ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 扉の向こう側は、広いホールだった。
 正面には中世映画にでも出てきそうな豪奢な階段が設えられ、二階へと繋がっている。
「安芸様のお部屋は、あちらになります」
 公暁が階段左脇の廊下を指し示す。
「あまり、人の気配がないんだね?」
 柾士は、物音一つしない館内を珍しそうにキョロキョロと見回しながら質問を投げる。
 これだけ巨大な屋敷なら、沢山の人の気配があってもいいようなものなのだが、不思議なことに冷泉家は静寂を保っていた。
「ええ。ここには殆ど人が住んでいませんので。身内の者は皆、国道沿いの本邸に住んでいますから」
「へえ……。――あっ、でっかい鏡!」
 公暁の後について歩きながら柾士は驚きの声をあげた。
 壁に巨大な鏡を発見したのだ。金細工の縁が美しい、豪華な鏡だ。
「あまり鏡を見ない方がいいですよ。奇怪なものが映るかもしれませんから」
「――えっ? 幽霊とかっ!?」
 公暁の言葉にビクッと身体を震わせる。
「そうですね。昔から『鏡は、あの世とこの世を繋ぐ通路』と言い伝えられているじゃありませんか? 出やすいんでよ。殊に、冷泉の家は『この世に存在しないはずのもの』の調伏を生業としています。それ故、あちら側の住人には恨まれているはずですし――冷泉の者と間違えられて、鏡の世界に引き摺り込まれてしまうかもしれませんよ」
「そ、そうなんだ! 気をつけるよっ!」
 柾士は即座に鏡から視線を離し、一心に公暁だけを見つめようと努める。
 そんな柾士の態度を、公暁が可笑しそうに笑う。
 何か反論しようと口を開きかけた時、公暁の身体が左に方向転換した。廊下が左に折れ曲がっていたのだ。左に曲がって十メートルほど進むと、突き当たりにぶつかった。
「ここが、安芸様のお部屋です」
 その左手のドアを公暁は指で示すのだ。
「安芸様、志木様がお見えですよ?」
 ドアをノックしながら公暁が室内に話しかける。彼は、中からの返事を待たずにドアを引き開けた。
『安芸くんは喋れないんだったな』と中からの返事がないことに疑問を抱かず、柾士は公暁の後ろについて、安芸の自室へ入った。
「――安芸様?」
 ふと、公暁が首を傾げる。
 部屋に安芸の姿はなかった。
 空のベッドが、大きな窓に寄り添うにして淋しそうに置き去りにされている。開け放た窓から風が吹き込み、白いレースのカーテンをヒラヒラと揺らしていた。
「……いないみたいだけど?」
 柾士は不安げに公暁を見上げた。
「ええ。また、抜け出したみたいですね」
「また――って?」
「ちょっと目を離すと、外に出て行ってしまうんですよ」
「どうして?」
「安芸様は――この一年間、殆ど眠っていないのです」
「えっ?」
 公暁の一言に、柾士は険しく顔を顰めた。
「肉体は眠っていても、精神が眠りに就いていないのです。そんな状態の時は、フラフラと外を彷徨い歩いていることが多いのですよ。肉体が目覚めた瞬間に、その時の記憶は消えてしまっているようなのですが……」
「夢遊病みたいなもの?」
「ええ。時折、肉体から精神だけが抜け出して、浮遊していることもあるようです」
「幽体離脱ってヤツ!? そうか――それでかっ! オレね、二日前に安芸くんと逢ってるんだよ! だけど、昨日逢った時に安芸くんはオレのこと知らないみたいで気になってたんだ。……でも――そういうことだったのか」
 柾士は、謎が解けた興奮に一気に言葉をまくし立てる。
 確かにあの日、自分と安芸は出逢っていたのだ。
 安芸の魂は、自分を認めていた。だが、肉体の覚醒と共に、その記憶は失われてしまったのだろう。
「安芸様の……幽体に? だから安芸様は、一目見て志木様を気に入ってしまったのですね」
「え? 安芸くんがオレを気に入ってる?」
「はい。現状の安芸様が、嵯峨様と私以外に口を開くのは稀なことなんですよ」
「そうなんだ。何だか嬉しいな」
「ええ。嵯峨様も私も安芸様の変化を喜んでいます。これも偏に志木様のおかげです。――とりあえず、安芸様が森から出ることはありませんけれど、捜しに行って参ります」
「あっ、オレも一緒に行くよ」
 柾士は、部屋を出ていこうとする公暁を素早く追い掛ける。
 公暁は無言の微笑みで、柾士の同行を認めてくれた。
 二人はそのまま元来た道を引き返し、館の外へ出た。



「あれ? この門、開かないよ、櫻町さん?」
 柾士は、黒い鉄格子のような門に手を掛けながら公暁を顧みた。
 公暁に先立って外へ出たのはいいが、門が開かなくては肝心の森に出ることは不可能だ。
「おっかしいなぁ?」
 柾士は力一杯門を押したり引いたりしてみる。――が、どうしても開かない。公暁が開けた時は、いとも容易く動いたのだが……。
「この門には、冷泉一門にしか開けれられないように特殊な《力》を施してあるのです」
 公暁は、柾士の疑問に応えるように門に手を掛ける。
 ギギギ……と鈍い音を立てて、門は開いた。柾士が渾身の力を込めてもビクともしなかった重い門が、だ。
「へえ、そんなことができるんだ? 冷泉家の特殊能力って凄いんだね。――で、この門を開けられるってことは、櫻町さんも冷泉の血を引いてるってことだよね?」
 柾士は開かれた門を唖然と見上げながら、公暁に問い掛けた。
「ええ。私に限らず、この屋敷の者は全て冷泉の血を引いています」
「嵯峨くんたちとは従兄弟か何かなの?」
「さあ? 冷泉家は、血を絶やさぬために血族結婚を繰り返していますので、婚姻関係が複雑なのです。叔父だと思っていた人間が、実は父親だったり――ということが頻繁にありまして……。そんな御家なので、私は嵯峨様たちとの正確な続柄など気にしたことはありません。まあ、櫻町は分家とはいえ冷泉に次ぐ家柄なので、おそらく血は濃いとは思いますが……」
 公暁が苦笑混じりに応じる。
「複雑な家柄なんだね?」
 ――名旧家っていうのも楽じゃないな。
 感慨深げに胸中で呟き、柾士は公暁を見上げた。
「冷泉の持つ《力》を後世に伝えるためです。仕方がないことなのです。ですが、血が濃すぎるばかりに、血族に執着し過ぎて――狂ってしまう者も中にはいるのですよ」
「――えっ?」
 不意に公暁の顔に翳りが射したので、柾士は驚いた。その言葉の真意を測ろうと、彼を凝視する。だが、公暁の表情はすぐにいつもの曖昧な微笑へと変わってしまった。
「安芸様を捜しに行きましょう」
 一言告げて、公暁は駆け出してしまう。
 柾士は一瞬我を忘れそうになった。
 公暁の言葉が執拗に頭の中を巡る。
 ――狂ってしまう者もいる。
 その一言に、由羅と呼ばれる少年の姿を想起したのだ。
 ――狂ってしまう。
 言葉は不快な澱みを胸へと流し込む。
 狂って――その後は?
 柾士はそれ以上考え込まないようにかぶりを振り、公暁の後を追った――


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2009.07.24 / Top↑
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