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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.20[10:31]
「お母さん?」
 戸惑いがちな美人の声に、彼女は微かに笑ったようだ。
 繊細な微笑みは美人に似ている。いや、美人が彼女に似ているのだろう。
 有馬桐子――美人の母親。
《第一音楽室》の前で三人を待っていたのは、紛れもなく桐子その人だった。
「どうしたの、お母さん?」
 美人は桐子の側に駆け寄る。彼女が、ここにいる理由が解せなかったのだ。
「――桐子さん」
 美人の言葉に続くように、薔薇子が驚愕の声をあげる。
「お久し振りね、薔薇子さん」
 桐子は、薔薇子に向けて柔らかく微笑んだ。
 反射的に美人は、桐子と薔薇子を見比べてしまった。二人が顔見知りだとは、全く知らなかった。西野もそうだったらしく、しげしげと薔薇子を見つめている。
「知り合い?」
「ええ。古くからのね」
 美人の問いに、桐子は肯定を示す。だが、それ以上は、語ろうとしなかった。
 薔薇子も桐子に軽く会釈しただけで、後に繋がる言葉を何も発しない。だから、美人も深く詮索はしなかった。二人にとって、その方がいいのだろう、と判断したからだ。
「お母さんは何故ここへ?」
 美人は話の筋を元へ戻す。
「少し……話をしてもいいかしら?」
 桐子は神妙な面持ちで三人を見回す。
 三人が頷くのを見届けてから、彼女は再び口を開いた。
「零治くんのことなんだけれど――」
「零治の?」
 美人は思わず口を挟んでしまった。
 まさか、桐子の口から零治の話題が上るとは予想もしていなかったのだ。
「ええ。おそらく、先生方は美人に真実を打ち明けられなかったでしょうから」
「真実?」
「そう。零治くんについてのね。美人には酷かもしれないけれど、《扉》が開こうとしている今だからはっきり言うわ。零治くんは――生まれながらにして、その身に《境王》を宿していたのよ」
「どういうことですか!?」
 美人は目を瞠った。
 桐子が告げた言葉は、彼に多大な驚愕をもたらしたのだ。
『生まれながらにして、境王を宿している』
 一体、それはどういうことなのだろうか?
 零治はこの世に生を受けた瞬間から境王だった、というのだろうか?
 解らない。
 ただ一つ解るのは、先日薔薇子が『零治から離れなさい』と言った真意だけだ。
 薔薇子は事実を知っていたから、そんなことを自分に宣告したのだ。
 零治の裡に、境王が眠っているのを知っていて。
 そして、それによって美人が傷つくのを恐れて。
 そうであるから、薔薇子はあの時明白な理由を口にしようとしなかったのだろう。零治と仲の良い自分には言えなかったに違いない……。
「どうして……零治が?」
 美人は、無意識の内に縋るような眼差しを母親に注いでしまった。
 零治の体内に昔から境王が寄生していたなんて、信じられない。
 信じたくない。
 しかし、現に零治の身体は境王に乗っ取られようとしているのだ。認めたくはないが、認めざるを得ない現実。
 何故、零治なのか――理由があるのなら教えてほしい。
「そうね。何から話したらいいかしら……?」
 息子の切羽詰まった表情を目の当りにして、桐子は瞳を細めた。
「母が――榊総子が、特別な力を持つ《封魔師》であったことは知っているわね?」
 確認するように問いかける。
 美人の首肯を受けて、桐子は先を続けた。
「その筋では、かなり強大な力を持つことで有名だったらしいわ。私も詳しいことは知らないけれど。母は、封魔師の仕事については多くを語らない人だったから……。《鏡月魔境》のことを打ち明けてくれたのも死の直前だったわ」
 桐子は、何処か遠くに視線を馳せながら言葉を紡ぐ。当時のことを思い出しているのかもしれない。
「若かかりし頃、母は封魔師でありながら封じるはずの魔物――境王と恋に堕ちたそうよ。境王も母に惹かれた。一目惚れ同士――二人にとっては正しく『運命の出逢い』だったのでしょうね。境王は、魔物たちの反対を押し切って母を后として《鏡月魔境》へ迎え入れた。母も愛する境王のために、家族と封魔師の誇りを捨てた。それほどまでに、二人は互いに恋い焦がれていたのよ。けれど、いくら好き合っていてもやはり人間と魔物。母は、魔物たちが人間を殺したり食べたりする現実に耐え切れなかったのよ。境王に人間に対する粗暴な行為を止めるよう提言したけれど、聞き入れてはもらえなかった。魔物たちにとっての最大の好物は人間なのだから、当然の結果ね……。母は、とうとう我慢できずに魔境を飛び出した。そして、魔境とこの世とを繋ぐ通路を封印してしまったのよ。それが、丁度この場所」
 桐子は、意味ありげに《第一音楽室》の扉へ視線を配る。
 窓の無い扉は、重い禍々しさを醸し出していた。



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