ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「おかしいと思ったのよね」
 真っ赤な唇を奇妙に歪めて、黒井薔薇子は皮肉な言葉を彩った。
 城の巨大な扉を押し開けた後の第一声である。
「ここへ来るまで、何も妨害がないなんて」
 続く彼女の言葉は好戦的な響きを含んでいた。
 シュルルッッッ!
 ほぼ同時に、彼女の自慢の鞭が唸る。
 ジュワッッ……!
 緑色の液体が、美人の目と鼻の先で飛沫を上げた。
 ゴトンッ、という鈍い音とともに床に黒い塊が転がる。
 赤い両眼をカッと見開いたまま死に絶えた食人鬼の頸だ。だらしなく弛緩された口からは、涎が流れ落ちている。続け様に胴体も床に倒れ伏した。薔薇子の鞭の一振りで、生命を奪われたのだ。
 美人は、目前の光景を見つめながら柳眉をひそめた。
 ――同感だな。
 と、遅ればせながら薔薇子の意見に賛同する。
 境王の挑戦的な挨拶を受けてから、この城へやって来るまでに一度も敵と遭遇しなかったのだ。
『おかしいな?』と思ったものの、一刻も早く零治を取り戻したい気持ちが逸って、差して気にも留めなかったのだ。『障害がなくてラッキー』くらいに思っていた。だが、境王がそんなに甘いはずはない。彼はしっかりと障壁を準備していた。この城の中に。
 扉を開けた瞬間、そこには数多の食人鬼が群がっていたのだ。
 体長三メートル以上の怪物がウヨウヨしている。
 彼らの好物は当然の如く人間だ。生きた人間の匂いを感じ取って、食人鬼どもは嬉々として美人たちに迫りつつあった。
 グゥオウゥゥという奇怪な咆哮とともに、牙を剥き出して突進してくる。
 薔薇子が宙を跳んだ。
 身軽な彼女は、一回転しながら器用に鞭を振るった。
 食人鬼の太い首に革の鞭が巻きつく。
 着地した薔薇子は、そのまま勢い良く鞭を引いた。
 鞭に捕らわれた食人鬼が、薔薇子の頭上を飛び越えて激しく床に叩きつけられる。
 怪物は、巨躯を痙攣させた後にピクリとも動かなくなった。薔薇子の細い身体に食人鬼を投げ飛ばすような力などないように思えるのだが、彼女は平然とそれをやってのけたのだ。
 顔色一つ変えずに、彼女は食人鬼の群れの中へと突き進んでゆく。
「待って下さい、黒井先生!」
 美人は、慌てて薔薇子の後を追おうとした。
 いくら薔薇子が特殊能力者でも、一人で食人鬼の大群を相手にするのは無謀すぎる。
 グゥオォォォォッ!
 動き出そうとした美人の前に、食人鬼が立ちはだかる。
 手にした巨大な斧を高く振り翳していた。獲物を捕らえた赤眼が爛々と輝く。
 シュッ!
 斧が振り下ろされる。
 ガツッッッ!
 だが、それはオレンジ色の壁によって弾き飛ばされたのだ。
 美人の隣で西野が結界を張っていた。
「薔薇子さんなら大丈夫ですよ」
 確信をもって西野は告げる。
 それを実証するかのように、食人鬼たちの悲鳴とドスンッという重々しい音がし、床が激震した。薔薇子が怪物たちを薙ぎ倒しているのだ。
「あの人はとても強いですから。それより美人くん、《雷師》を使う時ですよ。私が結界でサポートしますから、攻撃に出て下さい」
「えっ? ――あっ、ハイ……」
 西野にそう云われて、美人は咄嗟にそんな返答しかできなかった。
 いきなり『闘え』と言われても戸惑ってしまう。
 だが、美人にはそんな余裕は残っていなかった。
 現に無数の食人鬼が西野と自分に向かって猛進してきている。
 何より、零治を助け出さなければならない。
 美人は魔封じの剣・雷師を掲げた。
 闘ったことなど皆無だが、今はやるしかない。
 瞼を閉ざし、再びそれを開いた時には、両眼に迷いはなかった。
 雷師がシィィーンと低く唸り、青白い光を放つ。
 美人は両手に刀の柄をしっかりと握り、一歩踏み出した。
 西野の創り出したオレンジ色の光が、一緒に移動してくる。
 グゥオオオオオォォォーッ!
 食人鬼が巨大な斧を振り翳す。
 それを身軽に躱して、食人鬼の太股を真横に切り裂く。
 緑色の液体が噴出し、食人鬼は床に膝をついた。
 休まずに、美人は地面を蹴る。
 勢いに任せて食人鬼の頸動脈を切断した。
 更に緑色の体液が華々しく飛沫を上げる。
 美人が床に着地した瞬間、青い光が食人鬼を包み込み、パンッと弾けた。
 床に青銀の玉が転がる。
 美人が手にしているのは、《魔封じの剣》と呼ばれる神刀だ。おそらく、その珠の裡に魔物を封じ込めたのだろう。
 続く食人鬼には、胴をスッパリ切り落とすほど強い一撃を与えた。
 また一つ玉が床に転がる。
「流石は有馬家の御曹子!」
 パチパチパチと近くで拍手が聞こえた。
 チラリとそちらへ視線を向けると、西野が満足げに手を叩いているのだ。
 美人が日本刀を扱えることを、西野は知っていたのだ。
 有馬家は有名な旧家であり、一族はみな一通りの武芸を嗜んでいる。その中には、真剣を使用する剣術も含まれていた。
 一度刀を手にすれば、美人は凄腕の剣士に成り代わる。その繊細な容姿とは裏腹に、彼は冷徹な剣術師でもあるのだ。
 美人は西野に軽く肩を竦めてみせた。
 その半瞬後には、食人鬼の巨体を下から上へと斜めにザッと切り裂いている。
「有馬くん、西野先生! こっちよ!」
 食人鬼の群れの一角から、薔薇子の大声が聞こえてくる。
 鞭のしなる音が空を裂き、ズトンッと食人鬼が倒れる重々しい音がしたので、彼女の所在はすぐに判明した。美人たちから見て、正面の壁際に薔薇子の肢体が垣間見えた。
「行きましょう」
 西野を促し、美人は駆け出した。
 襲い来る食人鬼を蹴散らしながら、薔薇子の元へと急ぐ。
 西野の結界に護られているおかげで、傷一つ負うことなく無事に彼女と合流することができた。
「さあ、次のステージへ進むわよ!」
 美人と西野の姿を確認するなり、薔薇子は食人鬼たちにクルリと背を向けるのだ。
 何をするのだろう、と疑問に思った美人の目前で、彼女はドカッと思い切り壁を蹴りつけたのだ。
 すると不思議なことに、壁だと信じていた部分に大きな扉が出現した。
 薔薇子は迷わずにその扉を押し開けて中へ飛び込む。
「美人くん!」
 西野が美人の腕を掴みながら薔薇子に続く。
 二人が扉を抜けた瞬間、薔薇子は扉を乱暴に閉めた。
 勿論、食人鬼たちをこちらへ来させないためだ。
 しかし、扉は向こう側の食人鬼たちによってガンガンと叩きつけられている。
 西野が扉に両手を添えた。
「空間よ、閉じろ」
 短く命じる。
 一瞬にして扉の前にオレンジ色のベールが張られた。
「これで大丈夫。奴らは、こちらへ来られませんよ」
 満足そうに言葉を付け加える。
 美人と薔薇子が同時に頷いた時――
「あなた方は、ここから出られませんけどね」
 背後で声がした。



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2009.07.21 / Top↑
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