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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.19[22:59]
     *


 西で金井の倅が死んだ。
 瑞穂と別れ、帰宅した莉緒の耳に飛び込んできたのは、またしても人死についての会話だった。
 診療所の待合室――長椅子に老人たちが顔を突き合わせて座している。
 牧野文江、篠田絹代、坂源二の三人だ。
 源二は、瑞穂の祖父である。
「おお、莉緒ちゃんか。お帰り」
 莉緒の帰宅に気づいた源二が、笑顔で迎えてくれる。
「こんにちは」
「うちのじゃじゃ馬姫は、もう帰ったかな?」
 源二が相好を崩したまま尋ねてくる。
「今、表で別れたばかりよ」
「そうか。たまには孫と帰るかな。まだ追いつけるだろう。――それじゃあ、わしは先に失礼させてもらうよ」
 源二がすっくと立ち上がる。
 早く瑞穂に追いつきたいのか、彼は敏捷に莉緒の脇を擦り抜けて行った。とても七十歳を越えているとは思えないほど、源二の身のこなしは軽い。
「源さん、また明日な」
 文江と絹代が声を揃える。
 それに片手を挙げて応えると、源二は待合室から姿を消した。
 ドアの開閉する音が響き、静寂が訪れる。
 文江と絹代は口を閉じたまま、待合室の出入口を眺めていた。
 おそらく、お喋りするには莉緒の存在が邪魔なのだろう。
 素早くそう察し、莉緒は胸中で苦笑いを零した。
「じゃあ、わたしも失礼します」
 会釈し、診察室のある方へと歩き出す。
 莉緒が通過した途端、文江と絹代のお喋りが再開した。
「金井の倅が死んだ夜、お月さんが紅かったなぁ」
「文江さんも気になったか。やはり、あれのせいかの。月が狂うたのは五年ぶりだ」
 二人のヒソヒソ話が、否応なしに莉緒の耳を掠める。
 ――月が紅かった?
 莉緒は思わず足を止めていた。
 葬儀に参列していた老人たちも似たようなことを口走っていた。
 そして、この村で『紅い月』と言えば吸血鬼伝説に繋がる。
 瑞穂や要は信じていないようだが、もしかしたら老人たちは未だに伝承を真に受けているのかもしれない。
「あの忌々しいお月さんのせいで、また死人が出るかもしれん」
「須要の神様がお怒りだ」
「早く鎮めんと大変なことになるぞ。アサがまた村に災いを招く」
「おお、怖い怖い。アサの祟りほど恐ろしいもんはない」
 老女二人の緊迫感に満ちた声は、莉緒の心に得体の知れない不安を植えつけた。
 彼女たちが口にする『アサ』という言葉が、妙に胸をざわつかせる。
 アサ――村に来てから初めて聞く言葉だ。
 吸血鬼伝説の中にも出てこなかったはずである。
 しかし、紅い月云々の流れから推測すると、あながち関係なくもないようだ。
「ねえ、アサって何のこと?」
 莉緒は振り返り、思い切って訊ねてみた。
 文江と絹代が驚いたように莉緒を仰ぎ見る。
 半ば皺に埋もれた二対の目が、鋭く莉緒を射抜いた。

「アサとは――鬼だ」
 やがて、絹代がひっそりと告げた。
 隣で文江が狼狽も露わに顔を青ざめさせる。
「絹代さん、余所者に教えるなんて……」
「莉緒ちゃんは蕪木先生の姪っ子だよ。この村に住むなら知っておいた方がいいだろう」
 絹代が素早く文江を制する。
 絹代の真摯な眼差しがひたと莉緒に向けられた。
「この村には鬼が棲んでおる。それがアサだ」
「鬼……?」
 莉緒は首を傾げた。
 いきなり『鬼』と言われてもピンとこない。
 吸血鬼、殺人鬼と話を聞いて、今度は鬼だ。
 鬼と言えば、昔話の絵本で見た赤鬼や青鬼のような姿しか想像できない。絹代が述べているのも、そういった類の鬼なのだろうか……。
「えーっと、緋月村には鬼がいるの?」
 莉緒の問いに絹代は神妙な面持ちで頷く。
「鬼には近寄るな。捕まれば最後、そこに待っているのは死だけだ」
「それって、どういう――」
「莉緒! おまえ、また表から入ってきたのかっ!?」
 莉緒が呆気に取られながら訊き返そうとした時、奥の診察室から叔父の声が響いてきた。
 待合室の右手――診察室のドアから蕪木亮介が顔を覗かせていた。
 四十代前半の男だが、痩身で童顔なせいか実年齢よりも若く見える。
「だって、こっちの方が近いんだもん」
 莉緒は悪びれもせずに言い返した。
 蕪木家は通りに面した一階部分が診療所、裏半分と二階が自宅という具合になっているのだ。蕪木家の玄関は診療所の側面をぐるりと回った裏側にある。一々そちらに回るのが面倒で、莉緒は診療所からの出入りを好んでいた。
「まったく……。まあ、いいや。診察の邪魔になるから、早く家に行きなさい」
 亮介が苦笑を湛え、廊下の奥を指差す。
 廊下の突き当たりにあるドアが、診療所と蕪木家を隔てる些細な仕切りなのだ。
「はーい。――絹代さん、文江さん、邪魔してごめんなさい」
 莉緒は老人たちに頭を下げてから、素直に身を翻した。
 アサという鬼について詳細を聞けなかったことは残念だが、亮介に見咎められてしまっては仕方がない。
 ――吸血鬼も殺人鬼も『鬼』には違いないわよね。
 緋月村には幾つもの伝承と謎が存在しているらしい。
 ――公民館へ行ってみよう。
 自宅へ続くドアを潜りながら莉緒は決心した。
 公民館の閉館は五時。
 充分に間に合う。
 今日一日で耳にした数々の伝承が、莉緒の好奇心を駆り立てていた。


     「三.神栖玲」へ続く


ジュヴナイルなはずですが……山村が舞台のためご年輩率が上がっております(笑) スミマセン。
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