ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 和泉高倉に案内されて、青年――有馬美人は、神楽宮神社の社殿に足を踏み入れた。
「実のところ、この神社には正しい意味での『御神体』は存在していないのですよ」
 祭壇から白木の箱を下ろしながら、高倉は言い難そうに真相を告白する。
「御神体がない?」
 美人は、解せない様子で目前の床に差し出された木箱を見つめた。
「それでは、この神社は何のために……?」
「鬼神様を封印するためです。ここは、封処として時の御方様に建てられたのです」
「その『鬼神』の正体というのは?」
「華瑤鬼(かようき)です」
 高倉は即答した。
 美人が一瞬思案するように沈黙し、軽く眉根を寄せる。
「華瑤鬼――四百年ほど前の魔王の妻・華瑤鬼妃のことですね?」
 美人の問いに、高倉は首肯した。
「そうです。我らが神族の宿敵――魔族の頂点に立つ魔王の妃です。残虐で美しい、血に飢えた魔性がここには封じられています。――約四百年前、華瑤鬼妃はこの北の大地の神族を根絶やしにしようと目論み、冷泉に挑んできました。それを時の御方様が迎え撃ったのです。しかし、完全に華瑤鬼妃を滅ぼすことはできませんでした。華瑤鬼の肉体は滅びましたが、魂は消滅しなかったのです。……それで、御方様は華瑤鬼の魂魄をここに封印し、『何人も近寄らないように』と表向きは神社にしたのですよ。神主の役目は、華瑤鬼妃を眠りに就かせておくことです」
 高倉は説明しながら、白木の箱にかかる紫の紐を解いた。
「華瑤鬼ですか……厄介ですね。鬼火の原因は彼女なんですね?」
「はい。華瑤鬼が眠りから醒めようとしている前兆です。これをご覧下さい」
 高倉は木箱の蓋を開けた。
 血の色をした玉が、ビッシリと詰まっている。
 その中の一つだけが黒く光り、赤玉の中で異彩を放っていた。
「神統冷泉、己が手で己が血を九十九流す時、我は甦るだろう――これは華瑤鬼のかけた呪いなのです。肉体が滅びる直前、華瑤鬼の身体から血が飛び散り、九十九の黒玉に変化しました。冷泉の血を引く者が同じ冷泉を九十九人殺した時に、華瑤鬼はその言葉通りこの世に甦るのです」
 高倉は一度言葉を切り、唯一の黒玉を手に取った。
「一年ほど前から、急激に赤玉の数が増えだしました。……誰かが華瑤鬼の封印を解こうとしているのです。昨日までは、赤玉は九十七個だったのです。それが、今日確認してみると一つ増えていました。昨夜、武村の美弥ちゃんが行方不明になった、と……。おそらく既に――」
 高倉は口ごもり、美人は秀麗な顔を顰めた。
「彼女も冷泉の血を?」
「ええ。あそこは一乃さんの代から冷泉――というか、櫻町本家の流れを汲んでいます。だから、血は意外と濃いはずですよ」
「一乃さんの代から――?」
 美人は軽く目を瞠った。
 ――志木さんも冷泉の血を引いているのか。
 初めて逢った時から、感受性の強い人間だとは思っていたが、まさか『冷泉』の血を引いているとは……。
 柾士本人はきっと知らないのだろう。自分の裡に眠る神の力を――
「あと一つ……」
 沈み込んだ高倉の呟きが、美人の意識を現実へと引き戻した。
「あと一つで華瑤鬼の呪いが成就してしまう。ここ数日で二つも赤玉に変わるなんて……。我が冷泉一族の誰かが、故意に華瑤鬼の呪縛を解こうとしているとしか思えん」
 高倉は、悲愴な面持ちで唯一残された黒玉をじっと見つめている。
 美人も艶やかな漆黒の玉に視線を注いだ。
 櫻町由羅。
 由羅が暗躍しているのは、魔族の手先となり、華瑤鬼を復活させるためだ。『冷泉』の血を引く彼なら、華瑤鬼の呪いを成就することが可能なのだから……。
「――ところで、高倉さん」
 美人は、全ての感情を包み隠した冷ややかな眼差しで怯える神主を見遣った。
「玉のことは、御方様に報告したのですか?」
「い、いえ……。嵯峨にはまだ……」
 高倉は面目なさそうに口の中でもごもごと呟く。
 自分が神主の代に華瑤鬼の封印が解けるなど、高倉にとっては不名誉極まりない事態なのだろう。
 それに、黒玉が一個となった今になって嵯峨に告げれば、報告の遅滞を咎められることは避けられない。
「まあ……それでもいいでしょう」
 ほんの少しばかり高倉を気の毒に思いながら、美人は立ち上がった。
 鬼神の正体は判明したのだ。
 もう神楽宮神社に用はない。
 立ち去る寸前、美人は、申し訳なさそうに俯く高倉に今一度視線を降下させた。
「万が一、封印が解けた時には、嵯峨が再び華瑤鬼を封じればよいことです。それが『御方様』の役目ですからね」
 美しい顔には含んだ微笑が閃いていた――


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.26 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。