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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.20[23:59]
三.神栖玲



 閉館一時間前の公民館は森閑としていた。
 一階にある事務室には職員の姿があったが、図書室のある二階は異様なほど静まり返っていた。この時間に図書室を利用する人間は少ないのだろう。
 莉緒が図書室に到着した時、そこには誰の姿もなかった。
 下校時、ここに寄ったはずの須玖里要の姿もない。とっくに帰宅してしまったようだ。
「貸し切りね」
 莉緒は笑い混じりに呟き、図書室に足を踏み入れた。
 小さな村の規模から想像していたよりも蔵書は多い。背の高い書架がズラリと並んでいる。書架と書架の間には読書用のテーブルと椅子が配置されていた。
 莉緒はザッと室内を見回した。
 天井からぶら下げられたプレートの中に『郷土史料』という文字を発見するなり、そちらへ移動する。
 書架の前で立ち止まり、上から下までしげしげと眺める。
 緋月村を被写体にした写真集や村出身の県議会議員の著作、郷土史料誌などが、やや乱雑に並べられていた。
 その中に『緋月村』というシンプルな題字が刻まれた背表紙を見つけた。著者は甲府にある大学の民俗学研究会となっている。
 莉緒はそれを書架から抜き出し、裏表紙を開いてみた。
 奥付には、今から二十年ほど前の日付が刻印されている。
 著者経歴の欄に視線を流し、莉緒は驚いた。
 代表著者に『由利莉津子』と明記されていたのだ。
「やだっ、ママじゃない!?」
『由利』とは間違いなく母の旧姓だ。
 母の若い頃の話などあまり聞いたことはないが、どうやら莉津子は甲府の大学で民俗学を研究していたらしい。
「パパとママはこの村で出逢った、ってことね」
 その昔、民俗学の研究で緋月村を訪れた莉津子は、ここで父と出逢い、恋に落ちたのだろう。
 脳裏に浮かび上がった単純明快な図式に、莉緒は苦笑を零した。
「親の恋愛をこんな風に知るなんて、何だか恥ずかしいわね」
 パラパラとページを捲る。
 書物の内容は、村人から聞き集めた民話や伝承を纏めたもののようだった。

『須要神社とアサ』

 その見出しが視界に飛び込んできた瞬間、莉緒は軽く息を呑んだ。
 文江や絹代が語っていたのは、この『アサ』のことだろう。
 莉緒は問題のページを指で押さえると、近くのテーブルに移動し、椅子に腰かけた。
 逸る心のままに紙面に目を走らせる。
『須玖里アサは、緋月村に実在した殺人鬼である』
 そんな書き出しで文章は始まっていた。
「須玖里って、要くんに関係あるの?」
 莉緒は出だしから大いに困惑した。
 老人たちの言う『アサ』とは、鬼でも吸血鬼でもなく一個人の名前であるらしい。
 しかも要と同じ須玖里姓を名乗っていたようだ。
 おまえが死ねばよかったんだ――要に向けられた不吉な言葉が甦る。
 殺人鬼の子孫であるから、村人たちは須玖里の者を快く思っていないのだろうか……。
 不安を感じながらも、莉緒は続く文章に目を通した。


 江戸時代後期・一八六一年(文久元年)に、アサと名乗る迷い人が村に流れ着いたことに事件は端を発する。
 大昔のことであり、アサがどこからやって来たのかは現在では知る術はないようだ。ただ『迷い人』としか記されていない。
 アサは奇天烈な風体の大男であったが、優しく温厚な性格が幸いし、村人たちに快く受け入れられた。
 当時の村の権力者・神栖正太郎にも気に入られ、彼は緋月村に定住することになる。
 その際、アサの面倒を率先してみていた須玖里家に養子として迎え入れられ、以後、彼は須玖里アサを名乗ることとなった。
 二年ほど平和な日常が続いた後、突如として村に悲劇が訪れる。
 アサ乱心。
 穏和なはずのアサが、ある日突然、凶暴化したのだと文面は伝えていた。
 アサは飢えた野獣のように村民に襲いかかり、殺戮を繰り返した。
 延べ三十人もの死者を出したのだという。
 村人たちはアサを畏れた。
 しかし、殺人鬼と化したアサを放置しておけば更なる犠牲者が出る。
 そこで、村の若者たちが勇気を振り絞ってアサに挑んだのだ。
 アサは、現在須要神社が建っている山中で、坂龍之介という武士によって討ち取られる――


「坂龍之介――瑞穂の先祖かしら? とにかく、瑞穂の言った通り、この村にはかつて殺人鬼が存在してたってわけね」
 莉緒は記された真実に愕然とした。
 だが、話にはまだ続きがある。
 莉緒はアサという大昔の殺戮者に戦慄を覚えながらも、次のページを捲った。


 アサを退治したものの、村人たちは彼を鬼と信じて死後も畏怖した。
 その恐怖心から逃れるため、またアサの祟りが村に降りかからないようにするために、彼を葬った場所に神社を建てて祀ったのだという。
 それが須要神社の起源だ。
 神主の役目は、アサと懇意にしていた須玖里家が引き受けたらしい。
 アサが村人を虐殺した夜、月が赤味がかっていたことや夥しい血が流されたことから、後世殺人鬼アサの話は事実から大きく逸れ、吸血鬼伝説として語られるようになった――


 莉緒が父から聞いた『月が紅くなると吸血鬼が現れて、村人を襲う』という話は、全くの出鱈目だったのだ。
 母が記した書物でも『緋月村に残る吸血鬼伝説は、アサの犯した殺人と誤った土葬の悲劇が混合されたために生まれた寓話である』と文を締め括っている。
「吸血鬼伝説は大昔の殺人事件から発生したお伽話、か……。やっぱり吸血鬼は映画や小説の中にしか存在しないのね」
 苦々しく呟きながら本を閉じる。
 村人たちが語る吸血鬼や須要の神の祟りとやらは、全てアサの話から派生していたのだ。
 この村には吸血鬼も鬼も存在していない。
 殺人鬼アサとて百年以上も前の人物だ。
「なのに、どうしてご老人たちは紅い月や祟りを未だに畏れるのかしらね?」
 疑問を音に成してみるが、答えが出るはずもない。
「まっ、それだけ村人たちが信心深くて迷信深いってことね。とりあえず、要くんがアサの血を引いていなくてよかった」
 我知らず、安堵の息が洩れる。
 文中に『須玖里アサ』の文字を見つけた時には仰天したが、アサは養子であり要と血の繋がりは全くないのだ。
「あれ? じゃあ、あのお爺さんは何であんなこと口走ったのかな?」
 葬列に加わっていた老人だって、須玖里家が殺人鬼の系譜ではないことを知っていたはずだ。それなのに『おまえが死ねばよかったんだ』とは、一体どういうことなのだろうか。
「解んないなぁ。まだまだ謎がいっぱいじゃない。こんな小さな村なのに――」
 いくら考えても解らないことは解らない。
 村に関する知識が乏しいので、推測することもままならなかった。
 莉緒は溜息を一つ落とすと、椅子から立ち上がった。
 郷土資料の棚に書物を戻す。
 その時、風が吹いた。
 自分の長い髪が風に揺られたことに驚き、莉緒は背後を振り返った。
 ――窓、開いてたかな?
 図書室に足を踏み入れた時の記憶を辿ってみるが、窓に関しては曖昧だった。開いていたような気もすれば、閉まっていたような気もする……。
 とりあえず、確認のために窓際に移動してみることにした。
 書架の合間を進み、突き当たりで首を左右に振る。
 窓は開いていた。
 そこから春風が室内に吹き込んでいる。
 莉緒は風に弄ばれる髪を片手で押さえ、思わずそちらを凝視してしまった。

 夕陽が照らす窓の桟に肘をつき、一人の少年が佇んでいたのだ。



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