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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.19[20:43]
     *


「遅いですね」
 西野は、一人寂しく呟きながら腕時計に視線を落とす。
 午前零時十五分。
 闇夜でも、西野の視神経は正確に時刻を読み取っていた。尋常ではない能力が、暗闇でも物体を捕らえることを可能にしているのだ。
 彼が立っているのは、聖華学園の正門の内側である。
 学園の照明は少ない。多分、一週間の休校を踏まえた上で、最小限の照明しか灯していないのだろう。だから、いつもなら華美な正門の明かりも今宵は一つしかついていなく、暗い。
 先刻、西野が『遅い』と言ったのは有馬美人のことだ。
 零時ジャストにここで待ち合わせしていたのだが、美人の姿は中々現れない。
 几帳面な美人にしては珍しいことだ。
 西野の方は、三十分ほど前から学園へやってきている。そびえ立つような高い正門を軽々と飛び越え、内側から鍵を外して門を僅かに開けた。勿論、美人が侵入できるように、だ。
 それから当直室へ行き、当直の教師と数名のガードマンに『私がここへ来たことは綺麗に忘れ、朝まで眠るように』と暗示をかけた。彼らは、西野が暗示を解かない限り、どんなことがあっても朝まで眠り続けることだろう。学園を取り囲む塀の近辺に、巡回する幾人かの私服警官を発見したが、彼らにも『申し訳ない』と思いつつ同様の処置を施した。
 これで、今夜聖華学園に侵入した不届き者がいる、という証拠はない。確実に隠匿できるはずだ。
 今宵、ここで何が起ころうとも一般人を巻き添えにはできない。
 ――それにしても、美人くん……。
 遅い。
 何かあったのだろうか?
 西野は、時計の針が進んでいるはずもないのに再度腕時計に視線を注いだ。
 その時、
 ……ギィ……。
 微かに鉄の軋む音が静寂の闇に響いた。
 ……ギギィ……キィ……。
 正門が開かれる音だ。
 人の気配を感じる。
「――美人くん?」
 咄嗟に西野は小声で訊ねた。
 気配だけで美人だと解った。だから、声に出して呼びかけたのだ。彼以外の不審な人物であれば、西野は怪訝に思い、躊躇わずに自分の身を隠していただろう。
「……西野先生」
 少し間を措いて、涼やかな声が返ってきた。
 ほぼ同時に、ほっそりとした少年が姿を現す。
 計ったように、それまで雲に隠れていた月が煌々と出現し、冷光を降り注いだ。
 仄白い月光が、少年の白皙の肌をより一層際立てている。
 微かに顔の表面を揺るがす苦困が、悩ましいまでに似合っていた。どんな苦毒さえも、彼の麗容を増幅させる飾りでしかないのだ。
 美しい。
 美人の幽鬼のような――それでいて他人をうっとりとさせる麗姿に、西野は魅入ってしまった。
 釘付けにされた視界の中で、美人が歩み寄ってくる。
「――零治は?」
「えっ?」
 予測もしないことを質問されて、西野は小首を傾げた。
「零治は何処です?」
 美人の唇が繰り返す。
「零治くんが、どうかしたんですか?」
「ここへ来たはずなんです」
 美人は、不安でたまらない、という様子で訊ねてくる。
「いいえ。見かけていませんね」
 西野は率直に答えた。
 学園にいるのは、当直の教師とガードマン、少数の私服警官、そして自分。それ以外は学園への訪問者もない。既に確認済みだ。
 曽父江零治の姿などあるはずがない。
「そんな。絶対、ここだと思ったのに……」
 ――何処へ寄り道してるんだ?
 美人は胸中で舌打ちを鳴らした。
 境王に共生された零治が行き着く先は、聖華学園の他に有り得ないはずだ。
 落胆したように項垂れる美人の肩を、西野はそっと掴んだ。
「何がありました?」
 本能が、零治に異変があったことを汲み取っていた。
 美人が他人に動揺を悟らせるのは、零治絡みの事柄だけだ。
 零治の身に何が起こったのか知りたかった。
「零治が……」
 西野の言葉に、美人は顔を上げる。
 秀麗な顔が苦痛で翳っていた。
「零治が――境王に乗っ取られたんです」
「――――」
 西野は、言葉には出さずに眉を寄せて驚きを示した。
 美人の述べた真実に、嫌なほど思い当たる節があった。彼には、美人には明かしていない《真実》があるのだから。
「何……ですって?」
 美人の言葉を認めたくないように、西野は反問する。
「境王が零治の身体を奪ったんです!」
 美人は痛切に叫んだ。
 誰よりもそれを認めたくない。
 心が悲鳴をあげていた。
 零治を巻き込んでしまったことを承知しなければならない、苛酷な瞬間……。
 西野には、美人にかけてあげられる言葉がなかった。
 何も言えない。
 大切な人を奪われた心の痛みを癒す言葉など、西野は知らなかった。心の傷を上辺だけの簡素な言葉で埋められるほど、器用ではない。
 ただ、黙って美人の細い肩を抱いてあげた。
 少しでも、彼の苦痛を中和できればいいのに。
「……大丈夫です」
 西野の心情を察したように、美人が面を上げる。繊細な顔に弱々しい笑みが浮かんでいた。
「零治――境王は必ずここへ来るはずです。《扉》を封印させないために。僕たちも行きましょう、扉へ」
 美人は明確な語調で促す。
 西野は頷きで同意を示した。
《扉》を閉じてしまえば、零治の肉体に取り憑ついている境王の意識体も《鏡月魔境》へ引き戻されるかもしれない。そのチャンスに懸けてみたかった。
 ――ズズッ……ズズズズッッ……。
 何かを引き摺るような重々しい音が聞こえたのは、二人が校舎へ向かおうとした丁度その時だった。
「……何ですか?」
「何でしょうね?」
 美人と西野は踏み出そうとしていた足をピタリと止めて、顔を見合わせる。
 ――ズズズッ……ズルッ……。
 音の発生源は、徐々に学園へ向かって近づいているようだ。
 ――ズズッ……………ガシャン……!
 鉄がぶつかり合って鳴るような音がした。
 ――ギィィィ……ガチャン……。
 何だ?
 二人はもう一度顔を見合わせると、正門の方へ首を向けた。
 どう考えてもさっきの金属音は、正門の鉄柵が開いた音だとしか思えないのだ。
 ――ズズズズッ……ズッ……。
 引き摺るような音とともに、シクシクという微かな泣き声が深夜の校庭に木霊する。
 ズボッッ!
 突如として、二人の目前に巨大なミミズの群が出現した。



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Category * 鏡月魔境
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