FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Fri
2009.07.24[22:54]
     *


 冷泉家へ到着すると、すぐに櫻町公暁に出会した。
 彼は、邸内へ入る直前――大きな門の前に一人佇んでいたのだ。
「あれ? 偶然ですね」
 柾士は公暁の姿を発見して駆け寄り、にこやかに挨拶を述べた。
 すると公暁は、ハンサムな顔に微笑を刻み、
「――お待ちしておりました」
 と、鄭重に頭を下げたのだ。
 その瞬間、柾士は驚きにポカンと大口を開けてしまった。
 冷泉家には一言も訪問の旨を伝えてはいない。誰も居なければ、また午後からでも出直せばいいだろう、と気楽に考えていた。それなのに公暁は柾士のことを『待っていた』と言うのだ。公暁の言葉は充分に柾士の意表を突き、そして唖然とさせた。
「よく、オレが来るの解ったね」
 思った通りの疑問を素直に口に出す。
「何となく、そんな予感がしたんですよ。――さあ、こちらへどうぞ、志木様」
 公暁はサラリと質問に応じ、微笑みを浮かべたまま軽く手を差し出した。手の先は、冷泉家の巨大な洋館を示している。その手が身体ごと反転し、黒い門の把手を掴んだ。
 青みがかった石造りの塀は、三メートルほどの高さがある。門は、上部の半円形の膨らみを入れて、三.五メートルもの高さはあるだろう。
 それを、公暁は大して力を入れた様子もなく引き開けたのだ。
 きしりを立てながら門が開く。
 その先に、ドイツ・サンスーシ宮殿を縮小したような、優美なロココ式の白い洋館が悠然と佇んでいた。
 門をくぐり抜けた柾士がしばし壮麗な洋館に見惚れていると、背後でガチャンと門の閉まる音がし、公暁が隣にやってきた。
「珍しいですか?」
「これだけ大きいのはね」
 率直に感嘆を示すと、公暁は笑った。そのまま柾士の前を歩き、ついてくるように促す。
「ねえ、櫻町さん」
 公暁の二、三歩後ろを歩きながら、柾士はしなやかな後ろ姿に声をかけた。
「はい。何でしょうか、志木様?」
 柾士の問いかけに公暁が立ち止まり、振り向く。自然と柾士の顔に苦笑いが浮かんだ。
「あのさ……まず、その『志木様』って、どうにかならない?」
「はぁ……。お気に召しませんでしたか?」
「いや、そーじゃなくって。オレ、『様』なんて呼ばれる立場じゃないからさ」
 ポリポリと指で頭を掻く。公暁のように礼節を弁え、気品を漂わせている青年に、不慣れな呼ばれ方をされると、気恥ずかしくて仕方がないのだ。
「申し訳ありません。ですが、物心ついた時から、人様のことはそうお呼びするようにと躾けられていますので……。できることなら、このまま『志木様』とお呼びさせていただきたいのですが……」
 公暁の表情が曇る。
 その芳しくない表情を目の当たりにして、柾士は慌てて手を振った。
「あー、解ったよ、櫻町さん! もう好きに呼んで! オレが慣れるように努力するよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ――そうだ。今日は、嵯峨くんは?」
 一乃が『公暁は嵯峨の側遣え』だと言っていた。単純に『公暁がいるのなら、嵯峨もいるのだろうか?』と疑問に思ったのだ。
「嵯峨様は、吉野家の告別式に出席のため、朝早くからお出かけです」
「そっか。大変なんだね、御方様っていうのも。櫻町さんは傍に付いてなくていいの?」
「別の者が付いていますので。四六時中、嵯峨様のお傍にいるわけではないのですよ」
「そうなんだ?」
「はい。屋敷には、安芸様もいますしね」
 ニッコリ笑って、公暁は止めていた足を動かし始める。
 柾士も自然とそれに倣った。
 長身の黒い影を追いながら、僅かに目を細める。
 美弥の『公暁さんにでも訊いてよね』という言葉が脳裏に甦っていた。
 去年まで、冷泉家に滞在していたという由羅。闇の獣を操る不可解な少年。
 あの謎めいた少年を公暁は知っているというのだろうか?
 由羅と公暁――冷泉家は、どんな関わりがあるのだろうか?
 由羅のことを尋ねるなら、公暁と二人きりの方がいいかもしれない。
「――さ、櫻町さん」
 柾士は、思い切って公暁の背中に強い視線を注いだ。
「何でしょうか?」
 先ほどと同じく、公暁が振り返る。その口許には微笑が浮かんでいた。その典雅な笑みに、柾士はグッと言葉を詰まらせてしまう。
 ――『由羅』って、知ってる?
 そう質問を繰り出そうとしたが、口が巧く動かなかった。脳が反射的に『訊いてはいけない』と、判断を下したのだ。
「あの……えーっと――その、美弥が『よろしく』って!」
 咄嗟に適当な言葉で誤魔化す。
「美弥様が?」
 公暁が不思議そうに小首を傾げた。
「あっ、従兄妹なんだよね、オレたち!」
「ああ……。お二人とも一乃様のお孫さんでしたね。――では、屋敷へ参りましょうか」
 公暁は目を細めて微笑み、踵を返して洋館の玄関へと向かった。柾士も後を追う。
 公暁が開いた白い扉に吸い込まれるようにして、柾士は館の中へと足を踏み入れた。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
Category * 堕天の翼
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.