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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.19[20:32]
 ズサッッッッ!
 鈍い音が響いたのは、その時だった。
「……ナ……ナニモノ……!」
 怪物のくぐもった声が聞こえる。
 真琴は、思わず目を開けてしまった。
 怪物は数メートルほど後退している。
 そのゼリー状の身体に、紫色の電流のようなものが迸っていた。
「さあ、何者かしらね?」
 艶やかな声と共に、目の前に一人の女性が姿を現した。
 凹凸のはっきりしたスタイル抜群のシルエット。長い派手な巻き毛に見覚えがあった。
「――あっ……ば、薔薇子先生……?」
 真琴はやっとのことで声を出す。
 出現したのは、紛れもなく聖華学園の数学教師・黒井薔薇子だったのだ。
「下がってなさい」
 薔薇子は短く述べると、数歩進み出る。
「フン、小物の妖魔のくせに」
 吐き捨てるように薔薇子は言う。言葉には侮蔑が含まれていた。
「ニンゲン…ノ…クセニ……ナマイキナ!」
 怪物――薔薇子の言うところの《妖魔》は、怒りに身体をプルンプルンと震わせながら反論する。
「あーら、只の人間じゃないことは、あんたみたいな下級魔でも解るでしょう?」
 薔薇子は艶然と微笑む。
 彼女は機嫌が悪かった。
 妖魔の気配を察してやってきたのはいいが、途中で二つ人間の生命が消えるのを感じた。このゼリー状の魔物は、二人も殺したのだ。自分がもっと早く助けに来られれば、二人は死ななくてすんだかもしれないのに……。自責の念が、薔薇子の闘争心を燃え上がらせていた。
「すぐに抹殺してあげるわ」
 薔薇子は右手の人差し指を自分の口元へ持ってゆくと、歯で噛んだ。皮膚が切れた箇所から血が溢れ出す。
 血の滴り落ちる指を左手のひらに当て、そこへ血を溜める。
「今、力を解き放つ――」
 低く呟く。
 血溜まりの掌から、紫色の光が垂直に飛び出した。それは、遥か上空でスーッと尾を引くように消えた。
 薔薇子の左手が仄かに紫に輝いている。
 その手を静かにアメーバーのような物体に向けて差し出した。
 掌に何かの文様が浮かび上がっている。円の中に六芒星があり、その中心部に更に五芒星が描かれていた。
「…ソ、ソレハ……!」
 妖魔の赤い瞳が、驚いたように光を煌めかせる。
 薔薇子は、あくまでも悠然と沈着冷静に妖魔を見返す。
 その瞳が軽く閉じられた。
「古の契約により、我に力を――光の精霊に導かれし者よ、汝の主・黒井薔薇子の名に於いて命ずる。我に厄災をもたらす悪しき輩を冥府へ導け。……出でよ、光魔 (こうま)!」
 カッ、と閉ざしていた双眼を見開く。
 瞳が紫色に輝いていた。
 同様に左手も爛々と紫の光に満ちている。
「ム……ムラサキノ、メ…………イキテ、イタノカ! ……オマエ、フウマッ――」
 妖魔は何かを思い出したようだったが、最後まで言葉を語ることはなかった。
 妖魔を囲むように、眩い光が地表から飛び出したのだ。
 透明感を持った赤色と紫色の幻想的な光が、渦を巻く。
 円状に舞い上がった光は、まるで生きているかのように蠢いていた。赤と紫の光が絡まるようにして、妖魔を飲み込む。
「コ、コウマ、ダト? ……ソンナ、バカナ! ――バカ……ナ……」
 緑色のゼリーは、納得のいかないような言葉を残して光に灼かれていった。
 二色の渦巻く光源が、妖魔の身体を切り裂き、溶解し、そして消失させたのだ。
 妖魔を完全にこの世から抹消すると光は穏やかに静まり、ゆっくりと主人である薔薇子の方へ向き直った。
 不可思議な物体だった。
 魅惑的な光源。
 羽根の形を模していた。
 右が赤い羽根。左が紫の羽根。
 まるで、堕天使の翼のようだった。
「ご苦労さま。戻っていいわよ」
 薔薇子が優しく言葉を紡ぐと、光はピクッと身を震わせた。
 次の瞬間、目まぐるしい速度で薔薇子へ向かって突進してくる。
 妖魔を抹消したように薔薇子を襲ったかのように見えたが、そうではなかった。赤と紫の崇美な光は、薔薇子の左手に吸い込まれるように消えていったのである。
 薔薇子は左手から光が消えるのを見届けてから、その手を軽く握り締めた。
 ――あの妖魔、自分の正体に気づいていた。
「でも、気づくのが遅かったようね。『生きていたのか』ですって? 生きてるわよ、私は……私も《光魔》もね」
 薔薇子は、自分の世界にどっぷりと身を浸しながら独り言ちる。
 自らの左手に視線を落とす眼差しには、何の感情も表れてはいなかった。
「キャアァァァァァァッッ!」
「――――?」
 突如、耳を悲鳴がつんざいた。
 ハッ、と薔薇子は意識を現へ取り戻す。
 ――忘れてた!
 真琴がいたのだ。
 焦燥と共に後ろを振り返ると、嫌な場面に出会した。
 真琴の身体を、幾多もの触手が引き摺るようにして持ち上げていたのだ。
 その先に、妖魔が見える。
「チッ、もう一匹いたのねっ!」
 薔薇子は迷わずに駆け出していた。
 目前に、体長三メートルはありそうな化け物が立っていた。
 触手だけで構成されているような、おぞましい生き物。肥大したミミズの塊のように見える。頭部らしき部分に、巨大な緑の目が一つだけ存在していた。

 ――逃げて……逃げて、先生!

 何処からともなく、少女の声が聞こえた。
 薔薇子は眉間に皺を寄せる。
 聞き覚えのある声だった。
「あんた――木下さんを食べたのね?」
 そう。それは、紛れもなく二日前に謎の怪死を遂げた木下真弓の思念。
「タリナイ……モット、タベタイ」
 妖魔が朧げに応じる。
「食べたのねっ!」
 薔薇子の全身から憎悪が迸る。
 この妖魔は、真弓を食べて成長したのだ。
 無関係の真弓を殺して、食べて、力を蓄えたのだ。
 許せない!
 許すわけにはいかない。
 これ以上、人間を魔物たちの餌食にさせてはいけないのだ。
《鏡月魔境》に人間界を浸食されるようなことがあってはならない。
「……タリナイ」
 妖魔が、真琴の身体をヌメヌメとしたミミズのような触手で引き寄せながら呟く。
「その子を離しなさいっ!」
 薔薇子は、大きく跳躍しながら妖魔目がけて右手を振う。その手には、いつの間にかしなやかな鞭が握られていた。
 グシュ! ベチャ!
 触手の数本が鞭によって断ち切られるが、ダメージを与えるには程遠い攻撃だった。
「タリナイ」
 妖魔が、その巨体からは予測も出来ない素早さで後ろへ飛び退いたのだ。
「いやぁぁっ! 先生、助けてっ!」
 真琴が泣きながら助けを求めている。
 彼女は妖魔の触手に囚われたままだ。
「マダ、タリナイ……チガ、タリナイ」
 妖魔は、何千何万もの触手を器用に動かしてどんどん後退して行く。
「チガ、タリナイ……チガ――」
 薔薇子には目もくれず、妖魔は真琴を攫って逃走を続ける。
 時速八十キロかそれ以上の速度だった。
 薔薇子の足では、到底追い着くことができない。
 だが、彼女は諦めなかった。
「フン、《扉》ね。あの方角からして決まりだわ。聖華学園に行って、何する気よ?」 
 妖魔の向かって行った方向には、《扉》の所在地――聖華学園がある。
 おそらく、妖魔は自分の《正体》を悟ったのだ。戦っても勝てないことを予測し、獲物だけを連れて《扉》の内側に逃げ込もうというのだろう。
「学校か……」
『今夜、学校で美人くんと待ち合わせをしてるんです』
 確か、西野がそんなことを言ってなかっただろうか?
 妖魔と西野たちが、鉢合わせしてしまう。
『――護って』
 ふと、薔薇子の脳裏にある女性の言葉が響いた。その優しい口調に、思わずうっとりと瞼を閉ざしてしまう。
『あの子を護って下さい』
 再び温和な言葉が耳を擦り抜ける。
 それは、声の主からの依頼。彼女と交わした約束。
 薔薇子はハッと目を開けた。
 急がなくては。
 こんな所でぐずぐずしている場合ではない。
「待ってなさい、境王」
 低く呟いて、薔薇子は俊敏に地を蹴った。
 行き先は、聖華学園――


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Category * 鏡月魔境
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