ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 
 聖華学園内部は、封鎖されているに相応しく人の気配というものが全くなかった。
 それどころか無音に近い状態だ。
 闇と静寂に包まれた奇妙な世界。
 廊下に点在する非常口を示す緑の光芒と火災報知器の赤いランプだけが、世界が深淵の闇と化すのを阻止するようにぼんやりと輝いていた。
「何だか、肝試しみたいね」
 貴籐水柯は、懐中電灯を片手に廊下を見回し、微かに眉根を寄せた。
 両脇で、田端樹里と園田充が無言で首肯する。
 学園を囲む塀を乗り越えた三人は、水柯持参のマスターキーを使用して生徒玄関から内部への侵入を果たした。
 無人の校舎に忍び込んだ一行は、そのあまりの静けさに玄関前の廊下で足を止めていた。
 毎日通っている学園が、別世界のように感じられる。
 水柯は懐中電灯で廊下の左右を照らした。
 生徒玄関から向かって右側が新校舎、左側が旧校舎だ。
 聖華学園は本来L字型の校舎であった。それが現在の旧校舎に当たる。
 二十年前、生徒の増加に伴って校舎の増築が行われた。
 旧校舎と線対称になるように新校舎を接続したのである。
 そして今のような凹型の校舎に生まれ変わったのだ。
 新校舎増築の際、生徒玄関は二つの校舎を結ぶ中間地点に設置し直されている。
 また、旧校舎時代に様々な植物を茂らせ、巨大な噴水で生徒たちの目を楽しませていた校庭は、両校舎に囲まれる形となり、今現在は『中庭』と呼称されるようになっていた。
 体育館は、旧校舎一階――長い廊下の突き当たりから伸びる渡り廊下によって繋げられている。
 更に体育館から伸びるもう一つの渡り廊下の果てには、柔道・剣道・弓道などの武道専用の施設――武道館が存在していた。
 聖華学園は巨大な校舎の持ち主なのである。
 その広大な空間に取り残されたような寂寥感が、水柯の胸中には芽生えていた。
「あまり気持ちのいいもんじゃないな」
 右隣に立つ充が苦笑混じりに告げる。
「まったくだね。どこかの誰かさんが忘れ物なんてアホなことするから」
 反対側で樹里が揶揄の言葉を吐いた。
「悪かったわね。さっさと済ませればいいんでしょ。――ホラ、行くわよ」
 水柯は樹里を軽く睨むと、教室がある新校舎へ向かうために身を転じた。
 だがその直後、
「えっ?」
 水柯は物凄い勢いで首を振り向かせ、背後を凝視した。
 身を翻す直前、何か見てはならないものを見てしまったような気がしたのだ。
「いきなり立ち止まるなよ」
 水柯と接触した樹里が不機嫌に眉をひそめる。
 しかし、彼の言葉は水柯の右耳から左耳へと無意味に通り抜けていった。
「い、今……光が見えた」
 言い終えないうちに、水柯は新校舎とは正反対の方向――旧校舎へと走り出していた。
「オイ、冗談だろ」
 訝しみながらも樹里と充が後に続く。
 水柯は、L字型の短い部分に当たる廊下の突き当たりで足を止めた。
 廊下の端には上階へと繋がる南階段があり、その隣に大きな飾り窓が一つ存在している。
「ホラ、やっぱり!」
 飾り窓を指差し、水柯は声高に叫んだ。
 こちら側の壁は校庭の一角に接している。
 そこから外に視線を向けると、遠くにオレンジ色の輝きを見出すことができた。
 暗い校庭の木々の隙間から光が洩れているのだ。
「あの方角だと――武道館じゃないか?」
 充が思案するように目を細める。
「ヤダッ。嘘……何でよ?」
 水柯は一気に混乱状態に陥った。
 頬を引きつらせながら窓を見つめる。
 今宵、学園は完全封鎖されている。
 今現在、この校舎内には何者も存在しないはずなのだ。
「まさか水妖伝説じゃないわよね」
 咄嗟に忌まわしい伝説が脳裏をよぎった。
「そんなわけないだろ。あれは迷信だよ」
 樹里が水柯の意見を一蹴する。
「万が一、迷信じゃなかったら?」
「仮に伝説が真実でも、武道館の明かりとは無関係だよ」
 充が窓の脇にある照明のスイッチを押す。
 すると一気に世界が光に満たされた。
 天井に設えられた蛍光灯が一斉に点灯したのだ。
「伝説に関係あるのは、反対の中庭だしね」
 明るくなったところで充が背後を振り返り、親指で中庭側を指し示す。
 中庭に面する廊下には、等間隔に飾り窓が並んでいた。
 校庭側には教室が造られているが、反対側は庭の景色を楽しめるように窓が連なっているだけなのだ。
 中庭に接する一階廊下だけが特殊な造りになっている。
「それに、空にはちゃんと月が出ていたからね。条件が揃わなきゃ伝説も発動しないだろうから、安心しなよ」
 諭すような充の言葉で、水柯は敷地内に侵入した時、夜空に浮かぶ月をはっきりと目撃した事実を思い出した。
 自然と唇から安堵の吐息が洩れる。
 水妖伝説は、月のない夜限定の伝承なのだ。
「あれ? じゃあ、あの光は何なの」
 水柯は、安堵と引き換えに新たに浮上してきた疑問に眉根を寄せた。
「単純なことだろ。誰かが消し忘れたんだ」
 樹里が呆れた口調で応じるが、水柯は納得できなかった。
 武道館の明かりと思しき光芒は、水柯たちが校舎に侵入した直後に灯ったような気がしたのだ。
「そうだとしても、気になるわね。わたし、ちょっと見てくる!」
 水柯は早口で告げると、旧校舎の奥へと向かって駆け出した。
 気になるものは自分の目で確かめ、異変がないのをチェックしておかないと気が済まない質なのだ。
「勝手な行動するなよ!」
 樹里が文句を垂れながらも水柯の後を追う。
 必然的に充もそれに続くことになった。
 三人はL字型の長い部分に当たる廊下をひた走った。
 突き当たりには体育館へと続く渡り廊下があり、中庭側には北階段と中庭への出入口がある。
 先頭を走る水柯は、中庭側には目もくれずに細長い渡り廊下へと飛び込んだ。


 
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.05.30 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。