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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.28[09:03]
 紅蓮の炎が天高く突き上がった。
 夜空に煌々と輝く一本の火柱。
 炎が舞い上がっているというのに、境内の空気は一気に冷えたようだった。
 背筋がゾクリと粟立つ。
 炎は解放された自由を満喫するように、狂おしいほどの螺旋を描き始めていた。
 柾士は、眼前の光景を声もなく驚愕の眼差しで見つめていた。
 ――ホホホホホッ!
 不意に、女の嬌笑が聞こえた。
 驚きに心臓が高く跳ね上がる。
 火柱の中を、豪華絢爛な十二単を纏った艶やかな女性が昇ってゆくのが見えた。
 美しいが毒々しく――残虐な微笑を湛えた半透明の女性。
 ――錯覚か 
 咄嗟にそう思った。
 だが、それは嵯峨の忌々しげな叫びによって打ち消された。
「華瑤鬼っ!」
 自分以外の者にも、しっかりとあの女性が視えているのだ。
「身体のない華瑤鬼を復活させて、どうする気?」
 嵯峨が九鬼を睨み上げる。その髪がユラユラと揺れていた。炎の勢いのせいではない。神力の放出故だ。彼の全身からは陽炎のように白い光が立ち上っている。彼は目醒めた華瑤鬼を前にして、臨戦状態に入ったのだ。
「心配ご無用、御方様。《器》なら、ちゃんと用意してある」
 揶揄たっぷりのせせら笑いと共に、パチンッと九鬼の指が鳴る。
 再び虚空が割れた。
 音もなく九鬼の手の中に細い人影が落ちる。
 重力に従って垂直に垂れた長い髪。
 細い肢体にセーラー服を身に纏った少女――
「ああっ……!」
 柾士は驚愕のあまりに目を丸め、息を呑んだ。
「冷泉の血を引く、素晴らしい《器》だ」
 九鬼の残酷な言葉が、遠くに聞こえる。
 柾士は少女から目を離すことができなかった。
 青白い、生気の失われた小さな顔……。
 ――柾士おにーちゃん!
 そう元気良く少女が微笑むことは、二度とないだろう。
 柾士には、少女の魂が既に肉体から離れているのが手に取るように解った。
 少女の肉体には、死の影のみが纏わりついている。
「美……弥……」
 掠れた呟きが喉の奥から絞り出される。
 腕の中で、安芸の身体が可哀相なほどに硬く強張った。
「美弥……なんっ……でっ――どうしてっ!?」
 柾士は誰に訴えるわけでもなく叫んでいた。
 悲しみよりも怒りが先に立った。
《狐の嫁入り》を見た時から、従妹の美弥の死は予期していた。
 だが、いざそれに直面すると、沸々と言い表し様のない激情が込み上げてきたのだ。
 美弥を護ってあげることのできなかった怒りと悔やみ。
 何故、美弥が死ななければならなかったのか?
 ――あんなに、いい子だったのに……。まだ十六歳だったのに……!
「美弥っ!!」
 胸の痛みに耐え切れず、悲鳴をあげた。
「……まさし……!」
 安芸がギュッと服を握り締めてくる。その手が小刻みに震えているのは、泣いているせいだろう。
「何でだよ、美弥っ!?」
 絶叫が収まらなかった。
「美弥は――」
 ポツリと、予期せぬ声が柾士の血のような叫びに応じた。
 由羅が苦毒を呑み干したような表情で、静かに柾士を眺めている。
「自ら死を選びました。ボク一人に罪を被せぬよう、一緒に罰を受けてあげる、と」
「君は……」
 柾士は激昂に任せ、キッと由羅を睨めつけた。怒りを止められない。
「美弥は、こうなることを解っていて死を望みました。だから――ボクが殺しました」
 淡々と告げる由羅。
 黒い闇のような冷たい双眸が柾士に注がれていた。
 ――美弥の大好きな由羅くん!
 恋心に瞳を輝かせ、明るく自慢げに笑った美弥の姿が脳裏を掠める。
「君はっ――」
 柾士は拳をきつく握り締めた。目頭が熱い。
「君は知らなかったのかっ!? 美弥は君のことが好きだったんだぞっ!」
 ガツンッッ!
 力任せに拳を石畳に叩きつける。
 拳が切れて血が滲み出したが、痛いとは感じなかった。
 肉体の痛みよりも、鋭く、強く、心が激痛を発している。
 ポタリ、ポタリ、と、拳に、石畳に――涙が零れ落ちて弾けた。
 涙越しにじっと由羅を見据える。
「知ってます」
 由羅は柾士の非難の眼差しを避けるように、僅かに俯いた。
「知ってます。知ってました……だから――」
 ふと、由羅の言葉が途切れた。
 ――ホホホ……オホホホホッ!
 鬼女の嬌笑が、境内に高く響き渡ったのだ。
 誰もが、祠から迸る火柱に着目していた。
「華瑤鬼妃様。《器》は、これに――」
 宙に浮かんだままの九鬼が両手を伸ばし、高々と美弥を炎に向かって差し出す。
 ドオォォォォォォンッッ!
 火柱が弾けるように祠から離脱した。
 天高く舞い上がった火柱が渦を巻き、凄まじい速度で美弥の身体へと降下してゆく。
 ――ホホホホホッ!
 狂喜の高笑いと共に、美弥の身体を炎が貫く。
 ビクンッ、と美弥の身体が痙攣するように大きく揺れた。
 赤光が美弥の身体を包み込む。
 九鬼が両腕に美弥を抱いたまま、ゆっくりと地上へ降り立った。
「華瑤鬼妃様、貴女が待ち望んだ復活ですよ」
 限り無く優しく囁き、九鬼が美弥から両手を放す。
 つい先刻まで息絶えていたはずの美弥の身体が、自らの足で地を踏み締めた。
 青白い顔に艶麗な笑みが刻まれる。
 静かに――ひどくゆっくりと双眸が開いた。
 赤い、赤い――血のような眼球が薄闇の中に輝く。
「みやっ!」
 唐突に安芸が腕を振り払って駆け出したので、柾士は驚いた。
「……みや……みやっ!」
 安芸は錯乱したように美弥に向かって疾走している。
「安芸くんっ!」
 柾士は咄嗟に安芸を追いかけていた。
「みやっ!」
 安芸は、何かに憑かれたように一心不乱に美弥を目指している。
 伸ばした細い手が、赤く輝く美弥の身体に触れようとする。
「安芸! それは、もう美弥じゃない!」
 嵯峨の澄んだ声が空を裂く。
 しかし、安芸には兄の声が聞こえていないようだった。
「みやっ!」
 美弥を取り戻そうとするように、安芸は彼女の手を掴んだ――
『妾に触れるな』
 美弥の口から、美弥ではない声が発せられた。
 冷たく、艶かしい、成熟した女性の声だ。
『妾は――美弥ではない』
 カッ、と美弥の両眼が燃え立つように光った。
 同時に、安芸の身体が見えない手によって押し返されたように弾け飛ぶ。
「――安芸くんっ!」
 柾士は、自分の方へ飛んできた安芸の身体を必死で抱き留めた。
 特に怪我はないようで、安芸は柾士の腕の中で愕然と美弥だけを見つめている……。
「……みや」
 悲哀を帯びた眼差しから、透明な液体がとめどなく流れ落ちる。
『妾は美弥ではない。妾は、魔王の妻――華瑤鬼』
 高慢な物言いで美弥は繰り返した。
 美弥の身体を細い炎の筋が螺旋を描くように包み込む。
『四百年もの永き間に積もり積もった妾の恨み――今こそ晴らしてやるぞ、冷泉っ!』
 美弥――いや、復活した華瑤鬼は愉悦の笑みを浮かべる。
 鬼女の覚醒を喜ぶように、無数の青白い鬼火が彼女の周囲を飛び交い始めていた。
「みやっ!」
 バッと柾士の腕を払い除け、安芸が再び華瑤鬼へと駆け出す。
「安芸くん!」
 柾士は咄嗟に安芸の腕を引っ掴んでいた。そのまま、後ろから羽交い締めのようにして抱きすくめる。
「まさし……いやっ……!」
 安芸が嫌がる素振りを見せたが離す気は更々なかった。逆に、更に腕に力を込める。
「みや、みやっ!」
 安芸が華瑤鬼に向けて必死に手を伸ばす。
 柾士は懸命に安芸の細い身体を抱き締めた。
「みや、みや、みやっ! ――美弥っ!」
 いつしか、安芸の咆哮は正気の叫びへと変わっていた。
「美弥っっっ!!」
 絶叫と共に、安芸の全身から凄まじい光が放出される。
 黄金の光の波。
 光の奔流――荒れ狂う《力》の存在を柾士は感じ取った。
「うわっ!」
 光に目が眩み、その場に尻餅をついてしまう。
 夜が明けるように、世界は黄金の光で溢れ返っていた。
 だが、黄金の輝きは安芸の周辺のみに限定され、即座に収縮する。
 ンニャン。
 地面に座り込み、恟然とする柾士の傍にユキが駆け寄ってくる。
「あ、安芸くん……?」
 柾士は無意識にユキを抱き寄せた。目だけはしっかりと安芸に向けられている。
 安芸から目が離せない。
 自分は今、奇蹟の起こる瞬間を目にしているのだ。
 安芸の神力が甦った。
 柾士は我が目を疑った。
 神々しい黄金の光を身に纏った安芸。
 その背中――二枚の大きな光の羽根が、優美に翼を広げていた。



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Category * 堕天の翼
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