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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.23[21:08]
「志木さん!」
 声と共にこちらへ駆け寄ってくる足音を、柾士は確かに聞いた。
 その声に、ピタリと獣が動きを止める。
「――有馬くん?」
 柾士は接近する人影を認めて驚いた。
 疾風のような速さで駆けてきたのは、今朝、名乗り合ったばかりの青年だった。
 青年――有馬美人(ありま よしひと)の左手には、およそ彼に似つかわしくない物騒な物が握られていた。
 日本刀だ。
 仄かな青い冷光を纏った刀を手にしながら、美人は駆けてくるのだ。
 ――ウゥ~ッ……グルル……!
 獣が矛先を美人へと変えた。
 黒い四肢が力強く宙に躍り、尖った牙を持つ口が唸りをあげながら開かれる。
「有馬くん、気をつけてっ!」
 獣が美人に襲いかかるのを目の当りにして、柾士は叫んだ。
 美人が獣に引き裂かれるのではないか、と危惧したのだ。しかし、現実は柾士の想像通りにはならなかった。
 美人は落ち着き払った様子で、向かってきた獣に対し、日本刀を水平に薙ぎったのだ。
 キラリと月光を受けた刃が眩く光る。
 獣は器用に身体を捩って、間一髪それを避けた。
 同時に、柾士の背後で少年の息を呑む気配がした。
 美人は、獣に向けて二撃目を繰り出そうとしている。
 対する獣も着地と同時に態勢を立て直し、美人を迎え撃とうとしていた。
 美人と獣が、互いにジリジリと間を詰めかかった時、
「ダメだ、閻羅(えんら)!」
 鋭い制止の声が、柾士の後ろから飛んだ。
 ハッと背後に首を巡らせると、少年が厳しい表情で獣に視線を注いでいた。
「その人には勝てない。戻ってこい!」
 少年が短く命令を下す。
 少年の言葉には絶対服従なのか、獣はすぐに身を翻して跳躍した。軽々と柾士の頭上を飛び越え、少年の傍に舞い降りる。
 少年は美人を食い入るように見つめていた。
 その眼睛に、訝しむような、恐れるような色が垣間見える。
 少年は美人から視線を外さずに後退った。
「待てっ!」
 美人が素早く地を蹴る。
 物凄い速度で柾士の横を通過し、少年の前に移動する。
 白刃が煌めいた。
「――痛っ……!」
 少年が小さな呻きを洩らし、咄嗟に胸の辺りに引き上げた左手を右手で押さえる。指の隙間からポタポタと液体が零れ落ちた。月の光に照らされて、赤い液体が妖しく輝く。
 少年はそれには目もくれずに、美人に釘付けになったままだった。
 美人が日本刀を構え直す。
 ――ガルルルルルッ……!
 獣が怒りの咆哮を放った。
「閻羅っ!」
 飛び掛かろうする獣を、再度少年が制止する。
 少年は、美人を避けるように敏捷に後ろへ飛び去った。獣が後に続く。
「逃がさない!」
 美人が下から上へと日本刀を跳ね上げる。
 だが、刃先が少年に触れようとした瞬間、少年と獣の姿は水に溶けるインクのように空気に滲み、あっという間にその場から消え失せてしまったのだ。
 美人の日本刀が虚しく空を斬る。
 それが奇妙な戦いの終わりだった。
「あ……有馬くん、大丈夫っ!」
 柾士は慌てて美人に駆け寄った。
「逃がしてしまいましたね」
 美人は、少年と獣が消えた空間を鋭く睨めつけていた。言葉には多少の自嘲が含まれている。
「お怪我はありませんか、志木さん」
 ふと、美人が柾士を振り返る。既に、双眸から苛烈な輝きは失せていた。
 彼は柾士が茫然と頷くのを見てから、手にした日本刀を無造作に宙へと放った。
 転瞬、手から離れた日本刀が青い光を発して姿を変えた――銀細工の指輪へと。
 美人が宙に浮く指輪へ左手を伸ばす。不思議なことに指輪は意志を持っているかのように、自然と美人の左の中指へと納まった。
「有馬くん、君は一体――?」
 柾士は目の前で起こった怪事に唖然とした。驚愕と不審の相俟った眼差しで、美人を凝視する。
 ――尋常ではない。
 あの少年と獣――そして美人。
 常識を逸した存在が、確かにここにいる。
「知りたいですか?」
 静かな口調で美人は問い返してくる。
 柾士は無言で首肯した。
「後悔するかもしれないですよ」
 美人が微笑む。
 彼独特の、自身を揶揄するような物憂げな微笑みだった――


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Category * 堕天の翼
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