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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.26[22:59]
四.須玖里家



 夜が深まるにつれて、村は静寂の海に呑まれてゆく。
 蕪木莉緒は、二階にある自室の窓から闇に覆われた村を眺めていた。
 暗闇の中に、街灯の光と民家から洩れる明かりがポツポツと浮かび上がっている。
 疎らな人家の照明は、夜の闇に塗りつぶされるようにして徐々に姿を消していた。
 光点が一つ消失するごとに、村は寂寞としてゆく。
 既にお馴染みとなった村の夜景を見つめ、莉緒は小さな溜息を落とした。
 世界を包む静けさに反発するように、時を刻む秒針の音だけがやけにはっきりと響いている。
 ふと壁にかけた時計に視線を投げると、文字盤はちょうど午前零時を示していた。
 窓外に視線を戻す。
 中天近くに浮かぶ月に自然と目が行った。
 月は仄かに紅く色づいている。
 だが、夕方目にした時のような禍々しさはない。
 あの時、『鮮血のようで怖い』と怯えた自分が何だか急に馬鹿らしく思えてきた。
「さてと、どうしたものかしらね」
 もう一度溜息をつき、莉緒は手元に視線を落とした。
 片手に握っているのは、神栖玲に押しつけられた一枚の紙だ。
 ジーンズのポケットから取り出したものの、莉緒は折り畳まれた紙を中々開けずにいた。
 エキセントリックな玲の考えることは解らない。
 この紙を初対面の莉緒に授けたことも不思議だが、それ以上の謎が紙面には描かれているような気がしてならない。玲から渡されたというだけで、突拍子もないことが記されているに違いない、という奇妙な先入観もあった。
 しかし、いつまでも開かないわけにはいかない。
 玲は見てほしいからこれを託したのだろうし、莉緒にも人並みの好奇心はある。
「ラブレターじゃないことだけは確かね」
 苦笑混じりに呟き、莉緒は意を決して紙を開いた。
 紙面にザッと目を通す。
「何よ、これ」
 視線を紙面に据えたまま、莉緒はあんぐりと口を開けた。
 神栖玲から受け取ったものは、やはり不可解としか言い様がない代物だった。
 紙面をびっしりと埋め尽くしているのは、須玖里家の家系図――要から遡ること七代前の人名まで明記されている。
 紙が変色していないことから、ごく最近記されたものであることが窺える。玲が作成したのだろう。
 そこまでは解るが、なぜ彼がそれを莉緒に差し出したのかは依然として不明である。
「あっ、アサの名前がある。ってことは、江戸末期からの家系図なのね。凄いというか、こんなに綿密に調べて何をしたかったのかしら、神栖くんは……?」
 須玖里家の系図を半ば睨むように眺めながら、莉緒は首を捻った。
 紙面上方には、『須玖里アサ』という名がしっかりと記されている。
 名前の横には養子という文字が書き加えられているが、彼の生没年は明示されていなかった。アサが緋月村にやってきたのは遙か昔のことであり、玲にもそこまで調べることは不可能だったのだろう。
 それに、大量殺人鬼であるアサは村にとって忌むべき存在だ。 彼について記述された文献などは、故意に抹消されているということも有り得る。
「アサが養子に迎え入れられてからの家系図か。何の意味があるのかしらね」
 しばしの間、須玖里家の家系図と睨めっこする。
 そして、ようやく気がついた。
「あっ……!」
 思わず小さな叫びが口から洩れる。
 家系図に奇妙な点を発見したのだ。
 随所に『須玖里要』という名前が記されている。
 同級生である須玖里要を含め、同じ名を持つ人物が二十人近くも存在しているのである。
 あまりにも『要』が多すぎる。
 須玖里家は多産家系なのか、要の前の代までは常に五人から十人の子供を授かっている。その代々の直系子孫の中に、必ず一人から二人『要』という人物が存在しているのだ。
 三代前には、十二人の子供のうち四人までもが『要』と命名されている有り様だ。
 そして全ての『要』に共通していることは、みな短命だということだ。
 生没年を見る限り、全ての『要』が三十歳を迎える前に死亡しているのである。
 莉緒の同級生である要の父親には、兄弟が六人いる。内、次男と三女に『要』という名前が与えられていた。
 次男は十八年前に二十歳で没し、三女は五年前に二十五歳で亡くなっている。
 三女の『要』に注目し、莉緒は唇を引き結んだ。
 五年前――神栖玲が実母を殺害したとされる年に、彼女は命を落としている。
 ――ああ、この人が五年前に亡くなったという要くんの叔母さんなのね。
 その事実に思い至った途端、莉緒は戦慄を感じた。
 全身が緊張に縛られる。
「嫌だ、気味が悪い」
 鼓動が次第に速まってゆく。
 莉緒は恐怖に引きつった顔で家系図を見下ろした。
『このまま村にいれば、要はいずれ殺される』
『五年前、要の叔母さんが亡くなった。次は要の番だ』
 神栖玲の不可思議な言葉が耳の奥で谺する。
 玲は要が殺されると断言した。
 次に殺されるのは要だと危惧していた。
「要って――殺されるために生まれてきたの?」
 玲の口振りから察するに、『要』と名付けられた人物は皆、殺害されているのだろう。
 自殺や病気や事故でもなく、何らかの方法で殺されたのだ。生命を強奪されてきたのだ。
「アサが村にやって来てから、要という名前に何か特別な意味ができたの? どうして、こんなに多くの要がいるのよ?」
 疑問ばかりが溢れてくる。
 莉緒は震える手で家系図を握り締めると、やにわに部屋を飛び出した。
 要が殺されなければならない理由を知りたい。
 自分はそれを解明しなければならないのだ、という使命感のようなものが莉緒の胸には芽生え始めていた。


     *



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