ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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『な、なにぃっ!?』
 境王は自分の身体が凍り付くのを感じた。
 身体の自由が利かないのだ。全身が鉛のように重い。
 ふと、足下を見ると、いつの間にか血溜まりができていた。
『――血液?』
 怪訝に思いながら眉をひそめていると、今度は急激に胸の辺りが熱を帯びた。
 フワッ。
 首からかけられていたネックレスが宙に浮く。
 境王は知らぬことだが、それは薔薇子が零治にプレゼントしたロケットタイプの首飾りだ。
 パンッ、とロケット部分が破裂した。
 真紅の液体が飛び散り、境王に降り注ぐ。
『こ、これは聖血? そうか、あの封魔師の――』
 境王は鋭い視線を薔薇子へ向けた。
 薔薇子の妖艶な微笑みが、境王を見返している。
 封魔師の血液は、魔除けとなる。
 薔薇子は、それを厄除けとして零治に渡していたのだ。
 零治の肉体が、境王に乗っ取られるのを僅かでも遅らせるためだ。
 少量の血液だけでは、境王の表面化を阻止することはできなかった。
 しかし、今は違う。
 薔薇子の大量の生き血が加えられ、その効果は倍増している。故に、境王を戒めることも可能なのだ。
『くっ、何ということを――!』
 境王が忌々しげに舌打ちを鳴らす。
 美人は突然の出来事に戸惑い、茫然と動けない境王を見つめていた。
 薔薇子が手助けしてくれたらしいことは何となく解る。
 境王は剣を引き、必死に呪縛から逃れようとしていた。
 今なら斃せる。
 美人は雷師と境王を見比べた。
 境王の表情には、怒りと焦りが浮かび上がっている。
 だが、藻掻けば藻掻くほど血の戒めは強くなるばかりだ。
「……零治」
 美人は、境王――零治から目を離せない。
 確かに、今なら斃せる。
 問題は、その後零治がどうなるか、だ。
『大丈夫』
 美人が躊躇していると、耳元で女性の涼やかな声が聞こえた。
「――えっ?」
 慌てて周囲を見回すが、誰の姿も確認できない。
『大丈夫。心配しないで。魔封じの剣は、《魔》以外のものを消し去ったりしないわ。安心して境王を封じなさい』
 誰かがポンと後ろから肩を押した。
 唐突に、境王がピタリと動きを止める。
 彼の双眸は、美人を通り越して背後にいる《誰か》を凝視していた。
 美人は素早く雷師を構えた。
 結果的には、零治の肉体を刀で貫いてしまうことになるのが辛い。
 零治さえも殺してしまいそうで恐ろしかった。
 ――決して躊躇わず、自分の心に忠実に。
 母の言葉が脳裏に甦る。
 そう、迷うことはないのだ。
 自分はきっと零治を傷つけない。
『あなたの大切な人を想う心が、境王の荒んだ心に打ち勝てるわ。あの人を――解き放ってあげて』
 再度、誰かが後押しするように背中を突いた。
 境王が顔いっぱいに驚愕を張りつかせ、大きく瞠目している。
 彼は金縛りにでも遭っているかのように動かなかった。
 美人は深呼吸した後、俊敏に境王の懐に飛び込んだ。
 雷師を境王の胸に突き刺す。
 肉を断つ感触が刀から伝わってきた。
 柄を両手で握り直し、更に力を込める。
 ズボッ!
 刀が、境王を――零治の身体を貫いた。
『――うっ……!』
 境王の口から苦悶の呻きが洩れる。
 美人は顔を上げて境王を見つめた。
 境王は美人を見てはいなかった。
 遠い眼差しをしている。
『……ソ……ソウ…コ――』
 ガクリ、と境王の頭が垂れ下がる。
 最愛の人の名が、彼の最期の言葉だった。
 美人は、急に重みを増した零治の身体を両手で支える。
 零治の身体から黄金色の魂のようなものが抜け出した。
 美人は雷師を零治の身体から抜き取る。
 それは『役目は終わった』といわんばかりに銀細工の指輪に姿を変え、美人の左の中指に静かに納まったのだ。
「ありがとう、お祖母様」
 心からの感謝を込めて呟く。
 直後、
「境王様っ!」
 珠詠の悲鳴が耳をつんざいた。



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2009.07.21 / Top↑
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