ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *


 西の空に、黄昏の色が濃くなってきた。
 深い緑の落葉松に囲まれた小さな森にも夕日が射し込み、光の世界が終わりつつあることを告げている。
 森の中央――小さな神社の境内で、和泉高倉(いずみ たかくら)は、血の色を滲ませたような夕焼け空に、懸念の眼差しを注いでいた。
「……空気が澱んでいる」
 無意識に不吉な言葉が唇から零れる。
 彼が、この小さな神社――神楽宮神社の神主となってから、既に二十年の歳月が流れていた。
 神に従事する高倉には、目に見えぬ変化がまざまざと感じられるのだ。
 神楽宮を覆う空気が、暗く濁りつつある。
 しかも、聖域であるはずの神社の周辺が一段と瘴気が濃い。
「……《氣》が乱れている」
 一昨日、吉野静夫が死んでから――
「静夫さんは、確か……櫻町の――冷泉の血を受け継いでいたはず……」
 独りごちながら高倉は夕日に背を向け、社へと歩み始めた。
 その眼前をスーッと何かがよぎる。
 青白い二つの光が、すぐ傍を浮遊していた。
「鬼火か。昨夜も……その前の夜も……鬼火が出ていたな――」
 そこまで呟いて、高倉はふと口を噤んだ。
 自然と顔が強張る――恐怖のためだ。
「ま、まさか……四百年前の妖災が――!?」
 引きつった顔に冷たい汗が浮かび上がる。
 カタカタ……カタカタ……カタカタッ!
 高倉の怯えを嘲笑うかのように、近くから物鳴りが聞こえてきた。
 カタ、カタ、カタ……カタカタッ。
 高倉は音のする方へ首を巡らせた。境内の隅にある古びた祠が視界に飛び込んでくる。
 カタカタッ……カタッ、カタッ。
 音は、確かにそこから聞こえていた。
「――まさか……まさかっ!?」
 短く叫んで、高倉は駆け出した。祠ではなく、目前の社殿へ――
 社に駆け込んだ高倉は、狼狽そのものの体で祭壇へ直行し、その一番の高い場所に奉られてある白木の箱を手に取った。
 崩れるように床に膝をつき、恐る恐る箱にかけられた紫色の紐を解いて、蓋を開ける。
 途端、緋色の輝きが視界に飛び込んできた。
 血の色をした直径二センチほどの丸い玉が、びっしりと箱には詰められていた。
 納められた赤玉を、一つ一つ丁寧に床に並べる。
 箱の底の方に、血の色ではなく黒色に輝く石が二つだけあった。
 床に並べた小石を高倉は指を差しながら数えた。
 石は、全部で九十九個。
 内、赤玉が九十七、黒玉が二――
「……何ということだ――」
 高倉は背筋に冷たい戦慄が走るのを感じた。
 一昨日、吉野静夫が死ぬまでは、確かに赤玉は九十六個しかなかった。
 だが今、再度確認してみると一つ増えている……。
「冷泉の血が――封印が……」
 高倉は青ざめた顔で玉を見つめ、それから弾けたように身体を大きく震わせた。
 ここ一年で、赤玉の数が急激に増加している事実を思い出し、更に慄然とする。
「……『神統冷泉、己が手で己が血を九十九流す時――我は甦るだろう』 ――誰だ? 一体、誰が……封印を解こうとしているっ!?」
 独り喚きながら、高倉は小刻みに震える手で玉を白木の箱の中へと戻した。紫の紐で封じて、元の場所に奉じる。
 祭壇に乗せられていた小刀を手にすると、よろめくようにして社殿を出た。
 石造りの祠の前で、足を止める。
 ……カタッ……カタッ。
 物鳴りは、まだ続いている。
 カタカタ……カタカタカタッ。
 焦燥しきった眼差しで高倉は祠を見つめた。
 手にした小刀を鞘から抜き出し、その刃を一方の手首に押し当てる。
「どうか……どうか、そのまま眠りに就いておいで下さい、鬼神様――」
 言い終えると同時に、高倉は小刀で己の手首を掻き切っていた。
 鮮血が手首から祠へと滴り落ちる。
 祠の物鳴りは、高倉の血が降り注ぐにつれて収まる気配をみせていた。
「どうか、目醒めて我ら冷泉一門に報復するなどと、お考えなさいますな……」
 高倉は、古びた祠を目を細めて見つめながら、物鳴りが途絶えるまで深紅の液体を流し続けた。


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.07.24 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。