FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.21[21:21]
 少女の暗色の双眸が、じっと自分を見つめていた。
 美人は、彼女から瞳を逸らすことができない。
 何故、彼女がここに居るのか全く解らなかった。
 彼女が美人に向ける憎悪の眼差しの意味もさえ……。
「――五条さん……」
 掠れた声で、自分と封魔氷の間に割って入った少女の名を呼ぶ。
 続く『どうして?』という疑問は、彼女の鋭い一睨みによって打ち消されてしまった。
 その傲然とした態度は、美人の知る『五条さん』ではない。
「境王に触らないで!」
 顎をツンと逸らして彼女は言う。
「五条さん――珠詠さん、どうしてこんな所に?」
 美人は、彼女の腰まである長い黒髪を眺めながら唖然と問いかける。
 美人の言葉を聴いた途端、彼女の顔が更に険しいものへと変化した。
「美人くん、違いますよ。彼女は珠詠さんではありません。妹の――真志保さんの方です」
 西野が素早く美人の誤解を訂正した。
 美人は髪の長さで双子を判別したつもりなのだろうが、それは大きな誤りだ。
 今、目の前にいるのは五条真志保。
 彼女の気の強さから考えても間違いない。それに、西野には絶対に判断を違えない自信があった。『高等部千五百人を全て名前で呼ぶ』と奇人振りを噂されているほど、彼は個人を識別する能力に長けているのだ。たとえ双子といえども、今まで珠詠と真志保を呼び間違えたことは一度もない――少なくとも西野自身はそう自負している。
「――真志保さん……? でも、どうして? それに、その髪は――」
 美人は連続した衝撃を受け、呆けたように言葉を繰り出した。
 何が何だかさっぱり理解できない。
 真志保の髪は、肩の上で切り揃えられたボブカットのはずだ。なのに今は、双子の姉・珠詠と同じ長さにまで達している。
「髪くらい幾らでも自由になるわよ」
 真志保が冷たく吐き捨てる。
 彼女の言葉を立証するように、フワッと黒髪が宙に広がった。
 ヒュン!
 一筋の束が、美人目がけて飛んでくる。
 真志保の髪はしなやかに美人の首に絡みついた。髪自体が生き物のようだ。
「ま、真志保さんっ!?」
 唐突な真志保の行動に、美人は目を丸めた。
 こんなことができるとは、只の人間ではない。しかも、真志保は明らかに自分に対して敵意を剥き出しにしている。瞳が憎しみにギラついていた……。
「あんたなんか――有馬くんなんか、死んでしまえばいいのよっ!」
 忌々しげに呪を吐き出す真志保。
「うっ!」
 急激に喉を絞めつける髪の毛の力が増したので、美人は苦悶の声をあげた。
「有馬くん!」
「やめなさい、真志保さんっ!」
 薔薇子と西野が同時に叫ぶ。
 薔薇子が光魔を操ろうとするよりも、西野が結界を張ろうとするよりも、真志保の攻撃の方が速かった。
 ビシュ! シュッ!
 真志保の髪の毛が鞭のようにうねり、薔薇子と西野に襲いかかる。
 床に転がった二人を髪の毛が絡め取り、そのまま動きを封じた。
「邪魔しないでよ。私は有馬くんが嫌いなのっ!」
 カッと真志保の両眼が見開かれる。その瞳は、最早黒ではなく赤い光を放っていた。
 ここまでくれば、真志保の正体が何なのかは明白だ。
 魔物――それも、羅生よりももっと力のある魔物。
 昨夜、境王を《扉》の内側に導いたのは彼女なのだろう。
 ジワリ、ジワリ、と髪の毛の力が強まってゆく。
 苦しい。
 思うように呼吸ができない。
 美人は全身から力が抜けてゆくのを感じた。
 魔封じの剣・雷師だけは落としてはいけない、と右手にギュッと力を込める。
「あんたがいなければ、境王は私を愛してくれるのよ! 榊総子がいたから、境王は私を愛してくれなかったのよ。総子なんて死んじゃえばいいのよっ!」
 ギラギラと憎悪の念を漲らせて、真志保は怒鳴る。
 全身から憤怒の《氣》が噴出していた。
「有馬くんがいるから、曽父江くんだって私を見てくれないのよっ! 嫌い! 大嫌いっ! 総子も、有馬くんも私の前から消えてよっ!!」
 バチッ!
 美人の顔前で火花が飛び散った。
 真志保の攻撃と美人の防御。見えない力同士がぶつかってスパークしたのだ。
 真志保の憎しみを受けながら、美人は納得した。
 何故、これほどまでに真志保が自分を激しく憎むのか。
 真志保は、境王のことが好きなのだ。
 だから、境王の妻となった総子を憎んでいる。
 彼女は境王を愛するが故に、境王の憑代である零治にも同じ想いを抱いたのだろう。
 しかし、零治の傍にはいつも自分がいた。何の因果か、憎き総子の血縁である自分が……。
 必然的に、彼女の憎悪の対象は自分に向けられる。
 人間界においても《鏡月魔境》においても、彼女にとって自分は邪魔者以外の何ものでもないのだ。
「――ぐっ!」
 息苦しさに、右手が真志保の髪を掴む。
 別の髪束が、ピシャリとその手を払い除けた。
「境王は渡さないわ。曽父江くんも返してなんかあげない! 消えちゃえ! 総子の血を引く奴なんて、粉々になっちゃえばいいのよっ!」
 大理石の床に亀裂が走る。
 砕けた欠片が、真志保の怒りを代弁するように一斉に宙に噴き上がった。それを美人に仕掛けてこようとしているのだ。
「死んじゃえっ!」
 狂気を孕んだ声音で真志保が叫ぶ。
「死ね! 死ね! 死ねっ!!」
「やめて、真志保!」
 真志保の哄笑と、誰かの決死の叫びが重なった。
 二つの声は同じ声――
 ピタッ、と真志保が笑いを引っ込めた。
「お願い。やめて、真志保」
 もう一度、静かな懇願を込めた声が聞こえる。
 カツン……カツン……。
 足音が聞こえる。
 美人も真志保も、突然の闖入者に視線を奪われた。
 漆黒の長い髪が、美人の横を通り過ぎる。
 夜の薫りがした。
 聖華学園の制服を身に纏った彼女は、真志保と美人の間に割って入った。
 彼女はじっと真志保を見つめている。
「やめて、真志保。私……有馬くんが好きなの」
 ひどく哀しげに、真志保の双子の姉――五条珠詠はそう呟いた。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
Category * 鏡月魔境
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.