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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.28[08:59]
     *


「――何者っ!?」
 公暁が怒りも露に鋭く誰何する。
 皆の視線が、声の発生源に集中した。
 夜の空に、若い男が一人浮いていた。
 見間違いではなく、男は確かに地上から三メートルほど離れた宙に浮遊しているのだ。
 その両眼は、人外の存在だということを強調するように禍々しい赤光を放っている。
 赤い瞳は《魔族》の証し――
「……九鬼」
 ノロノロと立ち上がりながら由羅が男の名を呼んだ。
 九鬼がチラと由羅を見、意味深に背後を振り返る。
 九鬼の視線の先――小さな石造りの祠が存在している事実に柾士は初めて気づいた。
 祠の周りを青白い鬼火が飛んでいる。
「おまえが……おまえが、私の弟を誑かしたのですね?」
 懸命に憤怒を抑えているような苦々しげな声が、公暁の唇から洩れた。
「由羅の全て――心も躰も血も何もかもオレが堪能させていただきましたよ、オニイサマ」
 九鬼が公暁に視線を戻し、ニヤリと唇を歪める。
「貴様っ!」
 公暁の手が銀糸を放とうと振り上げられる。
「兄さん、ダメッ!」
 由羅の悲鳴に、虚を衝かれたように公暁の手がピタリと止まった。
「あの魔族を……庇うのですね、由羅」
 公暁の哀しげな眼差しが弟に向けられる。
 公暁の問いに由羅は唇を噛み締め、目を逸らした。
 奇妙な重苦しい沈黙が境内に漂う。
 それを打ち破るように、
「あなたは何者です?」
 美人が上目遣いに九鬼を見据え、凛然とした声を発した。
「これは、これは――」
 九鬼が美人の姿を見下ろし、軽く目を瞠った後、フンッと鼻を鳴らす。
「神族の天主様までお出ましですか」
 侮蔑を隠そうともせずに、九鬼はクックッと嫌な笑いを零した。
「――あなたは何者です?」
 押し殺したような美人の声が、もう一度九鬼に向けられる。
「見ての通り、ただの魔族ですよ」
 美人を無視するかのように素っ気なく応え、九鬼は由羅へと視線を動かした。
「冷泉の御方様に、神族の天主に、おまえの兄貴――招かざる客ばかりが揃っちまったな、由羅。さっさと、そのガキを殺してしまえば良かったのに。まっ、仕方ないか。急遽、予定変更だ」
 パチンッと九鬼が指を鳴らす。
 突如として虚空が切り裂かれ、そこから赤い塊が出現した。
「高倉叔父さん?」
「高倉様っ!」
 嵯峨と公暁の驚愕の声が重なり合う。
 赤い物体は――人間だった。
 神に遣えるための白い着物と袴は、血によって真っ赤に染め上げられている。それを身に纏っているのは、グッタリとした枯れ木のような壮年の男だ。意識は既に事切れ、虫の息なのは誰の目にも明らかだった。
 虚空に浮かぶ高倉を救出しようと、公暁が銀糸を飛ばす。
 転瞬、
「閻羅っ!」
 由羅が鋭く獣に命令を下した。
 ユキと睨み合っていた黒き影が、主人の声に忠実に跳躍する。
 死神のような漆黒の影は、あっという間に銀糸を追い抜き、瀕死の高倉に躍りかかった。
 疾風の如き速度で、獣は高倉の胸を喰い破る。
「ぎえぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!」
 高倉の口から断末魔の叫びが迸った。
 グシャッと肉の潰れる不快な音がし、血の匂いが周囲に充満した。
 高倉の胸にポッカリと黒い穴が開いたかと思うと、そこから噴水のように血が飛び散ったのだ。
 空を駆ける閻羅の口には、まだピクピクと動く臓物がくわえられている。
 それが何なのか柾士は本能的に察知していた――心臓だ。
「――うっ!」
 気味の悪さに柾士は嘔吐を感じ、片手で口を覆った。
 閻羅が首を横に振り、高倉の心臓を闇に放り出してから由羅の足許へ戻ってくる。獰猛な牙を剥き出す口の周りが血に彩られ、ヌメヌメと赤く光っていた。
「ハハッ……ハーッハッハッハッ!」
 闇夜に、九鬼の狂ったような高笑いが木霊する。
 柾士は嘔吐感をと堪え、空に浮かぶ九鬼を見上げた。
 高倉の身体からは、止まることを知らないかのように激しく血が噴き上げている。
「九十九の冷泉の血――華瑤鬼妃様の復活だ!」
 哄笑混じりに叫び、九鬼は高倉の遺体を片手で掴んだ。
 情け容赦なく、血まみれの高倉を後方の石の祠に向けて投げつける。
 グシャッッッ!
 高倉の身体は、まともに石の祠にぶつかり崩れ落ちた。
 頭蓋がひしゃげ、そこから溢れ出した赤い血液が祠を濡らす……。
 月明かりに照らされた祠が、深紅に染まる。
「今こそ永き眠りから醒めよ、華瑤鬼妃!」
 九鬼が狂乱の叫びをあげる。
 刹那、
 ドオォォォォォォォンッッッ!!
 耳をつんざくような轟音と共に、祠から火柱が飛び出した。



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Category * 堕天の翼
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