ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「嘘……だ……」
 告白された事実を、美人は素直に受け入れることができなかった。
 だが、拒絶する反面、心の片隅ではそれを認めていた。
 境王が零治の表面に出ているのを、美人は自分の目で目撃しているのだから。
「ごめんなさい。全部、本当の話よ。私だって、それが嘘ならいいと十七年間思い続けてきたわ。零治くんは私にとっても息子のような存在だもの……。どうしてあの時、阻止できなかったのかしら? どうして、零治くんを救ってあげる《力》がなかったのかしら?」
 桐子は、今にも泣き出してしまいそうなほどか弱く見えた。
 自責の念が、彼女の細い身体を包み込んでいる。
 美人は手を伸ばして、母親の手をそっと握り締めた。
「お母さんのせいじゃない」
 優しく囁く。
 十七前、総子の亡骸を抱えて地上に戻った時の桐子は、身も心も疲れ果てていたはずだ。
《鏡月魔境》は、魔物の住処。
 抜け出してくるには、数多の魔物と対戦しなければならなかったはずだ。
 しかも、桐子はその後、《扉》に封印を施している。巫女の野望を阻む余力は残されていなかったに違いないのだ。
 母が自分を責めるのは間違っている。
 全ての原因――根源は《鏡月魔境》にあるのだから。
「零治くんは魔境とは全く無縁だったのよ。零治くんの母親も……巻き込んでしまったわ。歪んだ《運命の環》に。――五年経って、十年経っても、零治くんの身体には異変が顕れなかった。まるで、何事も起こらなかったかのように、ね。昨日、零治くんの額に境王の刻印を発見するまで、私が鏡月魔境のことを忘れかけていたほどにこの十七年間は平穏な日々だった……。でも、零治くんの表面に境王が出てきた今、その幸せは脆いものとなったわ。私の大切な美人と零治くんを、残酷に引き裂いてしまうかもしれない」
「大丈夫。零治は、きっと僕が連れて帰ってくるから。――さあ、お母さんは家で待っていて下さい」
 美人は、母親の話に区切りが付いたことを察すると、帰るように促した。
 桐子をこんな危険な場所に留めておくわけにはいかない。
 しかし、桐子は首を横に振るのだ。
「いいえ。私が、ここへ来た本当の理由は、零治くんの話をするためだけではないのよ、美人。開いた扉は、私が一人で抑えるわ」
「お母さんっ!」
 美人は間髪入れずに非難の声をあげる。
 桐子の提案は、とても受け入れられるものではない。
『扉を抑える』というのは、ただ単に『扉を仮封印しておく』というだけではなく『扉から出てきた魔物も抹消する』ということだ。
 それを桐子一人に依存するなんて、酷だ。
「桐子さん、扉は私と西野先生に任せて下さい」
 薔薇子も素早く異議を唱える。
 しかし、それさえも桐子は優しく手で制したのだ。
「私がやります。私は《榊総子》の力を最も強く受け継いだ娘です。《扉》を抑えるのに、これほど適した人間はいないでしょう。それに、これは私の我儘です。私は自分の息子が可愛いの。零治くんと一緒に生きて帰って来てほしいの。だから、お二人にお願いします。美人の傍について行ってあげて下さい」
「桐子さん! あなたにそんな負担はかけられないわ。一人で扉を見張るなんて、生命を失ってしまうかもしれない危険行為よ」
 薔薇子は、何とか桐子を懐柔しようとして力説する。
「それでも構わないわ。私は、自分の生命よりも息子が大切なの」
 桐子は真っ直ぐに薔薇子を見つめ返す。
 過去、母・総子が生命を懸けて自分を護ってくれたように、自分も美人を護らなければならないのだ。愛する息子を――
「解りました。扉はあなたにお願いします。私と薔薇子さんは、美人くんの護衛を」
 西野が桐子の心中を汲み取って、毅然と応じる。
「西野先生!」
 すかさず薔薇子の鋭い視線を浴びたが、西野は動じなかった。唇を尖らす薔薇子の肩にポンと手を置き、宥める。
「桐子さんの心意は、誰よりも薔薇子さんが知っているはずでしょう? あなたは、桐子さんに頼まれて美人くんを護っているのではありませんか?」
 核心に触れられて、薔薇子は押し黙った。
 西野の言葉は正しい。
 西野が何処で勘づいたのか知らないが、確かに自分は桐子に依頼されて美人を庇護する立場となったのだ。
「――解ったわ。有馬くんと一緒に鏡月魔境へ行きます。扉のことは、全て桐子さんにお任せしますわ」
 多少憮然としながらも、薔薇子は桐子の意見に従う様子をみせた。
「ありがとう、薔薇子さん。――そんなに心配そうな顔しないでよ、美人」
 薔薇子に柔らかい微笑みを向けてから、美人に視線を戻した桐子は苦笑を浮かべる。
「私は榊総子の娘よ。そして、あなたはその血を引いているわ」
 桐子は、美人の左手を自分の手に乗せる。
 白い指が中指に納まっている銀細工の指輪を撫でた。
 西野が総子から譲り受け、そして、西野から美人に渡されたヘマタイトの指輪だ。
「あなたの裡にある榊総子の血が、境王の元へ導いてくれるでしょう」
 指輪を慈しむように撫でる桐子の指が、ピタッと止まった。
 瞬時、バチッと美人の体内を電流のようなものが駆け抜けた。
「何っ?」
 美人は、慌てて左手を自分の方へ引いていた。
 手が光っている。
 いや、正確には指輪が光っているのだ。
 青白い輝きが、銀細工の指輪を包み込んでいる。
 澄んだ青い冷光は瞬く間にブワッと膨脹し、すぐにパンッと弾け、消散した。
「……何?」
 再び、美人は呟く。幾分、呆けたような口調だった。
 目の前に、突如として一振りの日本刀が出現したのだ。
 美しい刀は、青い光を纏いながら宙に浮いている。
 西野も薔薇子も、半ば唖然とした様子でその玲玲たる日本刀に見入っていた。
 ただ一人、桐子だけが平然としている。
「これが、指輪の本来の姿よ」
 桐子に指摘されて、美人は無意識に自分の左手に視線を落とした。中指に嵌められているはずのヘマタイトの指輪が、何処にも見当たらない。桐子の言葉が正しいのならば、それは眼前に輝く日本刀に他ならないのだ。
「これは?」
 視線を日本刀に戻しながら訊ねる。
「かつて、母が愛用していた刀よ。魔性のものを打ち砕く霊力を持った《魔封じの剣》よ。母は《雷師(らいし)》と呼んでいたわ。――きっと《この日》が来ることを見越して、雷師を美人に残してくれたんだわ」
 桐子は、日本刀を通して母の姿を見ているような眼差しを見せた。それは、すぐに怜悧な輝きを秘めたものへと変化する。
「剣を取りなさい、美人。あなたの運命と共に――」
 厳潔とした口調で桐子は告げた。
 美人は、しばし無言のまま刀を見つめていた。
 やがて、自分自身に言い聞かせるように深く頷き、緩やかな動作で剣の柄を握る。
 自分には、これが必要だ。
 境王から零治を奪い返すために――
 ……シャリン。
 魔封じの剣・雷師は、長き時を経て、再び主人に巡り会えたことを喜んでいるかのように小気味よい金属音をたてた。
「そろそろ扉が開くわ」
 ふと、桐子が《第一音楽室》の扉を注視する。
 もうすぐ午前零時。
 魑魅魍魎の妖しき刻。
 百鬼夜行の始まり。
 誰もが扉に視線を向けていた。
「美人」
 桐子が愛する息子の名を呼ぶ。
 カチャリ。
 時を同じくして、何の前触れも無しに扉が微動した。
 一センチほどの隙間から生温い風が流れてくる。
《鏡月魔境》の風だ。
「薔薇子さん、西野先生、美人を頼みます」
 桐子は扉に向かって両手を差し出す。
 フワリ。
 束ねていた長い髪が解け、宙を舞う。
 母の身体から白色の荘厳としたオーラが立ち上るのを、美人は目撃した。
 美しい清らかな光。
 自分の目の前で、初めて母が《力》を解放していた。
 ギギギ……ギギィ……。
 更に扉が開く。
『グギャーッッ!』
 不意に、扉の影から黒い影が飛び出してきた。
 黒い身体に二本の角を生やした、醜い小鬼だ。
 牙を剥き出しながら、真っ直ぐに桐子に飛びかかる。
「お母さん!?」
 美人は目を瞠った。母が、傷つけられるのではないかと危惧したからだ。
 だが、それは要らぬ心配だった。
 桐子の白色のオーラに触れた瞬間、小鬼は呆気なくも蒸発して溶けてしまったのだ。
 美人は安堵の吐息を洩らす。
「行きなさい、美人」
 桐子は小鬼の出現に動揺した様子もなく、冷然と扉を見つめたまま美人を促すのだ。
「決して躊躇わず、自分の心に忠実に。進むべき道は、あなたの心の中に在るわ」
「お母さん……」
「行きなさい、境王の元へ――」
 短く告げると、桐子は両の目を閉ざす。それ以上、喋る気配はなかった。
 桐子の全身を覆う白光が一層輝きを増す。
 既に、彼女は深い精神世界へと入り込んでいた。
「行きましょう、美人くん」
 西野が意を決したように扉の前へ進み出る。
 桐子の様子を気遣わしげに眺めていた薔薇子も、彼の隣に並んだ。
「いよいよね。大丈夫よ、有馬くん。あなたは私たちが護るわ」
 薔薇子の言葉に力づけられたように、美人は扉の把手に手を伸ばす。
「――鏡月魔境」
 低く呟く。
 バタンッッ!
 美人が把手を引く前に扉は勢い良く開いた。
 まるで、美人たちを歓迎しているようなタイミングの良さだった。
 ゴオォォォォォォーッ……。
 一陣の強い風が吹き抜ける。
 風は、魅惑的な銀の粉を吹き散らすように運んできた。
 開かれた扉。
 その向こうは一面の銀世界。
 何も見えない。
 美人は恐る恐る手を伸ばした。
 水に手を浸した時のような奇妙な感触だった。
 行かなければ。
 境王の元へ。
 零治の元へ。
 大きく深呼吸して息を止めた。
 刀を持つ手に力を込め、最後に目を閉じて勢い良く銀世界へと飛び込んだ。
 刹那、急激な落下を感じた。
 全身に銀の粉が纏わりつく。
 意識が麻痺し始めて、自分が今何処に存在しているのかも解らなくなる。
 ただ、銀にまみれている。

 堕ちてゆく――


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.20 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。