ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 銀世界の終わりは、突然だった。
 水面から顔を出した時のような感覚が訪れたかと思うと、急に視界が通常に戻ったのだ。
 開けた視野の中に、美人、嵯峨、公暁の姿を発見し、柾士は安堵した。無事に鏡の通路を抜け出せたらしい。
「――ここは?」
 柾士は茫然と周囲を見回した。
 冷泉邸ではない。古い木の壁に、身を潜らせてきたのと同じ巨大な鏡が設えてある。だが、ここは豪奢な洋館ではなかった。古ぼけた小さな板の間だ。
「神楽宮神社ですよ」
 美人に言われて、柾士は漂う微香の存在に気づいた。何の香かは判らぬが、社寺特有の匂いがここには染み付いている。
 嵯峨と公暁は、二、三言何かを囁き合い、小さな板の間から次の間へと進んでいた。
 美人が自然と柾士から手を離し、彼らの後に続く。無論、柾士もそれに従った。
 次の間は本殿らしく、神棚が飾られていた。
 何気なく神棚を見上げていると、
「華瑤鬼とは、四百年ほど前に魔王の妻であった女性のことです」
 美人がひっそりと声をかけてきた。
「魔王?」
「《魔族》の頂点に立つ存在ですよ」
 応じながら、美人は柾士を促すようにして止めていた足を動かし始める。
「遙か昔の魔王の妃――華瑤鬼妃。彼女は神族討伐を目論み、この地にやってきて……当時の御方様の前に斃れました。今は、ここに封じられています。その封印が解けようとしているのですよ」
「封印?」
「そうです。冷泉が同族殺しの罪を九十九重ねた時に、華瑤鬼は永き眠りから醒めます」
「同族……殺し……」
 柾士は茫然とその言葉を復唱した。
 脳裏に、従妹の美弥が口ずさんでいた謡が鮮やかに甦る。
 美弥も柾士と同じく櫻町――冷泉の血を引いている。
 そして美弥は、柾士よりももっと以前にその真実を知悉していたのだろう。美弥の謡は、華瑤鬼の復活を示唆していたのだ……。
 同族殺しの真意を知っていたが故に、美弥は消息を絶つ羽目に陥ったのだろうか?
 未だ発見されない従妹のことを想うと、胸が苦痛に病んだ。
「その、罪深い九十九の同族殺しが、もうじき達成されようとしているのです」
 美人の唇が暗澹たる響きを含む言葉を紡ぐ。
 美人の隣に並んで説明を聞いているうちに、いつの間にか嵯峨と公暁に追いついていた。
「変だね。高倉叔父さんの気を感じるのに、何処にも姿が見えない」
 嵯峨が確認をとるように公暁を見上げる。
「はい。しかも、徐々に気が薄れているように感じられますが……」
「捕まったかな?」
「おそらくは……。ですが、境内から出てはいないと思います」
「僕もそう思うよ。念のため、結界を張っておこう。――戦になりそうだ」
 何処か楽しげな響きが、嵯峨の声には含まれていた。好戦的な輝きが双眸に煌めいている。
 彼は薄笑みを浮かべて、右の掌を差し出した。
 掌から黄金の冷光を放つ玉が生まれ、瞬時に四方八方へと飛び散る。
「な、何したの、嵯峨くん?」
「境内一帯に結界を張ったんですよ。これで、境内にいる者は外に出られないし、外からの侵入も防げます。その上、今夜ここで何が起こっても普通の人間には視えないし、音も聞こえないという訳です」
 得意気に笑い、嵯峨は公暁に視線を戻した。
「すぐ近くに安芸がいる」
 驚くほどの素早さで笑みが隠され、双眸に冷厳な輝きが浮かび上がる。
「由羅もね――」
 短く言葉を添付した後、嵯峨の身体は身軽に本殿を駆け抜け、外へと飛び出していた。
「嵯峨様、お待ちを――!」
 公暁が慌てた様子で嵯峨を追いかける。
「行きますよ」
 美人が柾士の肩を一つ叩き、敏捷に駆け出す。
 柾士はユキを抱き抱えたまま、あたふたと彼らの後を追った。
 本殿の階段を駆け降り、薄墨が垂れ籠めたような夜の境内へと転げるように躍り出す。
 すぐに二人の少年の姿が視界に入ってきた。
 ――安芸と由羅。
 白いパジャマを着た安芸の首には、由羅の両手がかけられていた。
「安芸くんっ!」
 無意識に悲鳴が柾士の口から迸る。
 同時に――
 グオォォッッ!
 獣の咆哮が響き渡った。
 黒い影が、先陣を切る嵯峨に襲いかかる。
「嵯峨様っ!」
 嵯峨に追いついた公暁が、神業の如き速度で彼の前に進み出た。
「さがって下さい!」
「公暁っ?」
 鋭い公暁の声と驚いたような嵯峨の声が忙しく交錯する。
「由羅っ!」
 叱責するような公暁の声。
 由羅の身体が明らかな動揺を示し、ビクッと激しく震えた。
「やめろ、閻羅! 兄さんだ!」
 由羅の口から叫びが放たれる。
 だが、制止の声も虚しく、獣の獰猛な牙は公暁の右肩を抉っていた。
 同時に、公暁の左の掌から無数の銀の糸が飛び出し、宙を舞う。
 僅か一瞬遅れて、彼の肩から勢い良く血飛沫が噴き上がった。


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2009.07.28 / Top↑
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