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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.21[22:44]
 白い、透き通るような肌に視線が惹きつけられる。
 突然の少年の出現に、莉緒の心臓は大きく跳ね上がった。
 少年がいつ入室し、いつからそこに佇んでいたのか全く解らない。
 莉緒が図書室を訪れた時には、人の気配など全くなかった。
 なのに少年は、平然とそこに存在している。
 読書に夢中で気づかなかっただけかもしれないが、少年の登場は莉緒をひどく驚かせた。
 莉緒の接近を察しているだろうに、少年は身じろぎせずに窓外を眺めている。
 その横顔は恐ろしいほど整っていた。少し長めの黒髪は風を浴びて乱れている。髪の隙間から高い鼻梁を持つ端整な顔が覗いていた。
 ――村の人じゃないのかしら?
 日本人離れした彫りの深い顔を見て、莉緒は咄嗟にそう思った。
 夕陽に反射して輝く瞳の色が、綺麗なブルーだったせいもある。

「あなた、誰?」
 無意識に莉緒はそう口走っていた。
「あんたこそ誰だよ?」
 少年がゆっくりと莉緒を振り返り、薄い唇に嘲るような笑みを刻む。
 逆に訊き返されてしまい、莉緒は戸惑った。
 少年の口から日本語が飛び出したことに妙な安堵を覚えつつ、渋面で彼を見返す。
「変な顔」
 莉緒が口を開く前に、少年がまた薄笑みを浮かべた。
 莉緒は慌てて我に返り、片手で額をほぐした。少年を凝視するあまり眉間に深い皺が寄ってしまったらしい。
 莉緒の慌て振りを見て、少年が笑い声を立てる。
「俺、あんたのこと知ってる。蕪木先生のところの居候だろ」
「居候じゃないわ。叔父さんはパパの弟だから――」
 そこまで告げて、莉緒はハッとした。
 少年は亮介のことを『蕪木先生』と呼んだ。亮介が診療所の医師であることを知っているのだ。つまり、村の住民だという結論に達する。
 同じ年頃の少年は、みな分校で一度は顔を合わせている。
 初めて逢う人間といえば、ただ一人しかいなかった。
「もしかして――神栖くん?」
 莉緒は控え目に訊ねてみた。
 どう考えても正解はそれしかないのだが、本人に確かめてみなければ気が済まなかった。
 想像していた『神栖玲』と実物がうまく合致しなかったせいもある。
 莉緒は、不登校の少年ことを心の荒んだ問題児だと勝手に決めつけていたのだ。
 ところが、目の前にいる少年には悪童の片鱗すらない。白いシャツから伸びる手もジーンズに包まれた足も、スラリと長く華奢だ。喧嘩や暴力とは無縁のように感じられる。
「あんたの想像を裏切って悪いけど、俺が神栖玲だよ」
 玲が冷笑混じりに告げる。
 心の中を見透かされているような言葉に、莉緒はギョッとした。だが、読心されているはずなどない。
 莉緒は内心の驚きを隠し、愛想笑いを浮かべた。
「改めて言うのも変な感じだけど――はじめまして。わたしは蕪木莉緒よ。よろしくね」
「よろしく。まあ、学校で逢うことはないと思うけど」
「どうして学校に出てこないの?」
 莉緒が不躾な質問を投げると、玲はひどく面倒臭げに手招きした。
 莉は招きに応じて玲の傍に移動する。
「アレのせい」
 玲が窓の下を指差す。
 その先に、須玖里要の姿があった。
 公民館の裏庭――大木に背を預ける形で彼は芝生に座していた。膝の上には書物が乗せられている。だが、要の手がページを捲ることはない。どうやら彼は、庭で読書をしているうちに睡魔に誘われてしまったらしい。
「俺の姿が視界に入ると、要は普段の冷静さが嘘のように挙動不審になる。だから、学校には行かない。要が怯えるから――行けない」
 僅か一瞬だが、玲の白磁のような頬がいびつに引きつれた。
 苦痛を堪えるように蒼い双眸が眇められる。
 ――もしかして、ずっと要くんを見てたのかしら?
 ふと、そんな疑問が莉緒の脳裏をよぎった。
 不登校の玲に、それほど要と逢う機会があるとは思えない。正面切って逢えないから、玲は外で要を見かけるとこうして遠巻きに眺めているのではないだろうか。
 ――なんか変な感じ。
 五年前までは仲が良かった、と瑞穂は言っていた。
 過去に何が起こったのか知らないが、二人の間に生じた亀裂は今もなお修復できていないらしい。
 玲の口振りから察するに、彼は要を嫌っているわけではない。それどころか要にひどく気を遣ってさえいる。要のために学校には行かない、と明言したのだ。
 そこまで要を思いやる気持ちがあるなら、さっさと仲直りしてしまえばいいのに、と莉緒は単純な発想を抱いてしまう。
「あのね、神栖くん。図々しいこと言うけど、仲直りした方がいいんじゃない」
「ホントに図々しいな」
 玲が横目で莉緒を一瞥する。
「で、でも、瑞穂が心配してたわよ」
「……瑞穂の気持ちは解るし、あんたが俺と要のことを奇妙に感じるのも解るけど、こればかりはどうにもならない。要は俺を避けてる。俺が歩み寄ろうとしても無理だろ」
「無理かどうかは、やってみなきゃ解らないじゃない」
「無理――なんだよ」
 硬質な声音で告げ、玲は視線を要へ戻した。蒼い双眸が冷たい輝きを灯す。
 彫像のように微動だにしたなくなった玲を見て、莉緒は小さく溜息をついた。
 玲と要を隔てる壁は、かなり分厚く高いらしい。
「要くんはあなたを避けてるの?」
「あんた、東京から来たんだよな」
 莉緒の質問には答えずに、玲はポツリと呟く。
 端整な顔がゆっくりと莉緒の方を向いた。
「この村に来て、どれくらい?」
「えっ? ああ……一ヶ月になるかな」
「じゃ、まだ間に合うな。今なら引き返せる。あんた、村から出て行けよ」
「は? 何言ってるのよ」
 出て行けと言われたことにムッとしながら、莉緒は玲を睨んだ。
 玲の真摯な眼差しがそれを臆することなく受け止める。
「東京に帰れ」
「帰れるわけないじゃない。東京にはもう帰る場所なんてないのよ。わたし、両親を失ったから叔父さんに引き取られたのよ」
「……悪い。そうだったな。でも、できることなら村を出た方がいい」
「どうして?」
「お節介ついでに要も連れて行ってくれないかな、と思っただけ」
 自嘲気味に唇を歪め、玲は軽く肩を竦めた。
「ますます意味が解らないわね」
「外の世界から来たあんたなら、要を村から連れ出すことも可能なんじゃないか、と俺は期待してるわけだ」
 玲の理解不能な発言に、莉緒は眉をひそめた。彼が何を言おうとしているのか、全く把握できない。
「このまま村にいれば、要はいずれ殺される」
 ひどく真摯な声音が玲の唇から洩れる。
「五年前、要の叔母さんが亡くなった。次は要の番だ。解ってるから、助けたい。けど、俺じゃ駄目なんだ。要は俺の助けを拒む。だから、要を――」
 玲のひたむきな眼差しが莉緒に向けられる。彼の双眸は切実に訴えていた。

 要を助けてくれ――と。

 莉緒は思いもよらぬ展開に唖然とした。
 事情がさっぱり呑み込めない。
 玲が心底要の身を案じているのは伝わってくるが、いきなり助けを求められても無茶というものだ。要に危険が迫っているのなら、もちろん彼を助けたい。
 だが、一体自分に何ができるというのだろうか?
 玲は、村の外から来たという理由だけで、莉緒に過剰な期待をかけている。それほどまでに、玲は、要は――緋月村は、逼迫した事態に直面しているのだろうか……。
 莉緒は困窮しきって、渋い表情のまま玲を見上げた。
 途端、彼が何かに驚いたように小さく身体を震わせる。
「要が起きる」
 窓外には目もくれずに玲が呟く。
 莉緒はその声に導かれるようにして、窓から裏庭を覗いた。
 要は相変わらず木に背を凭せかけて眠っている。なのに玲は、要の目醒めを確信しているような言葉を吐いた。不思議でならない。
「初対面なのに、変なこと言って悪かったな。さっきの話は忘れてくれ。――じゃあな」
 玲が素早く窓から離れる。
「待って、神栖くん!」
 足早に自分の脇を通り過ぎた玲を、莉緒は咄嗟に呼び止めていた。
 自分でも、どうしてそうしたのか解らない。ただ、玲とこのまま別れるのが嫌だった。この機を逃すと、もう二度と彼に逢えなくなるような不安が胸に去来したのだ。
「――何?」
 玲が首だけをねじ曲げて振り返る。
 蒼い瞳に見つめられて、莉緒は我に返った。
 呼び止めたものの、彼を留めておく特別な理由などない。
 自分の衝動的な行為に戸惑いながら、莉緒は懸命に気の利く言葉を探した。
「神栖くんはハーフなの?」
 だが結局、口から出たのはひどく間抜けな質問だった。
「ああ、この目が気になるのか」
 玲の視線が思案するように宙を漂い、しばらくした後に莉緒へと戻ってくる。その時には、彼の顔にはからかうような微笑が湛えられていた。
「まっ、ハーフには違いないな。もっとも俺の場合、人間と化け物の混血だけど」
 冗談とも本気ともつかない口調で告げ、玲は口の端を吊り上げる。
 莉緒は返答に困り、目をしばたたかせた。
 どうも彼とは会話が噛み合っていないような気がする。
「この村には、吸血鬼や殺人鬼や化け物やら――色んなものが棲息してるのね」
 莉緒の呆けた声を聞いて、玲が喉を鳴らすようにして笑う。
「だから、村を出て行った方がいい。この村には、本当に化け物が住みついてるんだ。蕪木さん、あんたの父親がとった行動は正しい」
「パパのことを知ってるの?」
「あんたも村に来なければよかったんだ」
 問いかけには応えずに、玲は身体ごと莉緒の方へ向き直った。
 シャツの胸ポケットから紙を取り出し、莉緒の手を掴んで掌に乗せる。
「あんたにやるよ」
 端的に告げ、玲は唇に弧を描かせた。
「緋月村には化け物が棲んでる――それが俺だ」
 意味深な言葉を残し、玲は今度こそ踵を返した。
 颯爽とした足取りで狭い通路を進んで行く。
 莉緒は彼の後ろ姿を茫然と眺めていた。
 玲が去り際に見せた笑み――そこに滲んだ冷ややかさが莉緒の足を竦ませていた。
 ぞっとするほど美しく、冷たい微笑だった。
「ちょっ、ちょっと神栖くん!」
 玲の姿が書架の影に隠れた時、莉緒はようやく現実に立ち返った。
 手の中の折り畳まれた紙を一瞥してから駆け出す。
 ほぼ同時に、窓から勢いよく春風が吹き込んできた。
 反射的に足を止め、紙が飛ばされぬように掌を握り締める。
 風が通り過ぎると、自然と目が窓へと向いた。閉館時間は近い。図書室を利用した者の義務として窓は閉めておくべきだろう。
 莉緒は玲を追いかけるのを断念し、窓へと歩み寄った。
 何気なく裏庭に視線を注ぎ――軽い衝撃を受けた。
 さっきまで熟睡していたはずの要が起き上がり、自分の荷物を整理していた。
 神栖玲の予言通り、要は目醒めたのだ。


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