FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.21[21:25]
「有馬くんが好きなの」
 泣き出しそうな声で、五条珠詠は繰り返した。
 転瞬、真志保の周りを取り巻いていた大理石の破片がスーッと地面に落下する。
「何言ってるのよ、珠詠? そんな世迷い言聞きたくもないわ。有馬くんは私たちの宿敵よ。彼は、私たちの境王と鏡月魔境を裏切った榊総子の血縁なのよ! 馬鹿なこと言わないでっ!」
 真志保の声には焦燥が滲んでいた。
 双子の姉から予想外の台詞を聞かされ、戸惑い、混乱しているのだろう。
「馬鹿なことじゃないわ。それに――馬鹿なことをしているのは真志保の方よ。有馬くんは、境王妃様ではないのよ」
 対する珠詠の声には悲哀が織り交ぜられていた。
 姉の言葉に動揺したように、美人を戒める真志保の髪の威力が僅かに緩んだ。
 美人は、突然の珠詠の出現と告白に困惑していた。
 一体、この姉妹は鏡月魔境とどのような関係があるのだろうか?
「解ってる……解ってるわよ。有馬くんが総子じゃないことくらい! 有馬くが消えたからって、曽父江くんが私を振り向いてくれるわけじゃないって! ――重々承知してるわよっ。でも、どうしようもないのよ。私のこの気持ちは、有馬くんを許せないの! 殺したいのよっ!」
「真志保が境王様のことを好きな気持ちは解るわ。同じように、私も有馬くんが好きなの」
「――バッカじゃないの! 思い出したんでしょう、何もかも」
 真志保が双子の姉を鋭く睨めつける。
「思い出したわ。思い出したくないこと、全部……」
 珠詠が静かに頷く。
 彼女はゆっくりと背後を振り返った。真っ直ぐな視線が美人に向けられる。
 しばらく彼女は、じっと美人に見入っていた。
 たが、不意にそれをフッと逸らしてしまうのだ。
 彼女の表情には、羞恥と絶望が浮き彫りになっていた。
「有馬くん、先生方――少し話を聞いて下さい」
 珠詠が言うのと同時に、美人たちを拘束していた真志保の髪がハラリと解ける。
「二人と魔境との関わり合いを話してくれるんですか、珠詠さん?」
 自由の身となった美人は、珠詠の隣へ移動しながら優しく訊ねる。
 珠詠が、自分たちに敵意を持っていないことは明らかだ。
 西野と薔薇子も話が聞こえる位置にやってきた。
 珠詠は軽く頷き、西野に焦点を合わせた。
「まず、西野先生。先生が三日前に夜の学園で逢ったのは、私ではありません」
「――えっ、忘れ物の時ですか?」
 西野は意表を衝かれて驚いた。それは後日、《夢》のことを相談しに来た時に珠詠自身が自分であることを認めたばすなのだが……。
「ああ、あれは私よ。《扉》の封印の解け具合を見に行ってたのよ。そうしたら、運悪く西野先生に出逢ったから、その場の思いつきで適当に誤魔化したのよ」
 真志保が面白くなさそうに口を挟む。
「どうして、そんなことを……?」
 美人が小首を傾げると、真志保が嫌悪も露わにギロリと睨んでくる。
「私、回りくどいのは嫌いだから率直に言うわよ、珠詠」
「あっ、でも――」
「先に言った方が解りやすいわ。私と珠詠はね、境王の巫女なのよ」
 勝ち誇ったように真志保が告げる。
「えっ?」
 美人、西野と薔薇子の声が重なった。
「十七年前、境王様が総子様に封印されようとした時、境王様の肉体から魂だけを抜き取って、曽父江くんに植え付けたのは私と真志保なんです」
「――なっ……どうしてっ?」
 美人は思わず語調を強めてしまった。
 信じたくない事実だ。
 珠詠たちが境王に遣える巫女で、零治に境王を寄生させた張本人だなんて。
 彼女たちが零治を選ばなければ、零治を苦しめずに済んだのだ。境王に身体を乗っ取られることもなかったのだ。
 それを思うと、どうしても言葉に非難が含まれてしまう。
 美人の批判的な声に、珠詠は淋しげに瞼を伏せた。
「そうするしか、境王を救う道が無かったからよ。私たちのせいじゃないわ。あんたの祖母が――総子が境王を愛さなきゃこんなことにはならなかったのよ!」
「真志保、違うでしょう。言い過ぎよ」
「そうね……ちょっと私情が入り過ぎたわ。――とにかく、曽父江くんを器に選んだのは私たちよ。そして、私たちは彼を見守るために人間に成り済まして、ずっと傍にいた。扉の封印が解けて、境王とともに鏡月魔境へ帰る日を夢見てね。なのに、珠詠ったら有馬くんを好きになるなんて……。総子の血族を監視することも、私たちの役目だったのに。――自己防衛ね。それとも、自己正当化かしら? 珠詠は、自分が鏡月魔境の魔物であるという記憶を自分の中から消しちゃったのよ」
「有馬くんと同じ人間でいたかったの……有馬くんが好きだから。有馬くんに愛されたかったから。嫌われたくなかった。人間じゃない自分なんて――おぞましい魔物なんて、有馬くんは好きになってくれないもの」
 珠詠の黒い瞳から透明な液体が溢れ出す。
 人間と同じ純粋な涙だ。
 それは違います――その台詞を、美人は咽喉の奥で繰り返した。
 そんなことはない。確かに、自分は珠詠に惹かれていた。
 珠詠が自分のことを想ってくれているのと同じように。
 魔物とか人間とか、そんなものは関係無い。
 魔物の王と恋に堕ちた榊総子の血を引く自分だからこそ、そう思えるのかもしれない。
「馬鹿ね。記憶を封じたからって、人間になれるわけじゃないのよ。――私、腹が立ったわ。物凄く珠詠にムカついてた。境王が目醒めようとしているのに、巫女のあんたが記憶を無くすなんて。おまけに総子の子孫に恋するなんて、ね。最低で最悪よ。あんたに自分が魔物であるという事実を思い出させたくて、私は木下真弓や赤城文彦の惨殺シーンを夢に送り込んだのよ」
「なるほど……」
 西野が納得したように相槌を打つ。珠詠が『殺人の夢を見る』と言って自分に相談しに来たことがあるが、それは全て真志保の仕業だったのだ。
「あっ、ちなみに赤城くんを殺したのは私よ」
『ハンバーガーを食べたのよ』と同じ調子で、真志保は告げるのだ。
 彼女には、罪の意識も後悔の念も全く無い。
 人間は殺されて当然――そう思っている。
「何てことを」
 薔薇子がギュッと唇を噛み締める。
 彼女は二日前、赤城文彦を殺した魔を取り逃がしていた。
 気配を察知した瞬間、相手が巧妙にそれを遮断したからだ。
 その犯人が自分の近く――聖華学園の内部にいたなんて思いも寄らなかった。迂闊だ。
「……昨日、全てを思い出しました。真志保と境王様が私を呼ぶから。導く声のままに学園へ来て、《扉》を抜けて魔境に戻ってきたんです。でも、境王様を見て、胸がとても痛んだわ。曽父江くんの姿をしている境王様を見て、罪悪感が芽生えたの。私……大好きな有馬くんと、有馬くんの大切な人を傷つけてるんだ、って。ねえ、真志保――曽父江くんの身体を返してあげましょう」
「冗談じゃないわよ。ふざけないで! あんた、境王を裏切る気なの?」
「境王様を裏切る気なんてないわ。でも、人間を器にしなくても、きっと境王様を元の身体に戻す方法があるはずよ。それを考えましょう」
 珠詠は哀願の眼差しを妹に向ける。それは、すぐに封魔氷の中の境王に注がれた。
「そんな都合のいい方法なんてあるわけないでしょう! この氷は永久凍結なのよ! 間抜けな提案しないで! 私は――境王のために有馬くんを殺すわ!」
 再び、真志保の両眼が赤々とした光を宿す。
 長い髪が生命を得る。
 ヒュン。ヒュン。
 物凄いスピードで髪が宙を飛ぶ。
 研ぎ澄まされた刃のような髪が、美人の頬を嬲った。
 線が走り、その後を追うように血が流れる。
 真志保の腕がスーッと上がり、指先が美人を狙う。
 赤い光が増幅していた。
「有馬くんっ!」
 真志保の指先から光が発射された瞬間、珠詠が両手を広げて美人の前に立ちはだかった。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
Category * 鏡月魔境
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.