ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「ごめんなさい。わたしが余計なことを言ったから……。本当にごめんなさい。もう二度と訊かないから」
 莉緒は必死に言葉を繰り出し、なおも要の身体を揺さぶった。
 要が驚いたように目を見開く。
 彼は瞳から流れる涙に気づき、慌ててそれを手の甲で拭った。
「いや、村に住んでいれば、いずれ耳に入ることだから……。僕も二度は説明したくはないし、今、全部言っておくよ」
 気丈にも明瞭な口調で告げ、要は真っ直ぐに莉緒を見つめた。
「あの日、僕は叔母に言われて神栖家に行ったんだ。そこで息絶えた蘭さんと、彼女の胸に鎌を刺している玲を目撃した。僕が恐怖で動けずにいると、やがて玲が次の行動を起こした。玲は何をしたと思う?」
 要の問いに、莉緒はふるふると首を横に振った。訊かれても推測すらできない。
「玲は蘭さんの首を鎌で斬り落としたんだ。とても子供の力とは思えなかった。あいつは、ただの一振りで蘭さんの首を胴から切り離した。尋常じゃないよ」
「鎌で首を? 子供の力で、そんなことができるの?」
「実際に玲はやったんだ。だから、普通じゃない。あれは、悪魔のような所業だった」
 要の顔が苦虫を噛み潰したかのように歪められる。
「それから玲は、分断された首と胴体を庭に引きずって行き、遺体に灯油を振りまいて火を点けた。玲は炎に包まれた母親を、冷たい目でじっと見据えていた。表情一つ変えずに、蘭さんが燃えるのを見つめていたんだ」
「神栖くんは……本当に殺したの?」
 莉緒は喉の奥から声を振り絞った。自分でも驚くほど掠れた声だ。

『緋月村には化け物が棲んでる――それが俺だ』

 つい先刻、耳にしたばかりの神栖玲の言葉が脳裏に甦る。
 玲は自分が殺人鬼であることを暗に仄めかしていたのだろうか。
「信じたくないけど、屋敷には他に人がいなかった。玲以外の犯人なんて考えられないし、玲も否定しなかった。いや、正確には否定も肯定もしなかったんだ。あいつは蘭さんの死について、頑なに沈黙し続けた」
「じゃあ、彼がやったという明確な証拠も自白もないのね」
「僕が目撃した時には、蘭さんは既に息絶えていたと思う。でも僕は、彼女が殺害された瞬間を見てはいない。玲が蘭さんに鎌を突き刺したのを目撃したわけじゃないんだ。ただ、そこには玲しかいなかった」
 要が記憶を手繰り寄せるように視線を宙に彷徨わせ、苦々しく告げる。
「それ、さっきも言ってたわね。どうして、屋敷には誰もいなかったの?」
 莉緒は思いついた疑問を率直に口に出してみた。
 玲の犯した凶行を聞いたのに、妙に冷静な自分がいる。要の話を聞いてもなお、玲が実の母親を殺したなど信じられない。
「ちょうどその頃、村では人死にが続いていて、大人たちはそれが須要の神様の祟りだと信じ込んでいたんだ」
「もしかして殺人鬼アサのこと? アサの祟りが村に降りかかってると見なされたわけね」
「よく知ってるね」
「さっき図書室で知ったばかりよ」
「知ってるなら話は早い。未だに大人たちはアサの呪いを信じてるんだ。五年前も相次ぐ人死には全て祟りのせいにされた。それで、大人たちは祟り鎮めの儀式を行うために神社に集っていたんだ。僕は子供で、邪魔になるから神栖家に行ってなさい、と叔母に言われた。――で、行ってみたら、とんでもない事態が起こっていた」
「神栖くんのお母さんは家に残っていたのね」
「みたいだね……。そんな状況だったから、犯人は玲しか考えられない。神社から戻ってきた村長は、炎上する愛娘を見て愕然としていた。村長はすぐに、娘を殺したのが孫だと気づいた。他の村人たちも気づいただろうね。だけど、村長がその場で玲を糾弾することはなかった。それどころか、彼は蘭さんの死因を有耶無耶にした」
 要が殊更声をひそめる。
 彼の顔は苦渋に満ちていた。
「月が紅い夜だった。だから、村長は蘭さんの死もアサの祟りのせいにした。それ以降、蘭さんの死について口外することは禁じられた。村長が箝口令を出したんだ」
「権力で揉み消しちゃったのね」
 先ほど要が人目を気にしたのは、神栖蘭のことを喋っているところを誰にも目撃されたくなかったからなのだろう。
 神栖倫太郎の支配力は、村全体に浸透しているらしい。
 誰も倫太郎に逆らうことなどできなかったし、今もそれは変わっていないのだろう。倫太郎の一言で、神栖蘭の死因は究明されることなく、玲が表立って後ろ指を差されることもなくなったのだ。
「村長にとっては身内の醜聞だものね。でも、それだけ孫である神栖くんを護りたかったってことかしら?」
「違う。村長が護りたかったのは、蘭さんの名誉だけだ。彼が愛しているのは、今も昔も娘の蘭さんだけだ」
 何気なく口にした莉緒の言葉に、要が強く反論してくる。
 その激しさと声に潜む嫌悪に驚いて、莉緒はまじまじ要を見上げた。
「村長は玲のことなんて、これっぽっちも考えてない。彼の世界には、玲という孫なんて存在しないことになってるんだ」
 要の顔は険しくしかめられていた。
 声音には、神栖倫太郎に対する侮蔑が織り込まれている。
 同時に、それは玲に対する友情の発露でもあった。幼なじみのことを案じているからこそ、倫太郎の孫への接し方に憤懣と軽蔑の念を覚えるのだろう。
「村長は実の孫を嫌ってるの?」
「玲を怖がってるんだよ。僕と同じだ。それに村長は、玲の父親を嫌っていたからね。その男に最愛の娘を奪われたと勘違いしてたんじゃないかな。村長は玲の父親を憎んでいた。その延長で、同じ血を引く玲のことも忌避してるんだ」
 要が揶揄するように告げ、冷たい笑みを閃かせる。
 それから彼は思い出したように腕時計に視線を落とし、微かに眉根を寄せた。
「――と、そろそろ帰らなきゃ。蕪木さんも暗くならないうちに帰った方がいいよ」
 要が帰宅を促すように鞄を抱え直す。
 莉緒は素直に頷いた。
 辺りは日没を迎え、薄闇に包まれ始めている。夜の帷が完全に降りる前に家に辿り着きたいのは、莉緒も同じだ。
「あっ、今の話、僕が喋ったって内緒だよ」
 公民館の門を出たところで、要が急に立ち止まる。
 釘を刺すようなその一言に、莉緒は微笑で応じた。
「解ってるわ。他言無用ね。――けど、最後にもう一つだけ訊いてもいい?」
「何?」
「要くんは、本当に神栖くんが殺したと思ってるの?」
 莉緒が恐る恐る尋ねると、要は苦々しく首肯した。
「信じたくないけどね。本当は僕だけでも――いや、僕だけは玲のことを信じてあげるべきだったんだ。僕と玲は兄弟同然に育った幼なじみなんだから……。でも、信じてあげなければならないはずの僕だけが、目撃者だった。――皮肉だよね」
 要の顔に弱々しい笑みが浮かび上がる。
 彼はまた五年前の悲劇を思い出したのか、沈鬱な眼差しで莉緒を見つめた。
「玲があんなことをする人間じゃない、って頭では解ってるつもりなんだ。なのに、玲を見ると本能が彼を拒絶する。五年経った今でも、玲の姿を見ると身体が竦むんだ」
 悲しげに告げ、要は再び足を動かし始めた。
 しかし、交差点へと辿り着く直前に、彼はもう一度莉緒を振り返った。
「蕪木さん、村を出て行きなよ」
 唐突に要が告げる。
 莉緒は驚いて彼を凝視した。



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2009.07.23 / Top↑
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