ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜の帳が、ひっそりと神楽宮を包み込んでいる。
 闇が静寂と共謀して、陰鬱な気配を創り出していた。
 それは、武村一乃の家にも当然のように足を伸ばしていた。
 家主・一乃と、その孫である志木柾士。そして、武村家の客人である有馬美人の三人は、居間で食後のお茶を飲んでいた。
 どの顔も冴えない。
 美弥の行方が依然として掴めないせいである。
「……美弥……ああ、御方様の血が……」
 漂う沈黙を払拭するように、一乃が湯飲みに視線を落としたまま独りごちた。
「えっ? 何、おばーちゃん?」
 柾士は首を傾げ、不思議そうに問い掛ける。
「美弥は――」
「美弥がどうしたの?」
「……美弥を早よう見つけんと……御方様に申し訳が立たなくてのう。御方様から賜った貴き血を絶やすのは、罰当たりなことじゃ」
 そう言って、一乃は玉露を啜った。
 柾士は呆気に取られ、言葉を失った。
 一乃の言葉の意味が全く解せなかったのだ。昨日のユキの話といい、一乃の言動は時として不可解だ。
「おばーちゃん、それって――」
「美弥には冷泉様の血が流れておる。わしにも、おまえにもじゃ、柾士」
「ええっ? ――って、そ、そんな……急に言われても……」
 柾士は動揺も露わに、一乃や美人に忙しく視線を移ろわせた。
 美人は、ただ黙って柾士を見つめている。まるで、そのことを予め知っていたかのように静穏だった。
「それって、どういうこと?」
 柾士は一乃に視線を戻した。
 そんなことは初耳だ。
「冷泉様のお家は、血を濃くするために血族結婚を繰り返しておる。それにも限界があってな、時折、外の血を取り入れておるのじゃ」
 一乃は至って冷静に言葉を紡いでいる。
 血族結婚の話は、公暁から聞いて知っていた。
 だが、それが、どう自分に関わってくるというのだろうか?
「わしの母は、時の櫻町家の御当主様に見初められたのじゃよ。母は……櫻町様のお妾さんだったのじゃ。そうして、わしが生まれ、わしが生んだ勝彦からは美弥、弥生からは柾士――おまえが生まれたというわけじゃ」
 櫻町の血――それは、冷泉の血が流れていることを示している。
「わしの父――櫻町様は、当時の御方様の弟君じゃった。だから、冷泉本家の血は濃い」
「ちょっ、ちょっと、待って――!」
 柾士は突然知らされた事実に戸惑い、無意味に両手を激しく振った。
 だが一乃は、柾士の狼狽を気にもせずに話を続けるのだ。
「解りやすく言うとな、おまえと公暁様の曾祖父様は同じということじゃ」
「――――」
 淡々と述べる一乃に対して、柾士は大きく目を見開いた。
 自分の裡に、公暁や由羅――ひいては嵯峨や安芸と同じ血が流れているとは、俄に信じがたかった。
 自分には彼らのような神秘の力はない。
「櫻町様から頂いた冷泉様の血が、おまえにも流れておる」
『事実を認めろ』といわんばかりに、一乃がしっかりとした口調で告げる。
「そ、それは解ったけど、何で今頃――」
 柾士は、高鳴る心臓を抑えるように片手を胸に当てた。自然と指先に力が入る。
「おまえの母は、神楽宮――冷泉様の御威光が残る古き土地を嫌っておった。だから、結婚という手段で神楽宮を飛び出したのじゃよ。弥生がおまえに冷泉様のことを伝えなかったのは、この地に縛られたくなかったからじゃろう。だが、おまえはここへ戻ってきた。全ては、冷泉様のお導きじゃ――」
 一乃は一息に語り、また玉露を口に含んだ。
 柾士は、胸に得体の知れぬ重圧を感じ、大きく息を吸い込んだ。
 冷泉の血が流れている。
 だから、自分には安芸の幻影が視えたのだろう。
 そして、安芸も嵯峨も公暁も、自分の中に眠る『同じ血』の存在に気付いていたのだ。
 ゆえに、安芸は自分になつき、嵯峨と公暁は一族について語ってくれたに違いない。
 ……今なら、納得できる。
 何故、自分はこの神楽宮へ舞い戻って来たのだろうか?
《彼女》のことも、自分をここへと導く一つの通過点だったのだろうか?
 冷泉の血が、この地に自分を呼び寄せた。
 それならば、自分には何か成すべきことがあるはずなのだ。

 だが、一体何のために?

「おまえには、冷泉様の《神の血》が流れておる。《神の力》も――」
 一乃が穏やかに告げる。
「……うん。解ったよ。でも――」
 柾士は一つ頷き、立ち上がった。
 胸の奥から悲しみと恨みがせり上がってくる。
 悲しみは《彼女》のため。
 恨みは、自分自身の非力さゆえ。
 沸々と怒りが渦を巻き、自分を取り込む。
 誰に対しての怒りなのかは、漠然としていて解らない。ただ、沸き上がった憤怒を抑えることはできなかった。
「でも……オレには《神の力》なんてないっ!」
 激しい怒声を響かせて、柾士は皆に背を向けた。
「――志木さん!」
 美人の心配そうな声が追ってくる。
 だが、振り返ることはしなかった。
 柾士は、逃げ出すようにして客間へと駆け込んだ。
「神の力なんて……神秘の力なんて――」
 既に敷かれている布団に潜り込み、身を丸める。
「奇蹟なんて起こらないし……信じない!」
 頭までスッポリと毛布にくるまりながら、柾士は嗚咽した。



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2009.07.26 / Top↑
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