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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.27[21:44]
     *


 ――トゥルルルル……トゥルルルル……。
 電話の呼び出し音が、鳴り響いている。
 ――トゥルルルル……トゥルルルル……。
「ハイハイ。今、出ますよ」
 急かすような電子音に、柾士は電話へと駆け寄った。
「はい、武村です」
『もしもし、櫻町と申しますが、志木さ――』
「あれ、公暁さん? オレ、柾士だけど」
 柾士は受話器から聞こえてきた声を遮るようにして、驚きの声をあげた。電話の相手が櫻町公暁だということが、意外だったのだ。
『ああ、志木様でしたか……』
「どうしたの?」
『あの……安芸様、そちらにはお邪魔していませんよね?』
「安芸くん? 来てないけど?」
『そうですか……。申し訳ありませんが、今からこちらへ来て頂けませんか?』
 溜め息混じりの公暁の声。
 柾士は急に訪れた不安に顔をしかめた。
「何かあったの?」
『実は、安芸様がいなくなられたのですよ』
「――安芸くんが?」
『はい。一通り捜してみたのですが、何処にもいらっしゃらないのです。それで嵯峨様が、志木様に来て頂きたい、と――』
「嵯峨くんが、オレに?」
 柾士は面食らったように目を丸めた。
 嵯峨が自分に何を期待しているのか知らないが、自分が役に立つとは到底思えない……。
『ええ。安芸様はおそらく――由羅に呼び出されたのだと思います。事は、安芸様のお生命に関わります。……どうか、こちらへ来て頂けませんか? お願い致します』
 電話越しでも律儀に頭を下げる公暁の姿が目に浮かんだ。
 柾士は一瞬思案し――
「解った」
 短く答えた。
 ――安芸の生命に関わる。
 その一言が胸を打ったのだ。
 自分に何ができるか解らないが、嵯峨や公暁の期待に応えたかった。それに、不思議と安芸が自分を呼んでいるような気がした――
『ありがとうございます』
「すぐ行くよ、公暁さん」
 力強く言葉を返して、受話器を置く。
 ブルゾンを取りに行こうと、クルリとを身を反転させる。転瞬――
「行くんですか?」
 不意に有馬美人に声をかけられて、柾士はドキッとした。
 いつからそこにいたのか、美人が反対側の壁に背を凭せかけ、腕組みをしながらじっと柾士を見つめていたのだ。
 怜悧な眼差しが柾士を射抜いている。
「……有馬くん」
 何もかも見透かしているような美人の眼差しに、柾士は僅かにたじろいだ。
 冷たく、凍て付いた双眸。
 戦慄が背筋を駆け抜ける。
 目に見えぬ威圧感が柾士を圧していた。
 それは、美人の全身から放たれている凄まじい気迫――
 常人を凌駕する清冽な《氣》が美人の全身を取り巻いていた。
 柾士は無意識に首を縮めていた。
 美人を『怖い』と思ったのは、これが初めてだ……。
「行くんですか?」
 美人がゆっくりと繰り返す。
 柾士は歯で下唇を噛み締めながら頷いた。
「オレは――」
 結んだ唇を解いて、美人の眼力を跳ね返すように正面から彼を見据える。
「オレは由香里を救うことができなかった。だから、今度は――どうしても……どうしても安芸くんを助けたいんだ」
 正直な気持ちを吐き出す。
 美人の冷ややかな黒曜石の瞳は、相変わらず柾士の心に鋭く突き刺さっている。
「と、止めてもムダだからね、有馬くん!」
 闇雲に柾士は叫んだ。
 美人から目を逸らせず、彼の前から動くこともできずに、焦慮が募った結果だった。
「誰が――止めるなんて言いました?」
 フッと美人の目が和らぐ。
「僕もご一緒させて下さい」
「――えっ?」
 柾士は軽く目を瞠った。予想外の言葉だった。
 ポカンと口を開けた柾士を見て、美人が可笑しそうに笑う。
「僕は役に立ちますよ」
 組んでいた腕が解け、左手の甲が柾士に向かって緩やかに振られる。中指に、ヘマタイトを嵌め込んだ銀細工の指輪が煌めいていた。
「僕の仕事は鬼退治です。それは、志木さんがよく知っているでしょう?」
 美人にニッコリ微笑まれて、柾士は半ば唖然とした状態のまま頷いた。
 美人が不可思議な力の持ち主だということを、今更のように思い出したのだ。彼が協力してくれるのは、頼もしいことだった。
 美人は微笑んだまま身を翻し、客間に滑り込んだ。
 戻ってきた時には、自分のロングコートと柾士のブルゾンを片手にかけていた。
「では、行きましょうか」
 柾士に歩み寄り、ブルゾンを手渡してから美人は悠然と微笑む。
「オレは……君を巻き込んでしまったのかな?」
 急に不安になって、柾士は美人の整った顔を覗き込んだ。
「好きで巻き込まれただけです。それに――僕の追う鬼も、志木さんの行く先にいると思いますよ」
 美人は微塵も動じていないように淡々と述べる。
 全てを見極めているような口振りに、柾士は勇気づけられたような気がした。
「ありがとう、有馬く――」
 ンニャン!
 心からの感謝の言葉を掛けようとした柾士の足に、勢いよく白い物体が飛びついてきた。
「わっ! ユキッ?」
 慌てて、足に爪を立てる小さな猫を引き剥がす。
 ニャン、ニャン!
 だが、ユキはしつこく縋りついてくるのだ。
「な、何だよ、ユキッ? 痛いってっ――!」
 柾士の非難を歯牙にもかけず、ユキは爪を立てて柾士の身体をよじ登り、遂にはその肩に乗り上がった。
「ユキッ!」
 柾士は白い猫をジロリと睨んだ。
 ンニャン!
 ユキは柾士を一瞥し、満足げに長い尻尾を振った。
 柾士の頬を柔らかい尾が打つ。
 ――今、笑った?
 柾士はマジマジとユキを見返した。猫がニヤッと笑ったように見えたのだ。『錯覚だ』と思いながら目をしばたたかせる。
「連れていってほしいのですよ」
 美人がユキの喉元を指でくすぐりながら告げる。
 ユキは『その通りだ』というように、嬉しげにゴロゴロと喉を鳴らした。
「きっと、この子も役に立ちますよ」
 美人の言葉に、柾士は疑わしげな眼差しをユキに向けた。だが、子猫は素知らぬ顔で美人に甘えている……。
「君は、何でも知っているんだね」
 多少の揶揄を込めた言葉と眼差しを美人に投げる。
「何でも――は無理ですけれど、大抵のことなら解りますよ。それよりも、急いでいるんでしょう、志木さん? 早く行きましょう」
 美人からは、謎めいた微笑みが返ってきただけだった。
 柾士は、内心『腑に落ちないなぁ』と思ったが、それ以上は何も言わずにユキを連れて家を出た。
 夜の冷気が漂う中、二人と一匹は、一路冷泉家を目指した。


     *



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Category * 堕天の翼
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