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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.21[21:48]
 パリン。
 パリン、パリン、パリンッ!!
 境王の《本体》に金色の魂が戻るのを、美人は見た。
 次いで、境王を封印していた封魔氷にひびが入る。
 永久凍結のはずの氷が、粉々に砕け散った。
 境王の身体が、金色の光の粒子を散らしながら床に倒れる。
「境王様っ!?」
 五条珠詠が泣き叫びながら境王に駆け寄り、その身を腕に抱いた。
 境王は、最早《鏡月魔境》に存在していない。
 最愛の人と同じ次元へと旅立ったのだ。
 その証拠に、境王の本体はピクリとも動かない。
「美人くん!」
「やったわね、有馬くん」
 西野と薔薇子が走り寄ってくる。
 二人とも怪我はそれほど酷くないようだ。笑顔で美人の健闘を讃えている。
 ガラッ!
 ガラ、ガラ、ガラッ!
 不意に、天井の一部が剥がれ落ちた。
 ゴゴゴゴゴゴゴ………!!
 続けて、低い地鳴りが響く。
「――有馬くん、早く逃げて!」
 珠詠が叫んだ。
 彼女は境王の亡骸をしっかりと腕に抱いている。
「鏡月魔境は、境王様が創り出した世界なの。境王様が死んだから、この世界も壊れるのよっ! 崩壊する前に人間界へ戻って!」
 珠詠が告げる間にも壁が崩れ始め、床にも亀裂が生じる。
「早くっ! 《扉》は私が創るわ!」
 珠詠の双眸が赤光を放つ。
 すると、摩訶不思議なことに玉座と玉座の間に銀色の《扉》が出現したのである。
 聖華学園の第一音楽室へと繋がる《扉》だ。
「急いでっ!」
 珠詠に急かされて、美人は意識のない零治を抱えたまま階段を昇った。
 西野と薔薇子が後に続く。
 ゴオォォォォォォッッッ!!
 風が吹き荒れる。
 水晶の柱が何本も薙ぎ倒された。
「お別れね、有馬くん」
 珠詠が涙を溜めた瞳で美人を見上げる。
 二人は、ほんの僅かな時間だが見つめ合っていた。
「……西野先生、すみません。零治をお願いします」
 美人は思案の末に零治を西野へ託した。
 それから再び珠詠を振り返る。
「一緒に帰りましょう、珠詠さん」
 珠詠に向けて手を差し出す。
 珠詠はひどく嬉しそうに微笑んだ。
 その拍子に、双眸から大粒の涙が止めどなく溢れ出す。
「行けないわ」
 しかし、彼女の唇から零れたのは拒絶の言葉だった。
「帰りましょう」
 美人は根気よくもう一度手を差し伸べる。
 珠詠は頑なに首を横に振り続けた。
「ありがとう、有馬くん。でも、行けないわ。私は境王様の巫女だもの。このままここで、境王様とともに世界の終わりを見届けます」
 珠詠は、境王の黄金色の髪を愛しげに撫でている。
 鏡月魔境の孤高の王。
 彼を一人、この世界の終焉の最中に置き去りにはできない。
 彼女は魔境の巫女として、彼女の気高く冷美な王を愛している。
 この世界をも愛している。
 破滅するのならば共にその道を歩みたい――それが彼女の願いだ。
 美人は、珠詠の胸中を察して寡黙に頷いた。
 珠詠の傍らへ行き、膝を折る。
 涙を流し続ける珠詠の頬に、そっと手を添える。
 そのまま彼女の唇に自分の唇を重ね合わせた。
 時が止まったような気がした。
 一生忘れないであろう瞬間。
 永遠にも似た口づけ――

「いつか……また逢いましょう」
 唇を離すと、美人は静かに立ち上がった。
 珠詠の指が、強い力で美人の腕を掴んだ。
 動きを止める美人を濡れた瞳でじっと見つめている。
 フッと彼女は笑った。
「今度逢う時は、きっと人間同士ね」
 目が眩みそうなほどの艶やかな微笑みだ。
 珠詠の腕が美人の腕から滑り落ちる。
 美人は首肯した。
 それ以上、言葉が出ない。
 未練を断ち切るように珠詠に背を向ける。
 西野と薔薇子が《扉》の前で自分を待っているのだ。
 ゴゴゴゴゴゴゴ…………!!
 激しい地鳴りが続く。
 鏡月魔境の崩壊は、物凄い速度で進んでいる。
「帰りましょう」
 美人は西野と薔薇子に促す。
 零治を抱えた西野が《扉》を開け、素早く飛び込む。
 次に薔薇子が《扉》を潜った。
 最後に美人が足を踏み入れた。
 半身だけ《扉》を抜けたところで、珠詠を振り返る。
 珠詠は、愛しい境王を抱き締めたまま微笑みを浮かべていた。
 立ち止まった美人の腕を《扉》の中から薔薇子が引っ張る。
 美人は従順に《扉》の向こう側へ身を飛び込ませた。


 銀世界が自分を包み込む。
 意識が閉ざされてゆく。

 堕ちてゆく。

 闇が舞い降りてきた――



「お帰りなさい、美人」
 優しい母の微笑み。



 薄れゆく意識の中、
 静かに《扉》が閉ざされるのを見た……。



     「跋」へ続く



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