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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.07.25[09:33]
     *


 神楽宮の夜は深々と更けてゆく。
 武村一乃の家にも、夜は等しく静寂を振り撒いていた。
 志木柾士は風呂上がりの身体にパジャマを纏い、濡れた頭にバスタオルを乗せたまま客間のドアを開けた。
 二つの布団の間に置かれたスタンドの明かりが灯っている。
 薄明かりの中にはちゃんと人の気配があった。
「有馬くん?」
 呼びかけたが返事はなかった。
 武村家の客人――有馬美人は布団に転がったまま虚空を眺めていた。
 柾士は自分の布団に腰を下ろし、枕許の煙草を手に取った。火を点けてから、改めて美人に言葉をかける。
「有馬くん、何考えてるの?」
「――あ、志木さん……。すみません。鬼のことを考えてました」
 美人が柾士に視点を定め、苦笑を浮かべた。
 柾士に触発されたのか、煙草に手を伸ばす。優雅な動作で火を点け、煙を吐き出した。
「鬼のことばかり考えてはいけませんよね」
 たゆたう紫煙を見つめながら、美人は再び苦笑めいた笑みを貌に刻み込んだ。
「それなんだけどさ、この際、御方様に引き渡しちゃったら?」
 柾士は思い切って提案してみる。
 何も、美人が好んで鬼退治をする必要はないはずだ。
 神楽宮には『鎮守様』『御方様』と呼ばれる冷泉家が存在するのだ。美人の案じる《鬼》のことを嵯峨に告げれば、彼は『それは自分の仕事ですから』と快く引き受けるに違いない。
「それでもいいのですが……。一度、携わった事柄は最後まで見届けないと気が済まない性分で――今回もそうしますよ」
「うん。まあ……有馬くんがそう決めたのなら、オレが口を挟む余地はないけど」
 心配そうに美人を見遣る。だが、彼の顔には曖昧な微笑しか浮かんではいなかった。
「――結局、美弥の奴、来なかったな」
 柾士は話題を転換させ、壁時計に一瞥を与えた。
 もうすぐ午前零時半になろうとしている。
 やはり、あの少年の話は、美弥にとっては都合が悪いのだろうか?
 自然と唇から溜め息が滑り落ちた。
「誰なんですか?」
 美人が不思議そうに訊ねてくる。
「ああ、従妹だよ。隣に住んでるんだ。……おかしいな。今日、来ると思ったのに」
 柾士は首を捻りながら呟く。もう、こんな時間だから美弥が訪ねてくるはずもない。
 美弥の訪問を諦め、苦く微笑む。瞬間――
『由香里さん、どーしたの?』
 不意に、美弥の言葉が思い出された。
 同時に《彼女》の幻影が目の前に張りつく。

 白いワンピースを纏っている《彼女》
 腹部からは、真っ赤な血液が滴っていた。
 ――柾士。
 幻の《彼女》が笑う――白い微笑みだ。
《彼女》の手が自分の腹部に伸ばされる。《彼女》は両の手で己の腹を切り裂いた。
 血が飛び散り、臓器が崩れ落ちる腹から不気味な《何か》を取り出す。
 ――柾士、見て。あなたと私の……。
《彼女》は、両手に乗せたモノを柾士の方へ押し出した――胎児だった。
 血まみれの胎児が《彼女》の手の中でピクピクと蠢いている。
 柾士は声にならない悲鳴をあげた。
 腹から臓物を垂れ流し、胎児を突き出しながら《彼女》が迫ってくる。

「――志木さん?」
 突如として、幻覚は途切れた。
 目の前には何もない。
 美人が心配そうに自分を注視していた。
「大丈夫ですか?」
「あっ……うん。何でもない……」
 茫然と呟いた後、柾士はまじまじと美人の端麗な顔を見つめた。
 閃きのように、美人に《彼女》の話を聞いてほしい、という衝動に駆られたのだ。
 自分の犯した罪を聞いてもらいたかった。
 この美しい青年なら神のように自分の懺悔を聞いてくれるのではないか、と思ったのだ。
「あっ、あのね、有馬くん――」
 躊躇いがちに柾士は声をかけた。
「何ですか?」
「聞いてもらいたい話が――」
 意を決して口に出した言葉は、最後まで言い終えることはできなかった。
 ンニャン!
 いきなりユキが飛び起きたのだ。
 ユキは『開けろ』とばかりに客間のドアをカリカリと爪で引っ掻き始める。
「どうしたんだ、ユキ」
 柾士がユキを宥めようと手を伸ばした時、
 ――ピンポーン、ピンポーン。
 インターフォンが鳴り響いた。



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Category * 堕天の翼
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