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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.20[10:25]
第三夜



 暗色の夜空に、銀色の月が輝いていた。
 綺麗な円を成す美しい満月だ。
 満天に広がる星辰とともに、地上に銀の粒子を振り撒いている。
 静穏とした闇夜の中、聖華学園の巨大な白い建物がひっそりと浮かび上がっていた。
 美しい建造物なだけに、夜に映え過ぎて不気味でもある。
 まるで、魔物の巣窟のようだ。
 高い塀に沿って歩きながら、有馬美人は漠然と思った。
 ある意味、それは真実なのだが……。
 長き伝統と歴史のあるこの学園は、異形の者たちが住まう世界と繋がっているのだ。その魔窟とこの世は、たった扉一枚だけで隔たれている。
 危険極まりない《聖地》――それが、聖華学園の真の姿だった。
 美人は、学園を見上げるようにして足を進めている。
 その顔はひどく真摯なものだ。
 大切な幼なじみである曽父江零治が《扉》の向こう側へと連れ去られてしまった――昨夜の出来事である。
 一夜明けた今日、朝のワイドショーでは聖華学園の『連続殺人事件』が報じられ、夕方のニュースでは三年の宮坂律子と笠井里美の『行方不明』が報告された。警察では、二人の『行方不明』を『連続殺人事件』と関連付けて、特別な捜査を行っているということだ。
 その捜査が無駄なことを、美人は知っていた。
 二人は《鏡月魔境》から這い出てきた魔物に殺されたのだ。奴らの餌食となって生命を奪われてしまったのである。
 一刻も早く《鏡月魔境》へと繋がる《扉》を封じ直さなければならない。
 西野たちが言うには、祖母・榊総子が施した封印が完全に解けるのは、今夜なのだ。
《扉》が開けば、魔物の大群が押し寄せてきてしまう。
 それだけは絶対に回避すべき事態なのだ。
 最悪の場合、自分は零治を見捨てなければならないのかもしれない……。
 美人は胸に痛みが走るのを感じた。
 そんなことはあってはならない。
 断じて起きてはならないのだ。
 零治を失うなんて考えられない。
 何としてでも、零治を境王から取り戻すのだ。
 美人は唇を噛み締めた。
 自然と歩調が強まる。
 午後十一時ジャスト。
 美人は、聖華学園の正門へ辿り着いた。
「美人くん!」
「有馬くん、ここよ」
 既に、二人の人物が彼を待ち構えていた。
 西野智弘と黒井薔薇子である。
 二人は、正門の影から気配を感じさせずにスッと忍び出てきた。
 スラリとした長身の西野は、いつもかけている眼鏡を外していた。おそらく今宵は《視なくていいもの》を視る必要があるから、超常現象をシャットアウトするベールを取り払っているのだろう。
 いつも華美な服装の薔薇子は、黒一色の動きやすそうなパンツスーツを身に纏っていた。夜の闇に溶け込むような黒装束が、彼女を葬列への参列者に見せている。
《鏡月魔境》という異世界によって結ばれた、奇妙な三人。
 それぞれの胸に確固たる決意を秘めて、この場に臨んでいる。
「さあ、美人くん。中へ行きましょう」
 西野が正門を開けながら、美人を手招きする。
 高い鉄の門がギィギィと軋んだ。
 美人は素直に頷くと、彼の後を追った。更に後ろを薔薇子が歩く。
「――他の人たちは?」
 月明かりに照らされる校庭を進みながら、美人は独り言のように訊ねる。
『他の人』というのは、学園を警備しているはずのガードマンや警察官のことである。
「ああ。昨日のように催眠術で眠ってもらいましたから、大丈夫ですよ。明日の朝まで目覚めることはありません」
 西野が確信に満ちた声で応じる。
「そう。夜の学園で意識を持って活動しているのは、私たちだけよ」
 薔薇子が言葉を続ける。その声音には、ワクワクしているような感じと不敵な戦意が混じっていた。
「そうですね。昨日、話した通り上手くいけばいいのですが……」
 美人は、一抹の不安を乗せた言葉を繰り出す。
 すかさず西野が気遣わしげな眼差しを向けてきた。
「美人くんと一緒に《鏡月魔境》へ行けたらいいのですけど」
「でも、そうしたら《扉》から出てくる妖魔を防ぎ切れないわ」
 口惜しそうに薔薇子が呟く。
 彼女とて、本当は魔境に乗り込んで行きたいのだ。
 だが、《扉》が開いてしまうと、中から魔物の大群が押し寄せてくることが予測される。西野と薔薇子が、それらの魔物たちをうまく抑えている内に、美人が単身で魔境へ潜入し、零治を取り戻してくる――という戦法なのだ。
 それ以外に、策は無かった。
 地上に異形のものどもを徘徊させるわけにはいかないのだ。
 結果、《榊総子》の血を引き、最も潜在的《力》の強い美人一人を魔窟へ飛び込ませることが決定された。
 無謀だ。
 だが、術は他には見当たらない。
 勝率の悪い賭けでも、挑まなければいけないのだ。
「ええ。先生たちは《扉》の抑えをお願いします。もし、魔物が街に逃げ出したら大変なことになりますからね。心配しなくても、僕は必ず零治を連れ戻してきますよ」
 美人は、自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。その双眸は、凛とした輝きを放っている。美人の決心が、何が起こっても崩れないことを示している明確な証しだ。
 辿り着いた生徒用玄関のガラス戸を、美人は躊躇わずに引いた。
 扉は難なく開かれ、三人を迎え入れる。
 誰もが無言のまま学園内に足を踏み入れた。
 黙々と暗く長い廊下を歩き続ける。
 しばらく直線上に歩みを進めていると、突き当たりに出会す。それを右へ曲がる。
「――――?」
 角を曲がってすぐに、美人は足を止めてしまった。
 他の二人も訝しみながら立ち止まる。
 美人は思わず廊下の先を凝視してしまった。
 彼の視線の先――問題の《第一音楽室》の前に、意外な人物が佇んでいたからだ。
 ほっそりとしたシルエット。
 美人たちが来るのを待ち構えていたように、こちらを向いて立っている。
「お母さん?」
 美人は驚愕混じりに名を呼んだ。



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