ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 柾士は、冷泉家リビングのソファに身を落ち着けていた。
 向かいのソファには、テーブルを挟んで嵯峨と公暁が座している。
「僕が志木さんに全てを話すことに決めたのは、安芸があなたを気に入っているからです。……あなたなら、僕がこれから話すことを信じてくれると考えたからです」
 優雅に足を組み替えながら、嵯峨が話を切り出す。真摯な眼差しが柾士を射抜いていた。
 柾士は大きく息を呑み込んだ。嵯峨が重大な秘密を打ち明けようとしているのが解り、緊迫せずにはいられなかったのだ。自然と気が引き締まる。
「オ、オレ、嵯峨くんの話、真剣に聞くよ」
「ありがとうございます」
 柾士が力んで言うと、嵯峨は微かに笑った。
「さて、何から話しましょうか? そうですね、まずは一族のことから――」
 嵯峨の言葉に、柾士は身を乗り出すようにして大きく頷いた。
 嵯峨の話で、安芸や由羅――冷泉に纏わる謎が一気に解けそうな気がした。否が応にも興味心は募る。
「この世には、いつの時代にも、魔性の血を引く《魔族》と、それを狩るための力を神から与えられた――神の血を受け継ぐ《神族(しんぞく)》というものが存在しています」
 嵯峨が慎重に語り出す。
「魔族に――神族?」
「ええ。魔族というのは、古来より伝えられる鬼とか妖怪の類いだと思って下さい。人間を餌――糧としなければ生きられない、闇の世界の住人です。神族とは、神の系譜であり、魔族を打ち斃す破邪の能力を備えた一族のことです」
「へえ。――あっ、じゃあ、嵯峨くんたちはその神族なんだ!」
 柾士は神楽宮に伝わる冷泉家の神秘の力を思い出し、閃きのままに言葉を口にした。
「僕たち『冷泉』は、紛れもなく神族です」
 嵯峨が素直に肯定を示す。
「凄いな。神の末裔か」
 柾士は感嘆の声を洩らさずにはいられなかった。
 目の前に、貴き血と神聖な力を受け継ぐ人間が二人もいるのだ。
 神の血――人にして人に非ず。
 嵯峨や安芸、公暁に由羅――皆、何処か人間離れしているように感じられるのは、そのせいなのだろう。
「冷泉の御方様の伝承は、ただの伝説じゃなかったんだね。――あれ? じゃあ、御方様である嵯峨くんは、神族の中で一番偉い人なの?」
「いいえ。そうではないんですよ」
 薄笑みを浮かべながら嵯峨が首を横に振る。
「僕は――冷泉家は、この北の大地の神族を統括しているだけです。神の譜系の大黒柱は『榊』一族です。榊家の当主が《天主(てんしゅ)》と呼ばれる神族の長ですよ」
「へえ、そうなんだ。天主か……」
 目前の神秘的な少年をも凌駕する不可思議な存在が、この世にはいるらしい。
 ――有馬くんなら似合うかも。
 ふと、そんな考えが胸中に芽生えた。
 有馬美人は、冷泉一族と同じような特殊能力を持ち合わせている。もしかしたら美人も神族の一員なのかもしれない。
 だが、それについて模索する余裕はなかった。嵯峨が話を先に進めたのだ。
「とりあえず、この世には、人間を超えた種族――神族と魔族が存在するところまでは、理解していただけましたか?」
「うん。解ったよ。冷泉家は神族だから、不思議な力を持ってるんだよね?」
 柾士は嵯峨の話に意識を集中させようと、彼の美顔を強く見つめた。
 今は、美人のことを詮索している場合ではない。
「はい。……では、話を本題に移します。冷泉家には古くから、ある一つの仕来たりがあります。冷泉の直系は十五歳になると、分家である櫻町から《護り手》を一人選ばなければならないのです」
「――護り手?」
 柾士は『櫻町』という言葉に反応し、視線を公暁へと移した。
 その視線を承けて、公暁が話を引き継ぐ。
「ええ。私たち『櫻町』の役目は、『冷泉』の直系を護ることにあります。《護り手》は主人に忠実・従順であり、主人が危機に瀕した時にはその身を挺して主人を護らなければなりません。護り手とは、主人の影のような存在なのです。私は嵯峨様に選ばれ、嵯峨様の護り手となりました」
 公暁が嵯峨に視線を注ぐ。敬愛と信頼の相俟った視線。公暁が心から嵯峨を愛し、崇拝していることが窺えた。
「そう。僕は十五の時、公暁を選んだ。だけど、安芸は――選ばなかった」
「選ばなかった?」
 柾士は茫然と嵯峨の言葉を復誦する。
「いえ、選んだことには選んだのです。由羅以外の者を」
 嵯峨の双眸がスッと細められる。
「安芸は由羅を選ばなかった」
 厳しい口調で嵯峨は断言した。
「私と弟は、幼い頃より冷泉の本家に出入りしていました。嵯峨様や安芸様とは、兄弟同然に育ったと言っても過言ではありません」
 公暁の顔を苦悩の影がよぎる。
「安芸と由羅はとても仲が良かったのです。安芸は、兄の僕以上に由羅を慕っていました。ですから、僕も公暁も――他の一族の者も皆、安芸が《護り手》に由羅を選ぶものだと思っていました。多分、由羅自身が一番強くそう信じていたでしょう。だけど安芸は、彼を選ばなかった。その理由は……安芸があんな状態なので解りませんが――」
「安芸様に選ばれなかった――由羅にはそれが耐え難い屈辱だったのでしょう。自分が選ばれなかったことに憤りを感じ、更には安芸様に『裏切られた』と思ったのでしょう……。由羅は安芸様の選んだ《護り手》を殺害し、安芸様を拉致したのです。私共が追っ手をかけ、安芸様を発見した時には、安芸様の翼は無残に引き千切られていました」
 公暁が申し訳なさそうに項垂れる。
「――翼?」
 柾士は、安芸の背中の傷を思い出しながら訊ねた。
 あの白い背には、本当に翼があったというのだろうか?
 美人も『安芸には翼がない』と言っていた……。
「安芸の背には、確かに翼が生えていました。常人には視ることは不可能ですが、神力を持つ者は安芸の背に輝く光の翼を見出せるはずです。……由羅は、その翼を折ってしまったのですよ」
 嵯峨が淡々と述べる。
「由羅は安芸様を殺す気だったのです。まさか安芸様に手をかけるなんて――」
「公暁のせいじゃないよ」
 嵯峨が公暁を慰めるように彼の手をしっかりと握り締める。
「だけど、冷泉の直系に手を出した罪は一生涯消えることはない。罪を贖う術は、死のみ……。由羅は見つけ次第、この世から抹殺されます」
 嵯峨の唇が冷酷な言葉を平然と紡いだ。
「そんな、抹殺って――」
「櫻町が主人である冷泉に手をかけるなんて、赦されないことなのですよ、志木様」
 柾士の言葉を、公暁の弱々しい声が遮った。
「弟の処罰は正当なものです。同族殺しは、赦されざる罪です。由羅は既に血縁である櫻町の人間を一人殺していますし……。一年前のあの日――弟は追っ手を振り切って身を隠してしまいました。以来、消息は不明です」
「でも、嵯峨くんたちの追尾を振り切るのって、至難の業なんじゃない?」
 柾士には、神秘の力を秘めた幾人もの『冷泉』の追跡を振り切るなんて、到底不可能に感じられた。
「おそらく、魔族が手を貸しているのだと思います。もしかしたら、由羅は魔族そのものに転身しているのかもしれません」
 公暁が全身に苦悩を漂わせながら言葉を吐き出す。
「神族が魔族になることなんてできるの?」
 素朴な疑問を柾士は口にした。
「できますよ」
 それに対して、嵯峨が素早く返答する。
「魔族から神族なることは無理ですが、その逆――神族から魔族に堕ちることは可能です。魔族の餌は人間だと言いましたね? 奴らが最も好むのは、実は神族の肉体なんです。厄介なことに奴らは吸血性を備えていましてね、魔族に血を吸われると病みつきになるんですよ。身体が勝手に魔族を求め始めるようになります。大抵の魔族は、好物である神族の血を吸い尽くして殺してしまいます。ですが、稀に餌を気に入って仲間に引き込むことがあるんです。相手の血を啜り、相手に自分の魔性の血を与える。それを神の血が絶えるまで繰り返す――そうすると、新たな魔族の出来上がりです」
「由羅くんが魔族になってるかもしれない、と……?」
 柾士は由羅の姿を脳裏に思い描いた。
 青ざめた顔をした幽鬼のような少年。その傍に従う闇の獣。
 どちらも不吉だが、何処かに神々しさを漂わせていた。
 柾士が目にした時には、確かに神の片鱗はあった。
 だが、今現在、由羅がどうなっているのか柾士には想像もつかない。
「そうなっていても、いなくても、由羅を狩らなければなりません」
 柾士の懸念を嵯峨の冷徹な言葉が撥ね除ける。
「……とにかく、由羅は安芸の殺害に失敗し、逃亡。安芸は由羅に殺されかけた衝撃に耐え切れず、心を閉ざしてしまったという訳です。――明日は、安芸の十六歳の誕生日。安芸は、新たな《護り手》を選ばなければなりません」
「由羅は、安芸様を殺しにやってくるでしょう。安芸様に誰も選ばせないために――」
 公暁の双眸が昏く沈み込む。
 柾士は、明かされた事実の陰惨さに言葉もなく押し黙っていた。
 夜の闇の中、冷泉の森を殺意を秘めた眼差しで睨んでいた由羅。
 あれは、安芸に向けられたものだったのだ。
 自分を選ばなかった安芸を今もまだ赦せずにいるのだ、彼は――
『ゆら、すき』
 安芸の言葉が脳裏に鮮やかに甦る。
 安芸の心の傷――
 信じ、愛していた者に裏切られた事実。
 柾士には、安芸の姿が自分の姿と重なって見えた……。


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2009.07.26 / Top↑
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