ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 果てなく続くような長い塀に沿い、柾士は歩いていた。
『何処まで続くんだ?』と半ばうんざりした頃に、急に視野が開けた。
 林立する木々が中断され、広い空間が現れる。
 冷泉家の正門前に辿り着いたのだ。
 一本道は、門の前で大きく半円形状に膨らみ、小さな広場を造っている。中央には洋風の街灯が聳えていた。
 そして――
「えっ……!?」
 柾士は目を疑った。
 何度か瞬きを繰り返す。
 街灯に凭れるようにして、一人の人間が立っていた。
 白いパジャマと流れるような黒髪が、鮮やかに視覚を刺激する。
 見た瞬間、女性だと思った。だが、そうではない――少年だ。
 その容貌には見覚えがあった。忘れもしない。昨日の夕刻、街で見掛けた非現実的な少年だ。恟然と少年を凝視する。
 ――幽霊? いや、違う……。
 少年は現実に生きている。昨日は幽霊めいた感じを受けたが、今はちゃんと生あるものの気配がする。生きて、呼吸している。
 柾士はゆっくりと少年に近寄った。
 少年が柾士に気づき、俯き加減だった顔を上げる。一重の双眸が柾士をじっと見つめていた。その細い首が微かに傾げられる。見知らぬ人間を発見して驚いているようであった。
「……君」
 柾士は、そっと少年に呼びかける。
 あの時の幽鬼のような少年が、すぐ傍にいる――何とも奇妙な感覚だった。
「君。昨日、オレと逢わなかったかい?」
 柾士の問いかけに、少年はキョトンとした表情を見せた。
 無言で『あなたなんか知らない』というように、首を横に振る。
「夕方、街にいただろ?」
 それでも、柾士は質問を繰り出した。
 瞬時、少年の顔に翳りが走る。不審と驚愕が相俟った微妙な表情。見る見る内に少年の顔は蒼白になった。不安のためか、目が大きく見開かれる。もう一度、首を横に振って、少年は唐突に身を翻した。
「あっ! 君っ!」
 柾士は咄嗟に少年の細い腕を掴んでいた。
「……い……やっ……」
 少年が振り返る。その口許が歪み、引きつった。
 何か言いたいが、それをうまく口に出せないようだ。
「……い…や……」
 少年は、ひたすら首を横に振り続けている。瞳は、今にも泣き出してしまいそうに潤んでいた。
 柾士は困惑した。少年の過剰な反応に、どう対処していいのか判断をつけかねたのだ。
 困窮し、眉をひそめた時、
「――安芸?」
 澄んだ声が耳に届いた。


 ギギギギギ……と、門の開く重々しい音がした。
「――安芸?」
 美声と共に、門から黒衣の影が現れる。
 スラリとした痩身の少年だった。
 少年は、濡れたような黒髪を軽く手で掻き上げながら、こちらに歩み寄ってくる。
 間近に迫った少年を見て、柾士は思わず息を呑んだ。少年の整いすぎた容姿に驚いたのだ。
 大きな二重の双眸に、筋の通った高い鼻梁。
 彫りの深い顔立ちは、何処か異国めいている。
 顔立ちは似ていないのに、醸し出す雰囲気が、腕の中の少年と酷似していた。
「安芸」
 黒衣の少年が、静かに言葉を紡ぐ。途端に、腕の中の少年が彼に駆け寄った。『安芸(あき)』というのが、少年の名なのだろう。
「弟が何か失礼をしましたか?」
 黒衣の少年が、安芸の髪を撫でながら当惑したような表情を柾士に向けてくる。
『弟』というからには、二人は兄弟なのだろう。『美形兄弟だな』と妙な感嘆を抱き、柾士は黒衣の少年に視点を定めた。
「いえ。オレが驚かせてしまったみたいで……。少し話をしたかっただけなんだけど……」
 言い訳のように言葉を付加する。
 転瞬、黒衣の少年の顔が曇りを帯びた。
「そうですか……。申し訳ありません。弟は喋れないのです――心の病気なんです」
「えっ!? あっ、その……」
 驚愕に目を開き、口を噤む。良心が痛んだ。踏み込んではいけない領域に、不粋にも足を突っ込んでしまったような気がしたのだ。
 柾士は安芸に視線を据え、痛ましげに目を細めた。
 心の病気――心の傷。
 精神の奥底に眠る恐怖と狂気。
 ――自分と同じだ。心に闇を飼っている。
 胸が、心が、痛烈な悲鳴をあげた。
 無意識に、脳裏で嫌な映像が再生される。

 赤い、赤い、真っ赤な液体。
 《彼女》の白い手首から溢れ出す、赤い、赤い――

 急激に、視界が朱に染まる。

「――どうしました?」
 黒衣の少年が、心配そうに言葉を紡ぐ。
「あっ……いえ、その……」
 唐突に現実に引き戻され、柾士はしどろもどろに応じた。
「弟のことは気にせずに」
 黒衣の少年が、柾士を気遣ったように短く述べる。その傍らで、安芸がじっと柾士に視線を注いでいた。
「嵯峨様、お時間ですよ」
 不意に別の声が割り込んできたので、柾士は心臓を跳ね上がらせた。いつの間に現れたのか、一人の青年が近くに立っていたのだ。
「ああ。行かなきゃね、公暁」
 黒衣の少年――嵯峨(さが)が軽く頷く。
「申し訳ありませんが、これから葬儀の取り決めがありますので」
 丁寧な口調で述べながら、嵯峨が柾士に頭を下げる。
 柾士は軽く眉根を寄せた。嵯峨と青年――公暁(くぎょう)が喪服を着用していることに、初めて気がついたのだ。
 瞬時、不吉な鬼火が脳裏で青白く揺らめく。『誰か、死んだかのう?』という、一乃の呟きが耳の奥で谺した。
「誰か、亡くなったんですか?」
 不躾にも、柾士は素早く訊き返していた。
「はい。吉野家の静夫様が、昨夜お亡くなりになったのです」
 答えたのは、公暁だった。
『吉野静夫』という名には、聞き覚えがある。確か、一乃と仲の良かった老人だ。一乃も葬儀に参加するに違いない。
「そうですか。じゃあ、オレも帰ります」
 身を反転させようとした柾士だが、思いがけずそれを阻止されて、驚きに目を丸めた。
 安芸がシャツの袖を引っ張っていたのである。
「……いた…く……な…い……」
 白い手が柾士の胸に添えられる。
「えっ?」
「……い……た……く……な…い……?」
 安芸が懸命に唇を動かす。
 唐突に、柾士は泣きたい気分になった。
 安芸は、柾士の心の傷のことを指摘しているのだ。
 精神を侵した深い溝は病まないのか――と……。
 どうやって安芸が柾士の心の奥底に潜むものを見透かしたのかは、知らない。だが、安芸の双眼に柾士の《傷》が映し出されているのは、間違いないようだった。
「大丈夫。痛くないよ……。オレは痛くない――君も、きっと痛くなくなるはずだよ」
 心の傷は癒えやしない。
 だが、痛くない振りはできる。『痛くない』と思い込むしかないのだ。自己催眠のように。
 それ以外に苦痛を無いものとする術を、柾士は知らなかった。
「……いた…く……な……い……?」
 安芸は柾士の胸から手を離し、それを自分の胸に押し当てた。その顔に笑顔が浮かぶ。
「痛くないよ」
 柾士は微笑みながら言葉を繰り返した。気休めでしかない言葉だが、安芸が少しでも『痛くない』と思ってくれるのなら、それでいい。
「失礼ですけど、お名前を伺ってもよろしいですか?」
 ふと、嵯峨の真摯な眼差しが柾士に据えられた。
「あっ、オレは、志木柾士。隣の武村一乃の孫です」
「ああ。武村さんの。もしよろしければ、時々、安芸――弟と遊んでくれませんか?」
「えっ? いいですけど。どうせ暇だし……」
 断る理由などなかった。神楽宮に滞在する期間は、はっきり言って無期だ。その間、特別することもない。
「ありがとうございます。――あっ、まだ、僕は名乗っていませんでしたね」
 自分の非を確認するように嵯峨が言う。彼は、安芸の肩に手を回しながら言葉を続けた。
「僕は安芸の兄で、冷泉嵯峨と言います」
「冷泉……嵯峨――!?」
 柾士は訪れた衝撃をそのままに、唖然と告げられた名を復唱した。一乃が絶賛するほどの美貌の持ち主――若き冷泉家当主。十九歳という年齢は、目の前の少年と合致する。
「お、おっ、御方様ぁぁっっ!?」
 行き着いた解答に、柾士は悲鳴に近い叫びをあげていた。
「はい。僕が、七十七代目冷泉家当主――冷泉嵯峨です」
 愕然とする柾士を尻目に、嵯峨が悠然と微笑を湛えた。


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2009.07.22 / Top↑
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