ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「病院の方だな」
 亮介が慌てて立ち上がる。表情は厳しく引き締まっていた。
 彼は『ちょっと行ってくる』と言い残し、リビングを後にした。
 莉緒には亮介を引き止めることはできなかった。
 真夜中に鳴り響く電話――殊に診療所にかかってくる電話は不吉だ。
 その殆どが、急病人か死亡者が出た時の報せだ。
 だから亮介は、深刻な顔つきで診療所へ向かったのだ。
 五分ほどして亮介が戻ってきた時、彼は芳しくない表情を湛えていた。
「南で畠山の奥さんが亡くなった。これから行ってくるよ」
 陰鬱な声で亮介は告げる。
 見ると、彼の片手には往診用の大きな鞄が握られていた。
「こんな夜中に?」
「村で死亡診断書を書けるのは俺だけだし、それが俺の仕事だからね」
 懸念たっぷりの莉緒の視線を受けて、亮介は微苦笑を浮かべた。
「悪いね、莉緒。話の続きは明日にしよう。今夜は、そんな余裕はないみたいだ」
「ううん。わたしのことはいいの」
 莉緒は慌てて首を横に振った。
 須玖里家やアサのことは気になるが、亮介の仕事の邪魔はできない。
 何より、人が亡くなっているのだ。そちらの方が莉緒の好奇心や詮索より重要で重大だ。
「気をつけてね、叔父さん」
 莉緒は玄関へ向かう亮介の後を追った。
 亮介は玄関で靴に足を突っ込み、靴箱の上に無造作に置かれている自動車のキーを掴むと、真剣な面持ちで莉緒を振り返った。
「しっかり戸締まりしておくんだぞ。絶対に外に出るなよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。もう寝るだけだもん」
 心配性の叔父に莉緒は微笑んでみせた。
 亮介が軽く頷き、玄関のドアを開けて外へ出る。
 ドアを閉めかけて、ふっと彼は動きを止めた。
「兄貴と莉津子さんは正しかった」
 亮介が苦毒を呑み干したような沈鬱な顔で莉緒を顧みる。
「どうしたの、急に?」
 莉緒は目を丸めた。
 叔父が神栖玲と同じ台詞を吐いたことに驚いたのだ。
「莉津子さんは研究のために頻繁に村を訪れていた。そして、村に隠された秘密を知ってしまったんだ。だから彼女は十八年前、兄貴を村から連れ出した。莉津子さんの迅速な行動も兄貴の選択も――正しかった」
「神栖くんもそう言ってたわ。ママが知った秘密って、そんなに大変なものなの?」
「大変どころの話じゃない。天の理に反してさえいる。――アサは生きてるんだ。間違いなく、今も緋月村で生き続けている。その証拠が、玲くんだ」
「アサが生きてるなんて有り得ないし、神栖くんがアサの生存証明になるのなんて到底理解できないわよ」
 莉緒は思わず責めるような視線を亮介に送ってしまった。医者である亮介が、そんな荒唐無稽な話をするなんて信じられない。
「それも帰ってきてから説明するよ。とにかく、アサは生きている。だから、絶対に外には出るな。もし誰かが訪ねてきても、決してドアを開けてはいけないよ」
 早口で告げると、亮介は莉緒の追及を振り切るように乱暴にドアを閉めた。外からドアに鍵がかけられる音が響く。
「ちょっと待ってよ、叔父さん!」
 莉緒は慌てて玄関に飛び降り、内側からドアロックを外した。
 だが、莉緒がドアから外を覗いた時、亮介は既に車に乗り込み、エンジンを吹かせていた。
「叔父さんの言ってるアサって、一体誰のことなのよっ!?」
 叫びは自動車のエンジン音に虚しく掻き消される。
 目の前を亮介が運転する自動車が駆け抜けて行った。
「行っちゃった……」
 焦る莉緒を嘲笑うように遠ざかってゆくテールランプを眺め、肩を聳やかす。
 人間の足で自動車に追いつけるはずもない。
 莉緒は素直に諦め、玄関へと踵を返した。
 その瞬間、視界の端を何かがよぎった。
「――えっ?」
 反射的に振り返る。
 黒い影が街灯の少ない道路に躍り出るのを目撃した。
 ――人間? 誰なの?
 その不気味な黒い影は、亮介の車の後を跳ねるようにして追っている。
 物凄い速度だ。
 人間だと思ったのは目の錯覚なのだろう。
 人があれほど速く走れるわけがない。
 山から迷い出てきた鹿か何かに違いない。
「動物……よね? でも、気味が悪いわ。まるで叔父さんの後をつけてるみたい」
 車のテールランプに興味でも惹かれたのか、黒い影は亮介の車と同じ方向に駆け続けている。
 やがて、その姿も闇夜に溶け込んで肉眼では捕らえられなくなった。
 莉緒は薄気味悪さに身を震わせると、己の不吉な発言を払拭するように大股で家へと引き返した。


 亮介の忠告通りに玄関に施錠し、リビングへと戻る。
 テーブルの上に広がる須玖里家の系図を眺め、莉緒は深い溜息を落とした。
 結局、亮介から詳細な情報を引き出すことができなかった。
 得られたのは、『アサは生きている』という突拍子もない言葉だけだ。
「江戸時代からアサが生きてるなんて、誰も信じやしないわよ」
 仮にアサが村人たちから逃れ、生命を長らえたとしても、幕末から二十一世紀の今日まで存命だとは考えられない。
 当時、彼が二十代の青年だったとしても、生きていれば百六十から百七十歳という計算になってしまう。そんな長寿などギネスブックにも載ってはいないだろう。そもそも昔の人間は現代人より寿命が短いのだ。
 江戸時代に生まれたアサが、今現在生きている可能性は限りなくゼロに近い。
「神栖くんがアサの生存を証明しているっていうのも、納得できないわよね」
 亮介は五年前に起こった神栖蘭殺害事件を知っているに違いない。
 それを踏まえて、玲がアサと同じ殺人鬼であることを仄めかしたのだろうか?
 玲がアサと同じ残虐な魂を持つ殺人者であることを強調したかったのだろうか……。

『緋月村には化け物が棲んでる――それが俺だ』

 玲の自嘲気味な言葉が甦ってくる。
 同時に要の泣きそうな表情が脳裏に浮かんだ。

『今なら解る。僕は間違ってたんだ』

 悔恨に満ちた要の声を思い出すと胸が痛んだ。
「瑞穂は、ずっとこんな気持ちを抱えていたのかな」
 ふと、闊達な友人のことが心配になった。
 小さな村の中で姉弟のように育った三人。
 五年前に擦れ違ってしまった二人の少年のことを、瑞穂は誰よりも案じているに違いない。
 ――三人のために、わたしができることは何だろう?
 必死に頭を働かせてみるが、これといった妙案は思いつかない。
 そんな自分に不甲斐なさを覚えながら、莉緒はリビングの照明を消し、二階の自室へと身を移した。
「神栖くんは化け物なんかじゃないわ」
 あの美しい少年が殺人鬼だとは思いたくない。
 宝石のような蒼い双眸には、一点の曇りもなかった。
 気高く澄んだ瞳には、殺人者の片鱗など全く見出せなかったのだ。
「村に眠る謎を解けば、みんな苦痛から解放されるのかしら?」
 莉緒は自問の呟きを唇に乗せ、窓際へと歩み寄った。
 とりあえず、今日できることは何もない。
 明日、亮介から詳しい話を聞いて、自分が何をすべきかじっくりと考えるしかないのだ。
 今夜は大人しく寝よう。
 カーテンに手をかける。
 無意識に視線が夜空へと向いた。
 気のせいか、月は先刻よりも赤味を増しているように見えた。


     「五.蒼月」へ続く



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2009.07.27 / Top↑
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