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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Fri
2009.07.24[23:17]
     *


 有馬美人は、妙に閑散とした歩行者天国をボストンバッグ片手に歩いていた。
 今し方、ホテルのチェックアウトを済ませてきたところだった。
 脳裏では昨夜の出来事が再生されている。
 鬼と見定めたはずの少年――由羅。
 彼のことが気に懸かる。
 狩るべきはずの魔性に疑問を感じた。『彼を本当に狩っていいのか?』と。
 あの時、彼を狩ることが自分には可能だった。
 だが、《魔封じの剣》がそれを嫌がった――これは獲物ではない、と。
 少年の心臓を狙ったはずなのに、剣は自らの意思で軌道を変え、彼の手に切り傷を残すことしかしなかったのだ。
 何故なのかは解っている。
 彼からは自分と同じ匂いがした。
 彼は、同族――自分と同じ血を受け継ぐ者だ。
「……ゆら――由羅」
 歩行者天国を歩きながら小さく呟く。
 何処かで耳にしたことのある名だった。
『有馬くんは、御方様に似ている』
 ふと、志木柾士の言葉が思い出された。
「冷泉……? いや、違う――」
 思案を巡らせながら、美人は大通りを走るタクシーに向けて手を挙げた。
 白いタクシーがピタリと美人の前に停車する。
 タクシーのドアが開かれた瞬間、閃くように記憶の一部が『由羅』と合致した。
「由羅……思い出した。櫻町由羅だ」
 低い呟きが唇から洩れる。確信を得て、双眸が怜悧に輝いた。
「櫻町、か。困りましたね――」
「お客さん、乗るの? 乗らないの?」
 運転手が『早くしてくれ』といわんばかりに美人を促す。
「乗ります」
 美人は思考を中断させ、軽やかに後部座席に身を滑らせた。
 自動的にドアが閉じられる。
「――何処までですか?」
 中年の運転手が、バックミラー越しに尋ねてくる。
 美人は伏せ目がちだった双眸をしっかりと開き、運転手に視線を向けた。
「神楽宮までお願いします」
「ハイ、神楽宮ね!」
 ハキハキと復唱しながら、運転手はタクシーを発進させる。
「お客さん。神楽宮なんて、あんな田圃ばかりの田舎に何しに行くんですか?」
 運転手の口が軽快に動き続ける。どうやら、お喋り好きの運転手に当たったようだ。
「友人がいるんです」
「なるほどねぇ。それで、神楽宮のどのへんですかねぇ?」
「冷泉家の別宅って、解りますか?」
 美人は何が一番目印になるのかを即座に考え、答える。
「ハイハイ。バッチリ解りますよぉ。何年か前まで私も住んでましたからねぇ。冷泉さんちの別宅って、森の中のお屋敷でしょ?」
「ええ。その辺りで停めて下さい。――運転手さん、神楽宮に住んでいたんですか?」
『元神楽宮の住人』という偶然に惹かれて、訊ねてみる。
「生まれも育ちも神楽宮なんですよ。今は街の方に住んでますけどね。神楽宮って、ちょっと独特の雰囲気があるでしょ?」
「そうですね。少し神憑り的なところがありますよね」
「そりゃあ、土地の名主が冷泉さんちだからね。冷泉さんちは、不思議な能力を持つ一族なんですよ。見たことはありませんけど、化け物退治とか得意らしいですよ。まあ、そんなわけで、あそこは昔から、御方様――冷泉様々って感じなんですよ。私の堅物親父も、冷泉様の御神力だけは信じてましたからねぇ」
「そうなんですか。『神楽宮』って地名には、何か由来があるんでしょうか?」
「さあねぇ? この辺は『神楽』って地名多いですからねぇ。『神楽』『神楽岡』『西神楽』『東神楽』ってね。冷泉さんちが昔から住んでるせいか、神楽宮は『神様の住む場所』だって年寄りたちは言ってますけどね」
 そう言って、運転手は豪快に笑った。
「まっ、とにかく、冷泉さんちが神楽宮で重宝されてるってことに間違いはないですよ。別宅の森の近くに、神社があるでしょ?」
「――えっ?」
 美人は考えるように顎に手をかけた。
「……ああ。確か、小さな森がありましたね。それのことですか?」
 が、すぐに、その情景を記憶の中から甦らせて、納得したように頷く。
 巨大な森から切り離されたように、ポツンと小さな森があったはずだ。木々の隙間から鳥居が垣間見えていたのも思い出した。
「そうです、そうです。あの神社――『神楽宮神社』って言うんですけどね、あそこの森は、冷泉さんちの森だったんですよ。田圃拡張のために周囲の木を伐採したから、あんな形になったらしいですけど。あっ、神社を奉納したは、もちろん冷泉の御方様ですよ」
「冷泉家のね……。じゃあ、神主さんも冷泉の血を引いているんですね」
「多分そうでしょうね。――あの神社は、建立されたのが四百年ぐらい前で、結構歴史があるらしいんですよ」
「四百年? 屯田兵による蝦夷地開拓以前にですか? ……古いですね。何を奉っているんです?」
 ある一族が、開拓民より先に本州から蝦夷に渡り、神社を建立した。
 金持ちの道楽にしては、酔狂すぎるように感じられる。
「う~ん。詳しいことは知りませんが、正当な神様じゃないみたいですよ。子供の頃、境内でよく遊んでたんですけどね、その度に神主や親父にこっぴどく叱られましたよ。『鬼神様の祟りにあったらどうする!』ってね」
「正当な神じゃない――鬼神(おにがみ)ですか?」
 美人は険しく柳眉を跳ね上げた。
 破魔の力を持つ冷泉一族縁の神社が、邪神を信仰しているとは俄には信じられない。
「そうそう。神楽宮って頻繁に鬼火が出るんですけど、それは、社から抜け出した鬼神の怨念だとか……。『鬼火を見たら、御方様に祈れ。さもなければ、鬼神に喰われるぞ』って、言い伝えがあるんですよ。まっ、これも年寄りからの受け売りですけれどね」
 運転手が大きく笑う。
 その様子はどこか空々しく、返って美人に懸念を抱かせた。
 運転手も神楽宮で生まれ育っている。そこに住む者こそが、伝承の信憑性を肌で感じる取ることができるのではないだろうか?
「ハハッ、くだらない言い伝えですよ、お客さん。そう、単なる迷信です」
 バックミラーに映る運転手が、決まり悪げに美人から目を逸らす。
 美人は考えを巡らすように瞼を閉じ、シートに背を凭せかけた。
 ――もし、その言い伝えが世迷言ではなく、真実ならば?
 自分は、大変な思い違いをしていたのかもしれない。
 鬼火は、昨夜も出現した。
 それを操っているのは、由羅だと思い込んでいた。だが、由羅は『櫻町』だ。鬼火を自在に操れるはずがない……。
 鬼火を操っているのは、別の何者かだ。
 自分が掴んだ鬼の気配は、由羅ではない。
 解決に辿り着くまでの糸が縺れに縺れている。
 この地に、自分はあまりにも不慣れだ。
 北の大地に纏わる知識は乏しく、遙か昔からの因縁など知り得るはずもなかった。
「一層のこと、全て嵯峨に委ねてしまおうか――」
 流れる窓外の景色をボンヤリと眺めながら、美人は溜め息混じりに独り言ちた。
 神楽宮に奉られている鬼神の正体とは、一体何なのだろうか……?


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Category * 堕天の翼
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