」
 訴えるように叫ぶ。
「総子は死にました」
 口にした瞬間、美人を押さえつける境王の腕に力が加わった。
『……嘘だ。ソウコが余を残して死ぬはずがない』
 自分自身に言い聞かせるような境王の声音。
 哀しみの音色を孕んでいる。
『ソウコは何処にいる?』
 境王の黄金色の双眼が美人を見下ろす。
「もう――この世にはいません」
『何処にいる、ソウコ? ……ソウコ、ソウコ、ソウコ――』
 境王は《ソウコ》の存在を確かめるように美人の顔を何度も何度も撫でる。
『ソウコ――』
 不意に、境王が動きを止めた。
 蠱惑的な輝きを放つ瞳が、スッと細められる。
『何故、裏切った?』
 金色の光が輝きを増す。
『何故、余を裏切ったのだ!』
 境王の全身から怒気が放出される。
 冷たい両手が美人の首にかけられた。
『ソウコ、何故だ?』
 美人は首を掴まれたまま、激しく揺さぶられた。
「――つっ! 零治っ!」
 床に後頭部を打ちつけられ、たまらずに美人は叫んだ。
『ソウコ!』
 境王は愛憎の入り混じった声で総子を呼び続け、更に美人の首を締めつける。
「うっ……!」
 境王の指が気管と頸動脈にめり込んでゆく。
「……れ……じ……」 
 美人は苦悶の声をあげた。首を絞められているせいで切れ切れになる。 
 ――零治!
 物凄い力で首を絞められる中、美人は大切な幼なじみを呼んだ。
 境王の裡で眠っている零治を呼び起こせば、境王の意識は肉体から締め出されるに違いない。
 何とかして、零治を呼び覚まさなければならない。
「――じ……れい……じ……零治!」
 意識が遠のくのを辛うじて堪えながら叫ぶ。
 呼吸困難に陥りながらも、懸命に零治を呼び続けた。
 瞳が充血し、涙が零れ落ちる。
 それでも、境王は首を絞める手を緩めようとはしなかった。
 美人は震える手を伸ばして境王の肩に触れた。シャツを鷲掴み、苦しみに耐える。
「――零……治……!」
 むせびながら零治を呼ぶ。
「零治っ!」
 突如として、フッと身体が軽くなった。



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2009.07.18 / Top↑
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