ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 同夜、神楽宮最古の寺で、一つの通夜が滞りなく行われていた。
 吉野静夫。享年七十五歳。死因は心不全。
 武村一乃の幼き頃からの友人であった。
 一乃は通夜へ出たまま、帰宅していない。
 柾士は一人、外で満天の星々が輝く空を見上げていた。
 琥珀色の淡い光を放つ三日月を仰ぎ見ながら、両手を大きく伸ばす。自然と口から欠伸が洩れた。
「夜の森っていうのもいいな」
 シャツのポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。
 目前に、冷泉家の森が鬱蒼と広がっていた。木々の隙間から、屋敷を取り囲む人工の光が洩れている。
 そちらへ歩み出そうとして、柾士はふと足を止めた。
 ニャア、と可愛らしい猫の鳴き声が聞こえたのだ。
 足許にくすぐったい感触が芽生える。柾士は視線を下方へ向け、微笑んだ。白い猫が甘えた声を出しながら、自分の足の間を媚びるように行き来している。
「何だ? ついてきたのか、ユキ」
 煙草に火を点けてから、その場にしゃがみ込む。
 子猫のユキが、嬉しそうに柾士を見上げた。その柔らかい毛を撫でてやると、ユキは一層嬉しそうに喉を鳴らす。
 しばらく柾士の手にじゃれついていたユキだが、急にピンと耳を立てた。
 聴覚を研ぎ澄ませ、ある一点だけをじっと凝視している。
 その内に、ユキは唐突に走り出したのだ。
「あっ、ユキッ!」
 柾士は慌てて立ち上がり、ユキの後を追った。
 ユキは一乃の大切な子猫だ。迷子にさせるわけにはいかない。
「ユキ! ちょっと、待てっ!」
 焦りながら、素早い身のこなしのユキを追跡する。
 ユキは、道路に沿った森のほぼ中央――冷泉家へと通じる一本道の入口で、その走りを止めた。柾士の足も自然と緩まる。
「ユキ、おいで」
 呼びかけるが、ユキが戻ってくる気配はなかった。
 それどころか子猫はニャアニャアと人懐っこい声を出しながら、前進して行くのだ。
「ユキ――」
 再び呼び掛けようとして、途中で口を噤む。
 ――人が立っていた。
 全身黒ずくめの人影。
 その足許に、ユキはじゃれついたのだ。
 道路脇の街燈に照らされ、一人佇む細い影。
 緩く波打つ長い黒髪を、頭の高い位置で一つに束ねた少年だった。
 少年は、鋭い眼差しで森を睨んでいた。
 唇はきつく結ばれ、目尻は少しばかり吊り上がっている。
 面差しには、鬼気迫る情念が纏わり付いていた。
 殺気だ。
 明らかな敵意と殺意をもって、少年は森とその奥に潜む冷泉家を睨め付けていた。
「……君」
 柾士が呼びかけると、少年は無言のまま首を巡らせた。
 足許のユキに冷たい一瞥を与え、柾士へと視線を注いでくる。何の感情も露呈しない凍て付いた眼差しが、柾士を射た。
 スッ、と少年の手が上がる。人差し指が柾士の後ろを示した。
「えっ?」
 反射的に柾士は振り返っていた。
 刹那、愕然と目を瞠る。
 突如として闇夜に青白い炎が出現したのだ。
 フギャーッッ!
 ユキが警戒の鳴き声を発しながら、柾士の傍に駆け寄ってくる。全身の毛が、何かを威嚇するように逆立っていた。
 青白い火の玉――鬼火は、着々と増殖してゆく。
 瞬く間に、柾士の眼前は、妖しく揺らめく鬼火で埋め尽くされていた。
「なっ、何だよ、これっ!?」
 慌てて、背後の少年を顧みる。
 少年の顔には薄笑みが刻み込まれていた。彼が差した指をもう一度揺り動かす。『あっちを見なさい』と柾士を促すように。
 ゾクリ、と背筋に粟が立った。
 見なければいいのに、柾士の首は少年の指に誘われるようにして鬼火の方へと戻ってしまう。
 そこで繰り広げられる光景を目にした瞬間、
「――ひっ……!」
 吐き出したつもりの息と悲鳴が、咽喉の奥に張り付いた。
 凶悪な闇が、柾士を睨んでいた。
 無数の青白い鬼火が揺らめく中、暗黒の獣がしなやかな体躯を誇示するように背筋をピンと張って立っていたのだ。
 体長は二メートル強。容貌は犬に似ている。
 だが、現実には存在しない生き物だ。風もないのに、長い体毛は黒い炎のように揺れている。赤く光る目に、額の中央から生える一本の角――それらが、獣が尋常ではないことを示していた。
 ――グルル……。
 獣の喉から低い唸りが洩れた。赤光を放つ双眼が、鋭く柾士を射抜く。
 獣が、片方の前足で地を引っ掻くような動作を繰り返す。明らかに、驚愕に立ち竦む柾士を狙候していた。
 フーッッ!
 獣を柾士に近付けまいとするのか、ユキが威嚇の声を発する。
 ――ガルルッ……!
 獣の足が地を蹴ろうとした。
 二メートルの巨大な獣と子猫のユキでは、どう考えてもユキに勝算はなかった。
「あっ……! ユキ、ダメ――」
 柾士の身体がビクッと震える。
 ――ダメだ!
 そう叫ぼうとした柾士の声に、
「志木さんっ!」
 別の声が重なった。



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2009.07.23 / Top↑
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