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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.21[21:36]
「西野先生! 黒井先生!」
 美人は二人に駆け寄ろうとした。
 しかし、それを阻止するように境王が美人の前に立ちはだかるのだ。
『さあ、邪魔者は消えたぞ』
 せせら笑う境王に、美人は鋭い一瞥を与える。それから、西野たちに視線を走らせた。
 二人とも僅かに肩や胸が上下している。
 死んではいない。
 衝撃が強すぎて、すぐにはダメージから立ち直れないだけだろう。
 二人が生きているということだけが、今の美人にとっては不幸中の幸いだった。
「よくも二人を――!」
『余は言ったはずだぞ。ソウコが余を裏切らなければ、こんなことにはならなかったのだ、と』
「…………」
『ソウコ、余の愛しい妻――そして、誰よりも憎い妻。あれは、余と約束を交わしておきながら、平然と余を裏切ったのだぞ!』
 境王の瞳に憎しみが宿る。
 愛する者に裏切られた哀しい憎しみだ……。
「約束? 天も地も貴方の意のままに――ですか?」
 美人は思わず問い返してしまった。
 その言葉は鏡月魔境へ来た時に聞いたばかりだ。不思議と耳に残る言霊だ。
『そうだ。ソウコは余に約束したのだ。この鏡月魔境だけではなく、人間の世界も余に与えてくれる、と。余は、二つの世界の王になるはずだった』
「……違う。それはあなたの勘違いだ」
 美人は眉をひそめる。
 おそらく境王の解釈は間違っているのだ。
『何が違うのだ?』
「お祖母様――総子は、あなたに人間の世界を支配して欲しかったわけじゃない。人間と共存して欲しかったんだ」
 そう、自分には解る。
 総子は、誰よりも何よりも境王を愛していたに違いない。
 そして、ここに住む魔物たちをも愛した。
 だからこそ不憫に思ったのだ。
 不毛の地《鏡月魔境》に住む彼らを。
 緑溢れ、青い海が広がり、光輝く世界を知らずにいる彼らを。
 総子は、彼らを陽の当たる世界へと導いてあげたかったのだ。
 彼らの住む場所を見つけるために、総子は一度人間界へ戻ったのではないだろうか?
 自分が総子ならきっとそうした。
 鏡月魔境の住人に光を与えてあげたくて――
 そんな総子の行動が理解できなくて、境王は『裏切った』と解釈したのだろう。
《天も地も貴方の意のままに》
 交わした約束でさえ『鏡月魔境と人間界――二つの世界を支配する』と思い違えて……。
『……我らに人間との共存などできるはずがない。我らは、時として人間を食糧としているのだぞ』
「でも、総子は可能だと思っていた。あなたにこんな荒涼とした世界ではなく、暖かな世界を知って欲しかったんだ! 人間である総子を愛したあなたになら、解るはずです」
『黙れ。ソウコは余を裏切ったのだ。余と余の鏡月魔境を捨てたのだ! そのソウコが、そんなことを考えていたはずはないっ!』
 境王の双眸が昏い光を宿す。
 愛しているからこそ赦せない。
 瞳はそう物語っていた。
 長い間、彼は愛する総子に『捨てられた』『裏切られた』と思い込んできたのだ。その心情は、簡単に覆せるものではない。
『おまえもソウコと同じ――余を騙そうとしている。余の邪魔をしようとしている。余は鏡月魔境だけではなく人間界をも支配するのだ』
 境王の昏い瞳が、美人を見据えている。
 最早、彼にはどんな言葉も通じなさそうだ。
 彼の総子に対する気持ちは、長い時間を経て狂気を孕んだものへと変わり果てている。
 愛と憎しみ。
 その二つが彼の心を蝕み、狂わせたのだ……。
 不意に、境王の瞳がキラリと金色に輝く。
 虚空から剣が出現した。彼は静かにそれを手に取る。
『余は人間界を手に入れる。誰にも邪魔はさせない。ソウコは人間を護るためだとか言って、余を阻んだ。余に剣を向けた。おまえもそうなのか?』
「僕は――」
 僕は違う。
 美人はじっと境王を見返す。
 姿は零治なのに、それは決して幼なじみではない。
 僕は総子とは違う。
 人間を護るため?
 そんな大義名分は要らない。
 知らない。
 僕は総子じゃない。
 ただ、零治が大切なだけ――必要なだけだ。
「僕はそんな善人じゃないし、正義の味方でもありません。境王、あなたを斃すのは自分のため――零治を返してもらうためです!」
 鏡月魔境に何の関わりもなく、魔物に殺された人たちには悪いとは思うが、自分は世界を護るためにここへ来たわけでも、人類の平和のために乗り込んできたわけでもない。
 零治を取り戻したい。
 その一心だけだ。
 それだけが、美人の闘争心を駆り立てている。
『面白い』
 境王が冷たく笑う。
 タンッ!
 二人同時に地を蹴った。
 カキンッ!
 刃と刃がぶつかり合い、高い金属音を生み出す。
 美人は、自分の裡に秘めた《力》を解放した。
『境王を斃せ』と何度も心の中で念じる。
 呼応するように雷師が光を増した。
 刀が《力》の増幅器となっているかのように、青白い光が膨らむ。
 だが、境王も負けてはいなかった。
 半瞬後には、黄金色の光が青い光を押し退けるように大きく広がる。
《力》と《力》の押し合いだ。
 二人は刃を合わせたまま、身動き一つしない。
 膠着状態だ。
 少しでも気を抜いた方が負ける。それは明らかだ。
 二人の潜在能力はほぼ同格。境王の方が幾らか勝っているが、それを美人が気迫と精神力で押していた。
『――くっ、生意気な!』
「零治を返せ!」
 グッと雷師を押し出す。
 ずくに境王の剣がそれを押し返してきた。
 どうすれば、零治の身体を傷つけることなく境王を斃せるのか?
 身動きのとれない状態のまま、美人は思索した。
 額から冷汗が流れ始める。
 いつまでも、この状態を続けるわけにはいかない。
 体力的に境王の方が有利だ。
 早く打開策を見つけなければならない。
 しかし、これといった妙案は浮かび上がってはこなかった。
 二人は目を逸らさずにじっと向かい合っている。
 傍目からは解らないが、サイコパワーの押し合いが続いているのだ。
 二人の《力》の放出とともに金と青の光がユラユラと揺れ、渦を巻く。
「零治を返せ!」
 その一念だけが、美人の気を強く持たせている。
 動かぬままの対峙が続いた――


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Category * 鏡月魔境
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