ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 再度、インターホンのチャイムがリビングに谺する。
 樹里は受話器を本体に戻し、急いで玄関へと向かった。
 ――水柯かもしれない。
 淡い期待が胸を掠める。玄関に駆けつけた瞬間、ドンドンと乱暴にドアが叩かれた。
「樹里、いるんでしょ!」
 ドア越しに馴染みのある声が聞こえてくる。
 ドア・スコープを覗くまでもなく、声の主が誰であるか判断できた――貴籐水柯だ。
「いるのは解ってるんだから、早く開けなさいよ」
 いつもと変わらぬ威勢のいい声が響く。
 樹里が考えるほど、水柯は放課後の諍いを気に病んではいないのかもしれない。
 樹里は一度深呼吸してから、ドアに手を伸ばした。
「今、開けるよ」
 チェーンとロックを外し、扉を押し開ける。
 直後、樹里は双眸を僅かに細めた。
 水柯があのことを『気にしていない』などというのは、ひどく身勝手な願望だったらしい。
 樹里の顔を見た途端、水柯は狼狽したように目を逸らしたのだ。
「あ、あのね、樹里……」
 水柯が慌てて視線を戻す。
 樹里の顔色を窺うような、怖々とした上目遣いだった。
「えーっと、夕方のことなんだけど――ゴメンね」
 非常に言いにくそうに水柯が言葉を紡ぐ。
「何のことだか解らないね」
 そんな水柯を見て、樹里は白々しく肩を竦めた。
 些細な諍いなど、さっさと水に流してしまえばいい。
 いつまでも引きずり、水柯との仲がこじれるのは御免だった。
「僕には謝られる覚えなんてないよ。それより、蒔柯さんの手料理を持ってきてくれたんじゃないの? 突っ立ってないで入りなよ」
 樹里は大きくドアを開き、水柯に微笑を向けた。
 瞬時、樹里の真意を察したように水柯の瞳に明るい輝きが灯る。
「うん。でもね、ママの料理はないのよ」
「残念。期待してたんだけどな。まっ、しょうがないか。代わりに水柯が何か作ってくれるんだろ? 蒔柯さんには劣るけど、それで我慢してやるよ」
「うわっ、酷い言い種……。事実なのが、また痛いわね。マンガなら幾らでも華麗な手捌きを披露できるのに、料理ではその手腕を発揮できないのよね。この前なんか、カレーを作ったのに、パパに『ザ・地獄』とか勝手に命名されたし」
 水柯が心外そうに唇を尖らせる。
「水柯がどんな料理にでも唐辛子やキムチを大量に投入するから悪いんだろ」
「いや、だって、とりあえず辛くしておけば味を誤魔化せるかな、と……」
「つまり、地獄のような激辛料理を食べる僕は偉い、と」
「そういえば、いつも残さずに食べてくれるわよね。――ハッ、もしかして超激辛党?」
 水柯が、今気がついた、というように目をしばたたかせる。
 純粋な驚きの目を向けられて、樹里は唇の片側を引きつらせた。
「このっ、マンガオタクが……」
 まともに応える気にもなれない。
 一体、この幼なじみは十数年間、自分の何を見てきたのだろう……。
 急速に気力が萎えた。
「えっ、何よ? よく聞こえなかったんだけど? まっ、いいわ。ゴハンはちゃんと作るけど、その前にお願いがあるの。ちょっと学校までつき合ってほしいんだけど」
「は?」
 勝手に自己完結して話題を切り換えた水柯に、樹里は冷ややかな眼差しを向けた。
 愛想笑いを湛えている水柯を見て、今度は訝しさに双眸を眇める。
 夜に学校へ赴く理由が全く見出せなかったのだ。
「明日、会誌の〆切なんだけど、原稿忘れてきちゃったの」
「……で、僕に取りに行けって?」
「ううん、『つき合って』って言ったでしょ。もちろん、わたしも行くわよ」
「当然だね。――忘れ物なんて間抜けだな」
「自分でも解ってるわよ。大事な原稿を忘れてくるなんて、未来の漫画家としてあるまじき行為だわ」
 水柯が悔しげに唇を噛み締める。
 心底、自分の愚かさが許せないのだろう。
 ――とことんマンガオタクだな。
 もう一度胸中で吐き捨て、樹里は小さな溜息をついた。
 水柯のマンガに対する情熱は凄まじいものがある。
 彼女の世界は、常にマンガを中心に回っているのだ。
 今だって、原稿を取りに行くが第一の使命で、樹里に謝りに来たのはそのついでだろう……。
「それで、一緒に行ってくれるの?」
 無言の樹里を不審に思ったのか、水柯が片方の眉をはね上げる。
「しょうがないから行ってやるよ。水柯だって一応女の子だし、夜道は危険だからね」
「一応――って、何よ?」
「一応は一応だよ。女嫌いの僕としては、かなり寛容で譲歩した言い方だと思うけど」
「ホンット、性根が曲がってるわよね」
「どういたしまして。僕のは生まれつきで、今更矯正なんてできないからね」
「樹里!」
「ハイハイ……。財布と鍵を取ってくるから、ちょっと待ってて」
 水柯に鋭い視線を浴びせられ、樹里は肩を聳やかした。
 渋々身を翻しかけて、はたと動きを止める。
「――っと、今日って学園封鎖の日じゃないか。行っても、中に入れないよ」
 九月九日の夜、学園は完全に封鎖されているのだ。
 忘れ物を取りに行くのはいいが、校舎に入る術がないのでは話にもならない。
「大丈夫よ」
 水柯がなぜか得意満面に断言する。
 彼女は鮮やかな手つきで鞄からある物を取り出した。
「学園のマスターキー!」
 水柯の指先で銀色の鍵がキラリと輝いた。


        「4.学園封鎖」へ続く



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2009.05.27 / Top↑
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