ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 身体が怠い。
 櫻町由羅が鉛を埋め込まれたように重い身体を引き起こしたのは、夕暮れ時のことだった。
 気怠い目覚めに、険しく眉を顰める。
 素肌に纏わり付く毛布を疎ましく思いながらベッドを抜け出した。
 九鬼の姿はない。
 由羅は裸のままバスルームへ直行した。
 シャワーの蛇口を捻り、冷たい水を頭から浴びると、徐々に意識がはっきりとしてくる。
 ――あと二日。
 水を放出させたまま、タイルの壁に凭れるようにしてその場に蹲る。
 ――あと二日で、タイムリミットだ。
 胸中で繰り返す。
 自然と笑いが込み上げてきた。己を卑下し、揶揄するような冷たい嘲笑。
 毎夜のように繰り返される九鬼との《血の儀式》
 昨夜の儀式で、自分の中の聖なる血はまた減少した……。
 残り僅かな神の血も、近々九鬼に吸い尽くされてしまうだろう。
「ボクは堕ちてゆく――」
 己を嘲笑い、急に立ち上がる。
 乱暴な手つきでシャワーの水を止めると、その辺に放置されていたバスタオルを片手にバスルームを後にした。
 自室に戻り、身体をろくに拭きもせずに衣服を纏う。
 濡れた髪をそのままに再び部屋を出た。
「――由羅」
 リビングの前を素通りして玄関へ向かおうとしたところで、中にいたらしい九鬼に呼び止められる。
 由羅は彼を無視して、玄関へと歩を進めた。
 だが、靴に足を突っ込んだ瞬間、後ろから肩を掴まれた。
 振り返ると、九鬼の不機嫌な顔に出会した。無視したことを怒っているらしい。
「何?」
 不愉快も露わに顔をしかめ、九鬼を見上げる。できることなら、九鬼と顔を合わせたくなかった。
 九鬼の顔を見れば、嫌でも思い出す。忌々しい《血の儀式》を……。
「何処へ行く気だ?」
「ボクが何処へ行こうと、九鬼には関係ない」
「由羅、誰がおまえを助けてやったんだ? 忘れるなよ。一年前、オレが助けてやらなかったら、おまえは冷泉に殺されてた――って、ことをな!」
「……神楽宮」
 九鬼に凄まれて、由羅は渋々行き先を告げた。
 悪戯に九鬼の怒りを煽るほど、由羅も馬鹿ではない。怒りは、九鬼を凶暴化させる。そして、その矛先は決まって由羅に向けられるのだ。
 九鬼の理不尽な暴行の苛烈さは、一年間共に暮らしてきた由羅が誰よりもよく知悉している。
 それでも九鬼には逆らえない。
 九鬼の言葉通り、彼が拾ってくれなければ、自分は間違いなく一年前に殺されていたのだから……。
「また冷泉のところじゃないだろうな?」
『神楽宮』と聞いた途端に九鬼の目尻が吊り上がり、更なる怒りを具現する。
「違う。神楽宮神社だよ」
 由羅が素直に答えると、九鬼の怒気が僅かに和らいだ。
「神社なら、さっきオレが見てきたぞ」
「始末しなきゃならない人間がいるんだ――冷泉の血を引いている」
 由羅は喉の奥から抑揚のない声を出した。一切の感情を押し殺したような声音だ。
「そうか。……丁度いいな。華瑤鬼妃様も血の贄を欲しがっていることだしな。オレたちの目的は、華瑤鬼妃様を復活させることだ。冷泉のことなんかほっとけよ」
「解ってるよ」
 釘を刺すような九鬼の言葉に投げ遣りに応じ、由羅は玄関のドアノブに手をかけた。
 そこで、思い出したように九鬼を顧みる。
「ねえ、『有馬』って知ってる?」
 昨夜対峙した青年の名を唇に乗せる。
 あの場に居合わせたもう一人の男が、青年のことをそう呼んでいた。
 聞き覚えのある名。馴染みのある名だった。
「有馬、か。下の名前は?」
「さあ。知らない」
「有馬には思い当たる節があるが……それなら、おまえの方が詳しいだろ? 由羅、おまえのご同族だ」
 皮肉げに九鬼が唇を歪める。
「やっぱり、どう考えてもそうだね」
 由羅は短く答え、背を返した。
「有馬に逢ったのか?」
 背中にかけられた質問を無視して、そのまま玄関を出る。
 有馬――名前に心当たりはある。九鬼の言葉通り、自分と同じ血を受け継ぐ家名の一つだ。
 解らないのは、青年が『有馬の誰か』ということだけだ。
 昨夜の出来事を反芻すると、該当する人物は唯一人しかいなかった。
「あの人の刀――《魔封じの剣》みたいだった。でも、どうしてあの人が……?」
 ――考えても、仕方のないことだ。
 由羅は自らの思考を切り替えるように数度頭を振り、歩き始めた。
 神楽宮へと向かって――


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2009.07.24 / Top↑
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