ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 闇の獣は、美弥を神楽宮神社へと導いた。
 美弥は、神社の細い入口で自転車を降りた。
 大きな鳥居の先は、長い階段となっている。自転車では登れないのだ。
 獣は美弥を促すように四肢を律動的に動かして階段に飛び乗る。
 美弥は、臆した様子もなく少ない灯りに照らされた階段を登り始めた。
 薄闇の中にボウッと青白い炎が灯る。
 幾つもの鬼火が揺らめき、興味をそそられたように美弥の周囲を浮遊し始めた。
「……鬱陶しい鬼火ね。――紅(こう)」
 鬼火を畏れもせずに、美弥は無表情に呟いた。
 左の掌を上に向けると、瞬く間にそこから深紅の光が放出した。
 光の鳥が美弥の掌から出現し、宙へと羽ばたいたのだ。
 炎のような紅い鳥は、鬼火を威嚇するように一旋回し、美弥の肩の上に止まる。
 不思議なことに、それ以後、鬼火が美弥に接近することはなかった。

「一つ、人の心を持ちながら、人ならざる道を選び……二つ、二心双面なるは、我ら」

 一歩一歩階段を登りながら、美弥は謡を紡ぎ始めた。

「三つ、皆を殺めねば……四つ、黄泉路へ堕ちてゆく。五つ、忌まわしき鬼ゆえに……六つ、骸と化す運命。七つ、仲間の血を欲し、八つ、八つ裂くも我ら……。九つ、この手で九十九の同胞を――」

 時折、光の鳥の頭を撫でながら、美弥は一心に階段を登り続けた。

「十で、とうとう鬼姫甦る――」

 謡を紡ぎ終えた瞬間、唐突に階段が途切れた。代わりに、境内が姿を現す。
 美弥は足を止めて、四方に視線を巡らせた。
 既に神主は自宅へ引き上げてしまったのか、神社の社殿も境内も奇妙に静穏だ。しんとした寂冪に包まれている。
 ジャリッ……。
 玉砂利を踏み締める音が、微かに薄闇の中に響いた。
 黒い獣が嬉しげに跳躍する。着地した地点に人影が浮かび上がった。
 美弥はその人影を確認した。
 胸がキリキリと痛む。
「――由羅くん」
 呟いて、美弥は影に歩み寄った。
 近づくにつれ、影は徐々に輪郭を鮮明にしてゆく。
 視界に整った顔立ちの少年を認めた。
 少年――由羅は、沈黙を保ったまま美弥に無感情な眼差しを注いでいる。
 美弥は由羅の前までくると立ち止まり――微笑んだ。
「由羅くん。美弥を――殺すのね?」
 儚げな笑みを刻んだまま由羅を見上げる。
 由羅の首が縦に振られるのを見ても、美弥は驚かなかった。
 解っていたことだ。一年前からずっと。由羅が安芸と美弥の前から姿を消した、あの日から。
「美弥を殺すのね?」
 美弥の哀しげな呟きに、肩の上の鳥がキキーッと啼いた。
「ダメよ、紅。由羅くんを傷つけないで」
 あやすように鳥の頭を撫で、美弥は再び由羅に視線を据えた。
「美弥……由羅くんのことが好きなのよ。由羅くんが――好き。安芸くんよりも誰よりも」
 由羅の能面のような顔が僅かに揺らいだ。苦痛にも似た翳りが彼の顔に落ちる……。
「……知ってる」
 初めて、由羅が口を開く。
「美弥がボクのことを好きなのは知ってる。でも、ボクは――」
「由羅くんっ!」
 美弥は由羅の言葉を遮るように叫び、彼に抱き着いた。由羅の首に両手を回し、彼の唇に自分の唇を重ねる。
 由羅は美弥を拒むことはしなかった。ただ、何も映していないような空虚な眼差しで美弥を見下ろしている……。
「――解ってる……解ってるのっ!」
 美弥は唇を離し、由羅の冷たい頬に自分の頬を押しつけた。
「由羅くんの中で安芸くんが一番だってことは、解ってるのよ!」
 胸につかえた澱を吐き出すようにして、美弥は激白した。
 由羅の手がゆっくりと上がり、ひんやりとした指が美弥の頬を撫でる。
 頬と同じ冷たい指の感触に、美弥は顔を上げた。
 由羅の双眸が痛切な哀しみを湛えていた。
「でも、安芸は美弥を愛してる――」
「言わないでっ! 言わないでよ……」
「ボクが決して得ることのできないものを、美弥は持ってる」
 由羅の静かな言葉が美弥の耳に浸透する。
「それなら安芸くんは、美弥の手に入れられないものを持ってるのよっ!」
 美弥は、由羅の言葉を撥ね除けるような強い口調で言い放った。
 鋭い眼差しで正面から由羅を見据える。わなわなと震える唇を横に引いた。歪んだ笑みが口許に浮かぶ。
「戻ろうよ、由羅くん――帰ろうよ、ねっ?」
 美弥は由羅の腕を引いた。
 由羅が拒むようにゆっくりと首を横に振る。
「美弥と一緒に帰ろう。美弥と由羅くんと安芸くん――三人で帰ろう、冷泉に」
 美弥は縋るような気持ちで、由羅に熱い視線を注ぐ。
「……できないよ。僕はもう帰れない」
 由羅の口調は平淡なものだった。
「いやっ! 一緒に帰ろうよ、由羅くん! 美弥が一緒に謝ってあげる!」
 美弥は必死の形相で由羅に訴える。
「美弥が嵯峨くんに謝ってあげるっ!」
 叫びながら、美弥は泣いていた。両の瞳からとめどなく涙が零れ落ちる。
「公暁さんにも安芸くんにも謝ってあげるっ! どんな罰でも一緒に受けてあげる! だから、お願い……美弥と一緒に帰ろう――冷泉の家に」
 頬を伝う涙を由羅の冷たい指が拭った。
「それは無理なんだよ。ボクは絶対に赦されない。冷泉の血が流れてるなら解るだろ、美弥? 閻羅の姿を見てごらん――」
 由羅の視線が足許の獣に注がれる。美弥も釣られるように獣を見遣った。
 不吉な闇のような生き物――《神》であった名残りは最早銀の角だけ……。
「ボクの中の血は、もう半分以上黒く塗り替えられている。冷泉の血は殆ど流れていないんだよ。閻羅が美弥の紅のように輝くことは――二度とない」
「――――!」
 美弥は身を竦ませ、涙に濡れた瞳で愛する由羅を見つめた。
「由羅くん――」
 美弥の顔に初めて絶望の色が滲んだ。
 大切な少年が、堕天という業を背負ってしまったことを悟ったのだ。
 由羅は引き返すことのできない罪を犯した――
 愕然としながらも、美弥は由羅から視線を逸らさなかった。
 ――もう帰れない。
 楽しかった日々。
 由羅と安芸と自分――もう二度と幸せだった三人の時は戻らないのだ。
「美弥が死ぬことは――由羅くんの役に立つの?」
 美弥の問いに、由羅は無言で首肯した。
「そう。じゃあ、いいよ。美弥が由羅くんの罪を半分引き受ける。由羅くん一人だけを苦しめたりはしない。美弥が一緒に罰を受けてあげる。だから、由羅くん――」
 美弥は一旦言葉を切った。
 拒絶を受け付けない燃えるような眼差しで、彼を見つめる。
「美弥を殺して」
 フッと美弥の顔から厳しさが失せ、微笑がそれにとって変わる。
 華のように美しい微笑みだった。
「紅、美弥の中にお還り。美弥の裡に戻れば、紅は痛くないから――」
 美弥が静かに鳥に向けて手を差し出す。
 肩の上の鳥が哀しげに啼き、それでも従順に美弥の掌に舞い降りた。
 転瞬、スッとその深紅の姿が掌に吸い込まれ、消える……。
「美弥を殺して、由羅くん」
 繰り返される言葉に、由羅はそっと瞼を閉ざした。
「――閻羅」
 静かに獣に命令を下す。
 獣は一瞬逡巡したようだったが、もう一度由羅に名前を呼ばれると美弥に向かって飛びかかった。
「苦しませるな」
 由羅の声と同時に、美弥の胸に獣の牙が突き刺さった。
 美弥は寛容にそれを受け入れた。
 不思議と痛みははない。
 ただ、自分の心臓が獣の牙に締めつけられるのを朧に感じただけだ。
 すぐに鼓動が停止し、呼吸も途絶える。
 美弥の顔には、満足げな微笑みが刻まれたままだった……。


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2009.07.25 / Top↑
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