ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――天主。有馬くんが……!?」
 柾士は軽い眩暈を覚えながら言葉を繰り返した。畏敬の念を込めて美人を見遣る。
 神の末裔――その長。
 数日共に過ごした相手が、その偉大なる存在だというのだ。驚くな、と言う方が無理だ。
「榊家の双子が姿を消してから――あなたが天主の座を継いだはずです。どうして『榊』と名乗らなかったのですか?」
 愕然とする柾士を余所に、嵯峨が先刻の質問を繰り返す。
 美人の顔が柾士へ向けられた。
「『有馬』は、僕が天主になる前までの姓です。決して、志木さんを騙すつもりはなかったのです。それに本来ならば、僕は真の天主が榊家に戻るまでの代理――繋ぎなのです。天主の長期不在でいつの間にか僕が天主のようになってしまいましたが、誰よりも僕自身が己を《天主》とは認めていないのです」
「いい加減、認めて下さいよ。榊の双子は――還ってはきません。僕たちはとても大切な存在を失ったのです。その喪失感と大きな穴を埋められるのは、あなたしかいませんよ」
 嵯峨の真摯な眼差しが美人を射る。
 それを承けて、美人はゆるやかにかぶりを振った。
「僕は天主の器ではありません。それに、双子はいつか必ず還ってきます。だから、僕は自分が天主であることに納得していませんし、認めてもいません。認めることは――僕だけが生き残った、という事実を肯定することになります。……ですから、極力榊の姓は名乗りません」
 心から申し訳なさそうに、美人が告げる。
「それに何より、あなたの前では天主の『榊美人』ではなく、ただの一人の人間『有馬美人』でいたかっのです」
 初めて逢った時と同じ物憂げな瞳が、柾士だけを映し出していた。
 きっと美人は、一族の誰からも崇められ傅かれる《天主》としてではなく、ごく普通の人間として対等に柾士と接したかったのだろう。そして柾士にも、同じように接してほしかったに違いないのだ。
 柾士は我知らず微笑んでいた。
 美人が自分に対して、それほどの好意を抱いてくれている事実が素直に嬉しかった。柾士も美人に対して、同等――いや、それ以上の好意を抱いているのだから。
「有馬くんは、有馬くんだよ」
 柾士は不安そうに自分を見つめている美人に向けて、今度はしっかりと微笑んだ。
「志木さん」
 美人が嬉しげに柾士を見上げる。
「まっ、有馬くんはオレに嘘を吐いたことになるかもしれないけど、オレはオレで有馬くんにたくさん無礼な振る舞いしちゃったからね――あいこでしょ?」
 柾士は、悪戯っぽく瞳を輝かせながらニッと笑った。
「僕はそんなことは少しも……いえ、そうですね。おあいこにしましょう」
 美人は最初躊躇ったように口ごもったが、すぐに柾士に釣られるようにして微笑んだ。
「まったく、二人とも何しにきたんだか……」
 和やかに微笑み合う二人を見て、嵯峨が肩を聳やかす。
「ですが、美人様にも安芸様の捜索を手伝っていただけるではありませんか」
 公暁が呆れている主人の心を宥めるように口添えする。
 刹那、『安芸』という名前が柾士の心に鋭く突き刺さった。
 危うく本来の目的を忘れそうになっていた自分に気づき、ハッと我に返る。
「あっ、そうだった! 安芸くんがいなくなったって――」
 柾士は慌てて嵯峨に視点を移動させた。
「気配が全然掴めないんです」
 曇った表情で応じる嵯峨。声音は如何にも不服げだった。
 強大な神力を有するはずの嵯峨が、弟である安芸の気配を掴めない――何者かが意図的に妨害しているとしか思えない。
「安芸の居場所なら見当がついてます」
 美人が静かに告げる。
 瞬時、皆の視線が一斉に美人に集中した。
「きっと神楽宮神社にいますよ」
「――どうしてです?」
 嵯峨が解せないように首を傾ぐ。
「その様子では、高倉さんは本当に何も伝えなかったようですね」
「高倉叔父さん?」
 嵯峨の顔が更に訝しむようにしかめられる。
「由羅は魔族と結託して、華瑤鬼(かようき)を復活させようとしています」
「華瑤鬼……!」
 鋭い嵯峨の声。彼の両眼に強い光が宿った。
 一人の少年から『御方様』へと変貌する瞬間だったのかもしれない。彼の端整な顔には、仮面のような無表情が張り付いていた。
「華瑤鬼妃ですか……?」
 歯切れ悪く呟いたのは、公暁だ。
 柾士には『華瑤鬼』が何のことであるのか全く理解できない。
 ただ、皆の様子から事が深刻であることだけは窺えた。
「華瑤鬼、ね……。解りました。すぐに神社へ行きます。華瑤鬼の始末は、御方様である僕の役目ですからね」
 嵯峨の美貌に薄い笑みが刻み込まれる。美しいが凄絶で、底知れない畏怖を他人に与えるよえな微笑みだった。
 嵯峨が無言で身を翻し、靴のまま邸内へ戻ってゆく。
「嵯峨様!」
 公暁が素早く後に従った。
「僕たちも行きましょう、志木さん。安芸を助けたいのでしょう? 彼も、きっとあなたを待っていますよ」
 美人が柾士の肩を軽く叩いてから、冷泉邸へ入っていく。
 柾士は一つ頷き、皆の後を追った。
 訊きたいことは山ほどあった。
 神楽宮神社や華瑤鬼と呼ばれる存在のこと――
 だが、余計な質問をしている暇はなさそうだ。
 今は、火急の事態なのだ。
 一刻も早く、安芸を助けなければならない。
 それに、神社へ赴けば自然とそれらの謎が解けるような気がした。
 柾士はユキを抱き直し、玄関へ駆け込んだ。
「靴を履いたままで結構ですよ」
 公暁の声が遠くから聞こえる。
 柾士は彼の言葉のままに土足で冷泉の屋敷に上がった。
 公暁の声は階段の左側の廊下から聞こえたような気がしたので、逡巡せずにそちらへと向かう。
「――――!?」
 廊下に入った瞬間、視界に飛び込んできたのは、巨大な鏡の中に消える嵯峨の姿だった。
 金細工の縁が美しい等身大の鏡。
 先日、公暁が『あまり見ない方がいいですよ』と言っていた、あの鏡だ。
「この鏡は、神楽宮神社の社殿に繋がっているのですよ」
 驚く柾士に、公暁が説明を与えてくれた。
 彼はそれ以上の言葉を添えずに、鏡の中へと入ってゆく。
「行きましょう」
 不可思議な鏡に戸惑う柾士の腕を、美人が優しく引いた。
 美人は、柾士の腕を引いたまま鏡へ向かって進み始める。
 柾士は美人に誘われるままに鏡に身を寄せた。
 先を行く美人の身体が鏡に吸い込まれるように消えてゆく。
 柾士はしっかりと目を開いて、鏡と相対した。
 一抹の不安はあるが、畏れはなかった。
 ここ数日で、柾士の神経にはすっかり怪事に対する免疫ができてしまっている。
「安芸くん」
 低く囁き、柾士は思い切って鏡の中に身を投げた。
 水中に沈んでいくような、不思議な感覚が柾士を襲う。
 視界一杯に眩い銀の光が輝いていた。
 溢れんばかりの銀の波。
 奇妙な浮遊感。
 視界は銀色の光に覆われ、何も見出すことはできない。
 だが、繋がれた美人の手の感触だけは確かに存在していた。
 この手が自分を導いてくれるだろう。
 行かなければならない。
 安芸の元へ――


     *



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2009.07.27 / Top↑
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