ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 晴れた青空が広がっている。
 澄み切った清々たる空気が心地好い。
 早朝の空気を肺の奥まで吸い込みながら、志木柾士は森の中を当てもなく歩いていた。
 松や杉、白樺が秩序なく生え茂る雑木林を物珍しげに眺める。
 東京では滅多にお目にかかることのできない自然の緑だ。冷泉の屋敷に続く一本道を無視して、わざと道なき所を歩いているのは、自然に触れたいがためだ。
 自然の中に帰化してしまいたい。
 心を浄化してほしい――されたい。
 朝の清澄な空気ならば、自分の心に宿る暗い影を拭ってくれるのではないか、と思ったのだ。たとえそれが錯覚だとしても、一時は《彼女》のことを忘れさせてくれる……。
「あっ……と――」
 不意に、柾士は足を止めた。
 目前に、石造りの高い壁が出現したからだ。
 上を仰ぎ見ると、巨大な洋館が半分ほど姿を覗かせていた。
 気づかない内に、冷泉の屋敷まで来ていたのだ。
 柾士は急に現実に引き戻されたような気がして、肩を竦めた。
 青みがかった石の塀に沿って歩き出す。
「――七つ、仲間の血を欲し、八つ、八つ裂くも我ら……」
 数歩進んで、柾士は再び歩みを止めた。
 森の中から若い女の声が聞こえたからだ。
「九つ、この手で九十九の同胞を、十で、とうとう鬼姫甦る――」
 意味不明な言葉の羅列にしか聞こえないが、それは何かの詩のようだった。
 歌声の発生源を求めるように、周囲に首を巡らす。
 すぐに、セーラー服を着た少女が茂みから現れるのを確認した。
 従妹の美弥だ。
「あっ、柾士おにーちゃん! おっはよう!」
 柾士の姿を発見した美弥が、いつもの明るい調子で駆け寄ってくる。
 柾士の目前で立ち止まると、美弥は元気一杯に微笑んだ。
「何だ、美弥も散歩に来てたのか」
「あれ? 柾士おにーちゃんも散歩なの?」
「そのはずだったんだけど、迷ったみたい」
「マヌケね。美弥、学校あるからもう戻っちゃうけど……まだ散歩するなら、塀沿いに進めばいいよ。冷泉さんちの広場に出るから」
 呆れ顔で柾士を一瞥した後、美弥は素早く踵を返す。
「あっ、ちょっと待て! さっきの歌、おまえだろ? あれ、何の歌?」
 咄嗟に、先刻耳を掠めた歌のことが脳裏をよぎった。
 歌声の主は、間違いなく美弥だろう。
 あの不可思議な言霊は、何を意味しているのだろうか?
 これまで一度も聴いたことのない旋律だった。
「同族殺しの謡よ――」
 柾士の問いかけに、美弥がピタリと足を止める。振り返らずに彼女は淡々と応えた。

 同族殺し。

 不吉な意味合いを含んだ言葉を、柾士は胸中で反復した。美弥が紡いだ歌に、そんな凄惨な言霊が宿っていることが心を不安にさせる。
 一体、何処から発祥した歌だというのだろうか?
「何だよ、それ」
「知らなーい。だって、おばーちゃんからの受け売りだもん」
 美弥がクルリと身を返し、満面の笑みを向けてくる。
「神楽宮に伝わる、古くからの謡なんだってさ。同族を九十九人殺すとね、鬼神様が復活するんだって。バッカよねぇ。今時、そんなの信じる人なんかいないのに」
 明るいサバサバとした口調で、美弥が言を連ねる。
「下らない謡よ」
 そう締め括り、美弥は『じゃあね』と軽く片手を振る。
 そして今度こそ森の中へと姿を消してしまった。
「変な奴……」
 首を捻りながら、柾士は方向転換する。
『帰りはちゃんとした道を歩こう』と、美弥の指示通り、壁沿いに歩み始める。
 美弥の歌が心の端に引っかかっていた。
 同族殺し――そう告げた時の美弥は、いつもの明朗さを潜め、自嘲気味な感じがした。
 あれは単なる杞憂だろうか?
 信じていない素振りをみせていたが、美弥のそんな態度を素直に受け止めることができなかった。
 歌の真意も《鬼神》のことも、柾士には全く解せない。
 自然は好きだが、田舎の古い因習だけは苦手だ。
 自分には理解の及ばない事物が多すぎる――故に疎外感が芽生えるのだ。
 従妹の言動に釈然としないものを覚えながら、柾士は森を歩き続けた。



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2009.07.22 / Top↑
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