ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 神栖玲にも同じことを言われた。
 なぜ今、二人が口を揃えて『村を出ろ』と言うのか全く理解できない。
「神栖くんと同じこと言うのね」
「この村は狂ってるんだ」
「村が危険だというのなら、要くんも出た方がいいんじゃない? 神栖くんは、あなたが殺されると危惧していたわよ」
 莉緒が真顔で言葉を返すと、要は泣き笑いの表情を浮かべた。
「僕には村に残る義務がある。責任がある。僕は玲のために村に残らなければならない。それが、せめてもの罪滅ぼしだからね」
「意味が解らないわ」
「五年前、血塗れになりながら玲は僕に助けを求めたんだ。玲の目は、自分が殺したんじゃないと訴えていた。それなのに、僕は玲を拒絶した。玲が蘭さんを殺したという確証があったわけでもないのに、玲を突き放したんだ。僕は今でも、それを悔やんでいる」
 要の苦悩に満ちた顔を、莉緒は茫然と眺めていた。
 要が玲を拒んだ瞬間、二人の間には恐ろしく深い亀裂が生じたのだろう。

 幼なじみが助けを求めているのに、それを拒否せざるを得なかった要。

 信頼していた幼なじみに受け入れてもらえなかった玲。

 その時の衝撃は、一体どちらがより大きかったのだろう?

 どちらにせよ、両者が互いを避けなければならないほどの精神的ダメージを受けたことに変わりはない。
 五年前の忌まわしい夜、二人の心は完全に擦れ違ってしまった。
 要も玲もそのことを後悔しているのに、修復する術を知らないように見受けられる。五年という歳月が、彼らの間を更に大きく裂いてしまったのかもしれない。
「あの時、僕は何も知らない子供だった。けれど、今なら解る。僕は間違ってたんだ」
 要がまた泣き出しそうな顔で心情を吐露する。彼の顔に滲む強い悔恨の色が痛々しかった。
 玲は殺人鬼だから近づくな、と莉緒に忠告しておきながら、彼は心の奥底では幼なじみが殺人犯ではないと信じているのだ。
「過ちに気づいたのなら、素直にそれを打ち明けて、仲直りすればいいんじゃない?」
「やり直せるなら、五年前のあの日に戻りたいよ。僕だけは何があっても玲を信じるべきだったんだ。他の誰もが玲を悪し様に罵り、化け物扱いしても、僕だけは玲の味方でいなければならなかったのに……」
 自虐的な笑みが要の口元に浮かぶ。
 要の言葉を聞きながら、莉緒は脳裏に神栖玲の姿を描いていた。
 窓際に佇む玲の彫刻めいた美しい横顔。他者をはね除けるように冷たい輝きを放つ蒼い双眸。
 そこに見え隠れしていたのは、孤独の影だったのかもしれない。
 肉親である倫太郎に疎まれ、村人からも忌み嫌われている玲。
 この村に玲の居場所はない。
 唯一の心の拠り所であった要にも突き放され、彼は今、本当に独りなのだ。
 要はそれを知悉しているから、今更のように過去を悔やんでいるのだろう。
 玲を独りにしてしまった責任をひしひしと感じているのだ。
「過ぎ去った日々は取り戻せないけど、これから玲のためにできることはある。この村にいて危険なのは玲も同じなんだ。だから、僕は玲のために村に残る。村から玲を護るのが、僕なりの贖罪なんだ」
「緋月村って、そんなに危険な場所なの?」
 要も玲も詳細は語ってくれないが、頻りに緋月村が危険だと仄めかす。
 だが、莉緒には長閑な山村のどこに身の危険を感じさせるようなものが潜んでいるのか、全く解らない。
「時折、この村はおかしくなる。普段の呑気さが嘘のように荒れ狂う時があるんだ。でも、蕪木さんは知らない方がいいよ。知っても、いいことなんて一つもない。知らないなら、知らないまま村を出た方がいいんだ」
 要はやけに強い口調で告げ、唇を引き結んだ。
 莉緒に向けられた表情は険しい。村の秘密を暴露することを頑なに拒んでいた。裏を返すと、簡単に語ることはできないほどの大きな秘密が村には眠っているということだ。
「でも、危険なんでしょう?」
 莉緒が猜疑の眼差しを向けると、要は慌てて笑顔を取り繕った。
「危険というか、馬鹿げた村なんだ。こんな村、早く出て行った方がいい。僕も高校を卒業したら出て行くつもりだよ」
 無理に明るく振る舞っているような調子で告げ、要はもう一度微笑んだ。
「じゃあ、もう帰るよ。――また明日ね」
 一方的に別れを告げると、要は素早く身を翻した。
 莉緒に引き止める隙を与えまい、というように敏捷な足取りで去ってゆく。不自然なほど強い歩調だ。
 莉緒は、東へと続く道を足早に進む要の背中を釈然としない面持ちで眺めていた。
 要や玲の言葉は謎ばかりだ。莉緒の理解の範疇を越えている。村の秘事を隠すくせに『村から出て行け』と忠告する少年たちの真意が掴めない。
 ――葬列を見てから、変なことばかり。
 莉緒は溜息を落とした。
 白い葬列を目撃した辺りから、何かがおかしい。
 村全体が微妙に変わりつつあるような気がする。
 村人たちはその変化に気づいているだろうに、莉緒に対してはそれを隠し通そうとする。
「余所者だから――か」
 不意に疎外感を覚えて、莉緒は唇を歪めた。
 吸血鬼伝説や殺人鬼アサについても、村人たちは曖昧に言葉を濁した。それは全て、莉緒が外界からやってきた闖入者だということに起因するのだろう。
 余所者には軽々しく情報を洩らせない、という嫌な雰囲気を今日一日で随分と味わった。
「けど、余所者でも知る権利はあるわ」
 胸に生じた寂しさと戸惑いを打ち消すために、莉緒は大きくかぶりを振った。
 水面下で何が起こっているのか知らないが、村に変化が訪れていることだけは確かだ。
 葬儀参列者の奇妙な言動も、診療所で屯していた老人たちの怯えも、村に立ちこめ始めた不穏な気配を敏感に察知してのことなのだろう。
 莉緒一人を除け者にして、村は良くない方向へ進もうとしている。
「要くんが殺されるって、どういうこと? 神栖くんは本当にお母さんを殺したの?」
 吸血鬼伝説の真偽を調べに来たはずなのに、神栖玲と出逢ったことによって、気づけば図書室へ来る前よりも疑問が増えている。
 莉緒は要の姿が薄闇に溶け込んだのを見届けてから、身を反転させた。
 転瞬、ビクリと身体を震わせる。
 莉緒は物凄い勢いで東の方角を振り返った。
 濃い群青色に染められた空を仰ぐ。
 天空には満月に近い月が浮かんでいた。
 その月が赤っぽい光を発している。

 月が紅くなると吸血鬼が現れて村人を襲う。

 唐突に、父の語った吸血鬼伝説が脳裏に甦ってきた。
 莉緒はしばしその場に佇み、睨むように月を見上げた。
 闇が深まるにつれ、月は徐々に赤味を増してゆく。
 赤光を放つ月を目の当たりにして、莉緒は訳もなくぞっとした。
 背筋に悪寒が走り、恐怖と焦燥が身体の芯からじわじわと這い上がってくる。
 村に残された不気味な吸血鬼伝説は真実なのではないか、という疑念が湧いてくる。事実だと信じてしまいそうなほど、夜空に浮かぶ月は伝説に忠実だ。
 言い表しようのない恐ろしさを感じて、莉緒は踵を返した。
 北へと続く道を脱兎の如く駆ける。
 村を照らす月は、血のように紅かった。



     「四.須玖里家」へ続く



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2009.07.24 / Top↑
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