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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.07.22[22:05]
二.邂逅



 森は、昏い静けさに包まれていた。
 明度が悪いわけではない。辺り一帯を暗鬱とした空気が漂っている。そのせいで、碧落にも拘わらず森は昏かった……。
 少女は虚ろな瞳を漂わせ、人気のない森の中をゆっくりと歩いていた。
「一つ、人の心を持ちながら、人ならざる道を選び――二つ、二心双面なるは我ら」
 少女の唇から低い呟きが洩れる。
 紡がれる言葉は、抑揚の少ない旋律に乗っていた。
「三つ、皆を殺めねば……四つ、黄泉路へ堕ちてゆく」
 言葉を繰り出す少女の眼差しは、常闇のように暗く、冷たい。
「五つ、忌まわしき鬼ゆえに……六つ、骸と化す運命。七つ、仲間の血を欲し、八つ、八つ裂くも我ら……。九つ、この手で九十九の同胞(はらから)を、十で、とうとう鬼姫甦る――」
 夢現のように口ずさんでいた謡がフッと途切れる。
 少女は徐に足を止めた。
 すぐ傍の茂みから白い人影が現れたからだ。
 白い衣服を纏った少年だった。純白の出で立ちが、少年の長い黒髪を際立たせている。
 漆黒の双眸が少女を捉えた瞬間、少女は弾かれたように駆け出していた。
 少年に抱きつき、両腕を白い首に回す。
「昨日、《狐の嫁入り》が出たのよ。また誰か死んじゃったわ。あたしたちのせいで……」
 今にも泣き出しそうな表情で、少女は少年を見つめた。
「どうすればいいの? どうすれば、終わりにできるの……。ねえ、教えてよ!」
 答えを求めるように少年の身体を強く抱く。
 だが、少年からの応えはなかった……。
「あたしたち、何を間違ったの? どこで光を見失ったの? 一年前に戻りたい。帰りたい。……帰りたいのよ」
 掠れる声で囁き、少女は物言わぬ少年の背に手を滑らせた。
 愛しげに背を撫でる。
「いくら確かめても、あなたの背には翼がない……。もう翼は戻らないの? あなたの翼があれば――あたしたち、元に戻れるかもしれないのよ。帰れるかもしれないのよ、あの日に――」
 少女は哀願の瞳で少年を見つめた。
 少年の極端に生気の薄れた双眸が、少女を捉える。
 人形めいた唇が、音を成さずにゆっくりと動いた。

 ――アイシテル。

「今、そんなこと言わないで……。その言葉はあたしじゃくて、あの人に言ってあげてよ。――お願い。思い出して。ねえ、思い出してよ! 翼を取り戻してよっ!」
 少女は責めるよう声音で言葉を投げつける。
 ふと、少年の手が少女の頬に伸ばされた。
 冷たい指先が少女の頬を愛撫する。
 赦しを請うようなその仕種に、少女の胸は痛切な悲鳴をあげた。
 少年を責める権利など、少女には欠片もないのだ……。
「ごめん……ごめんね。でも、このままだとみんな地獄に――闇に堕ちるわ。あたしじゃダメなの。あたしには闇を払拭できるほどの《力》がないの。あなたにしかできないの。だから、思い出して。お願いだから、眠りから醒めてよ。あたしは、ただ戻りたいだけなの。帰りたいのよ……帰りたいの――」
 少女は込み上げてくる涙を抑えるように、少年の胸に顔を埋めた。
 相変わらず、少年は一言も言葉を発しない。
 白い腕が限りなく優しく、愛おしく、少女を抱き締めた――


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Category * 堕天の翼
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