ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 扉を開け、次の部屋を目にした瞬間、有馬美人はビクッと身を震わせた。
 決して、そこに零治がいた訳ではない。
 だが――
「美人くん?」
 背後から西野の心配そうな声が届く。扉に手をかけたまま微動だにしなくなった美人を怪訝に思ったのだろう。
 西野の手が肩に触れる。
 全身の力が抜けたように茫然としていた美人は、それだけでフラフラと数歩前進した。
 西野と薔薇子が室内へ足を踏み入れる。
「――――!」
 次の瞬間、二人とも美人同様に固まってしまった。
 この部屋は、城の中で最も豪華な広間だと思われる。
 円形の室内は、レリーフが施された美しい大理石の壁で彩られていた。天井は、巨大な水晶のエンタシスで支えられている。輝く水晶が室内に光を与えていた。
 三人の足下には、豪奢な紅色の天鵞絨の絨毯が敷かれている。それは、部屋の奥まで続いていた。
 絨毯の終着点には階段が見える。
 そして、その階段の上には、黄金で造られた玉座が二つ据えられていた。境王と境王妃の玉座であることは間違いない。
 境王の城なのだから玉座があるのは当然のことだ。
 三人が茫然としているのは、そんな理由ではない。
 玉座の隣に《それ》があったからだ。
「……境王」
 美人は無意識に呟いていた。
 足が勝手に動き始める。階段を上り、《それ》に接近する。
 境王がそこに居た。
 但し、零治の身体を乗っ取っている境王ではない。
 本物の境王――彼の本体だ。
 境王の本体は、榊総子によって《封魔氷》という永久凍結の氷の中に封印されているのだ。
 その封魔氷が、今自分の目の前にあった。
 巨大な氷の中に、一人の青年が眠っていた。
 黒衣から覗く肌は、透けるように白い。腕にも首にも、眩い黄金の装飾品が沢山絡まっている。髪は腰よりも長く、光り輝く金色だ。
 額には、零治にも現れた紋様が浮かんでいた。青色の三角形が三つ――更に三角形を作るように並んでいるものだ。
 瞳は閉ざされている。淡い金色のまつ毛が、白い肌にうっすらと影を落としていた。瞼を開けば、魅惑的な黄金色の瞳が見られることだろう。
 ――綺麗だ。
 純粋にそう思った。
 美麗な青年。完全に人間の形をしている魔物の王は――美しい。
 美し過ぎるが故に冷たさを感じる。『ゾッとするような美しさ』とは、彼のためにある言葉ではないだろうか。
 美人は、食い入るように凍てついた境王を見つめた。
 眼前の妖冶な青年には、不思議と零治の面影があった。日本人なのに異常に金が似合う零治の……。
 零治が金を好むのは、裡に潜んでいた境王の影響があったのかもしれない。長年、境王は零治と共生してきたのだ。好みも雰囲気も似ていて当たり前なのかもしれない。
「――零治」
 不意に、氷漬けの青年が自分の大切な親友の姿と重なり、美人は眩暈を覚えた。
 零治の死体を見ているような錯覚に囚われたのだ。
「美人くん」
 グラついた美人の身体を、西野が素早く支えてくれる。
「大丈夫です。これは境王であって、零治くんではありませんよ」
 西野の言葉が心に浸透する。彼の『大丈夫』には、人の心を安らげる言霊が宿っているようだ。
 美人はすぐに自分を取り戻し、気をしっかりと持った。
 ――これは零治じゃない。
 何度も、何度も、自分に言い聞かせる。
 自分は零治を取り戻しに来たのだ。
「へえ、話には聞いていたけれど、これが封魔氷かぁ。そして、この中の奴が、諸悪の根源ってわけね」
 薔薇子がさして感動してる様子もなく言葉を紡ぐ。
「この本体を壊したら、境王はどうなるのかしらね?」
 淡々と怖いことを口にするが、流石にそれを実行する気はなさそうだ。
 零治を助けるまで、危険なことは避けたい。
 本体を壊したら、零治の中の境王の意識もバラバラに砕け、おまけに零治自身も死んでしまうという事態に陥ったら大変だ。万が一にでもそうなっては困るので、軽率な行動を起こすような馬鹿な真似はしない。
「境王……」
 薔薇子の言葉には応じずに、美人は封魔氷に向かって手を伸ばした。
 境王――鏡月魔境の王。
 魔物でありながら、人間――しかも、彼にとっては敵に値する封魔師・榊総子と恋に堕ちた。
 結末は、別離。
 彼は愛する女性の手によって氷の中へ封じられ、彼女は永遠の眠りに就いた。彼の意識は、まだ生きている。零治の中で。肉体とて蘇生する方法はあるはずだ。だが、彼女の身体は塵と化している。意識も、既に地上を離れていることだろう。
 何故、彼はそれを認めようとしないのだろうか?
 何故、頑なに自分を《総子》に仕立て上げようとするのだろうか?
 彼は今、零治という器の中で、何を想っているのだろうか?
 思考の波に漂いながら、美人は封魔氷に指を触れた。
 刹那、
「触らないでっ!」
 耳をつんざくような叫びが聞こえたのだ。
 悲鳴にも似た少女の声。
 美人は反射的に手を引いた。
 戒めの言葉に含まれる激怒を本能が察したからかもしれない。
 封魔氷のすぐ横の空間が奇妙に捩れた。
 虚空から一人の少女が姿を現す。
 渋い緑という変わった色の制服が、視界に飛び込んでくる。
 美人は少女を凝視した。
 その蓬とオリーブを混ぜ合わせたような奇抜な色の制服を、美人が見忘れるはずがない。
 聖華学園の制服だ。
 フワリと艶やかな黒髪が宙を舞う。
 この世界に居るはずのない少女が目の前に佇んでいた。
 いつも、美人に《夜》を連想させる美しい漆黒の髪の少女だ――



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2009.07.21 / Top↑
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