ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 木々の梢が騒めいている。
 薄暗い闇の中に、ザワザワと葉の擦れる音が不気味に響いていた。
 ジャリ……ジャリ……。
 冷泉安芸は、裸足のまま玉砂利を踏み締めた――神楽宮神社の境内である。
 玉砂利から石畳に歩を移し、社殿の正面まで来て、安芸は足を止めた。
 社殿にはまだ叔父の和泉高倉がいるのか明かりが灯っている。だが、高倉が安芸の気配に気づいて、出て来る様子はなかった……。
 社殿から洩れる仄かな明かりが、安芸の横顔を不吉に照らし出す。
 ユラユラと目の前を青白い炎が通り過ぎた。
 鬼火だ。
 安芸の視線が怪火の後を追う。
 境内の隅にある小さな石造りの祠の周囲に、青く揺らめく鬼火が群れていた。
 怯えや恐れはなかった。
 ――あんなものは怖くなどない。
 安芸は興味を失ったように鬼火から視線を外した。
 虚ろな眼差しが、夜の境内を彷徨う。
「――――?」
 僅かに顔を強張らせて、安芸は視線を固定させた。
 十メートルほど離れた地点だけ闇が濃かった。
 目を凝らすと、闇は何かの姿を象った。
 細長い人の影と、傍に寄り添う巨大な塊――
 その姿は次第に輪郭を明らかにし、夜目にもはっきりと見て取ることができた。
 黒い塊は、堂々とした体躯の獣の姿となった。長い体毛が炎のように揺れ、赤い双眼がじっと安芸に据えられている。
「……えん……ら」
 安芸の唇が言葉を紡ぐ。呼応するように、獣の銀の角が月光を受けてキラリと光った。
 安芸は身体ごとそちらに向き直り、もう一つの影を見つめた。
 少年の姿が闇に浮かび上がっている。
 彼の姿を見極めた瞬間、安芸は胸の奥から懐古と寂寥がわき上がってくるのを感じた。
「――ゆら」
 安芸は彼の名を呼んだ。
 少年――由羅が軽く頷く。
 彼は眩しそうに安芸を見つめた後、ゆっくりと歩き出した。獣がその横に付き従う。
 由羅の視線は真っ直ぐ――安芸だけに定められている。
 彼が自分に歩み寄るのを、安芸は無言で見守っていた。
「おまえは、まだ殻に閉じ籠もったままなんだな」
 由羅の手が安芸の頬に伸ばされる。
「ボクが傷つけた時のままだ……。でも、ボクは――安芸を殺すよ」
 胸の奥につかえるものを吐き出すような由羅の声。
 引きつった笑みがそれに続いた。
「ボクは、おまえに誰も選ばせやしない。一年前、ボクを選ばなかったおまえの罪だよ」
「……ゆら」
 安芸は弱々しく首を横に振った。瞳は哀しみに満ちている。
「ボクを哀れに思うなら――ボクに殺されるか、ボクを殺すかにしなよ」
 由羅の両手が安芸の首に回される。
「一年前、おまえはボクを殺せなかった。でも、今ならできるだろ? ボクを殺しなよ」
 安芸を誘うように続けられる由羅の言葉。
「早く自分を取り戻し、《流星華(るせいか)》を出現させてみなよ? 流星華でボクの心臓を切り裂いてごらん、安芸」
 静かな口調で語りながら、由羅は安芸の首にかけた手にグッと力を込めた。
「――ゆ……らっ……」
 安芸は締めつけられる喉の痛みに眉根を寄せた。
 無意識に両手が由羅の腕にかけられる。
 由羅の全身から紛うことなき殺意が発せられているのを感じて、哀しくなった。
 双眸から涙が溢れ出す。
 一年前、彼に殺されかけ、今もまた彼に殺されようとしている。
 それでも、まだ――彼が愛しい。
 安芸は瞼を閉ざした。
 ――僕の裡に眠る者……。
 己の心に呼びかける。
 ――僕の裡に眠る《神の血》……未だ僕にその力があるのならば、僕に巣くう闇を払拭し、姿を現すがいい。
 安芸は祈るような気持ちで、自分の中に潜む『もう一人の自分』に呼びかけ続ける。
 ――僕は、もう逃げない。
「早く出ておいでよ、安芸」
 由羅の指が喉に強く食い込んでくる。
 安芸は顔をのけ反らせて夜空を見上げた。
 乳白色に輝く月が、安芸を見ていた。
 安芸は目を見開き、喉の痛みに耐えるように月を睨めつけた。
 胸中で強く念じる。
 ――目醒めよ。


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2009.07.27 / Top↑
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