ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「華瑤鬼は滅んだようですよ」
 有馬美人は、目前の青年から視線を逸らさずに静かに告げた。
「残念ながら、そうみたいだな」
 九鬼が皮肉げに唇の端を歪める。
 二人の間には、目に見えぬ緊張の糸が張り巡らされていた。
 初めて相俟みれる敵――否が応にも神経が研ぎ澄まされ、過敏になる。
「あなたの目論見も失敗に終わったという訳です。――逃げないのですか?」
 雷師の尖端は、九鬼の頸動脈の上に当てられている。
「生憎、オレにはまだ由羅がいるんでね」
 対する九鬼のフリッサの切っ先は、美人の心臓の前で止まっていた。
 二人は、数秒前まで激しく剣を交え打ち鳴らしていたのだ。
 剣技の力量はほぼ同格――膠着状態が続いていた。
 つい先刻、二人は奇しくも同時に互いの急所を狙う攻撃に出た。そのスピードと正確さが同等だったので、二人共やむなく攻撃の手を止め、そのまま睨み合いとなったのである。
「そうですか。あなたは、ただの魔族だと言った割には強いですね」
「なに、ただの魔王様の側近なだけさ」
「なるほど。あの男の腰巾着でしたか」
 美人は冷ややかな眼差しで九鬼を見据えた。
 美人の揶揄するような言葉に、九鬼は苦々しい表情を浮かべた。だが、それはすぐに引っ込み、代わりに嘲笑が広がった。
「あんたも代理の割には強いじゃないか。綺麗なだけのお飾り人形じゃなかったんだな」
「高く評価していただけて嬉しいですよ」
「礼には及ばんさ」
 二人は視線を絡ませたまま微笑み合った。
 転瞬、二人同時に後ろへ飛び去り、新たな距離を作る。
「あの子を自由にしてあげて下さい」
 足が地に着いた瞬間、美人は雷師を振るった。青白い刀身から分身したように、三日月のような弧を描く冷光が放たれる。
「――由羅? 冗談だろ、天主様。オレはあれに惚れてる。それに、あれも満更でもないみたいだぜっ!」
 九鬼はせせら笑い、フリッサを天空へと掲げた。刀身が紫に輝くと同時に、空から稲妻が走り、雷師の光の波動を撃破する。
 爆風と爆音が、美人と九鬼を取り巻いた。
 衝突した力と力が石畳を抉り、縦横無尽に飛び散る。
 そんな中、二人はまたしても同時に地を蹴っていた。爆風も石の破片も、彼らの戦いを妨げることはできないのだ。
 青白い光と紫光――神力と魔力――剣と剣が衝突し、反発し合う。
「あの子は、まだ完全に魔族になっていないはずです!」
 一合。
「もう手遅れだ。あと一歩で、由羅は完全な魔族になる! オレの仲間になるんだよっ!」
 二合。
「あの子は、それを心から望んではいないはずです」
「うるさいっ! 由羅はもう冷泉では生きられないんだよ! だから、オレが貰う!」
 三合。
「あの子を堕天にはさせませんよ」
「ふざけたことを……! 由羅は誰にも渡さん。オレには由羅が必要なんだよっ!」
 四合。
「オレはあんたを斃し、由羅を手に入れる!」
 五合――
 九鬼のフリッサが美人の刀を激しく打った。
「――くっ……! 本気なんですね?」
 美人は気力で九鬼の刃を押し退けた。
 二人は弾けるように離れ、剣を構え直す。
「どうあっても、心は変わらないのですね?」
 美人は、彼にしては珍しく幾分険しい口調で詰問した。
「あたりまえだろっ。オレは由羅が欲しいんだよ!」
 語気を荒げて九鬼が答える。
「……解りました。でも、あなたに僕は殺せませんよ」
 美人の麗顔から一切の感情が消え失せる。
「――何っ?」
「あなたは、雷師の力を見くびっているようですね。何故、華瑤鬼がこの刀を恐れたのか解りますか?」
 美人は九鬼に冷ややかな視線を据えた。
 ゆるりと雷師を動かし、青眼に構える。
「知るかっ!」
「では、今――教えてあげます」
 言い終えた瞬間、美人は跳躍していた。
 手にした雷師が、一際明るく輝き始める。それに伴い、美人の全身を覆う青い冷光も眩さを増した。
 雷師が九鬼の頭上に振りかざされる。
「――ぐうっ!」
 九鬼は辛うじてフリッサで刃を受け止めていた。
 美人は着地と同時に、流れるように雷師を九鬼の肩へと移動させる。
 九鬼は、刃の餌食にならぬよう防御に徹している。顔色は蒼白で、額からは汗が滴っていた。先ほどまでとは比較にならない美人の神力に、圧倒されているようだった。
「どうして、この雷師が《魔封じの剣》と呼ばれているか解りますか?」
 美人は、神力を惜しみなく雷師に注ぎながら意味深に微笑んだ。
 今の彼は、他人の上に立ち、他人を従え、他人に崇拝され、他人に畏怖される、支配者の顔をしていた。それも、ただの支配者ではない。神の血族――神の末裔の、だ。
 神力が放出されているせいだろう。比類なき美貌は非人間的でさえあった。
「知らないって言ってるだろっ!」
 九鬼が苛立たしげに叫ぶ。彼のフリッサは、明らかに美人の剣に圧され始めているのだ。
「この刀は、魔物を殺すために存在するのではないのですよ。その名の通り、魔物を封じるためにあるのです。この刃に貫かれた魔性は、瞬く間に封印されます――永久に」
 不意に、美人は刀を持つ手の力を緩めた。
「何っ?」
 急に圧力がなくなった反動で、九鬼の身体は前のめりによろめいた。
 美人は、躊躇せずに九鬼の腹を力一杯蹴りつける。
 九鬼の身体は数メートル吹き飛び、不様に地面に叩きつけられた。
「さようなら―」
 仰向けになった九鬼目掛けて、美人が宙を舞う。
 雷師を逆手に持ち替えて、切っ先を下へと向けた。
 落下の勢いを利用して、そのまま九鬼の胸に刀を突き刺す。
 ズサッッ!
 肉と骨を立つ鈍い音。刃は、恐ろしいほど正確に心臓を串刺しにした。
 九鬼の両眼がカッと大きく見開かれる。
「……ゆ……ら……」
 口からは、断末魔の悲鳴ではなく吐息に近い言葉が洩れた。愛する者の名が―― 
 僅か一秒ほど遅れて、胸から血飛沫が噴き上がる。
 続いて雷師のを中心に青白い光が膨らみ、一瞬の内に弾け散った。
 後には、小さな青銀の玉が一つ、石畳の上に転がっただけだ……。
 美人は玉を靴底で踏み潰そうと片足を上げた。
 刹那、
「やめてっ!」
 絶望に打ちひしがれたような悲鳴が、美人の耳をつんざいた。
 真摯な、心の奥底からの絶叫。
 美人は足を止め、声の主を見遣った。
「やめてっ! お願いだから、九鬼を――」
 由羅が、安芸と戦いながらも懇願の眼差しを美人へと注いでいるのだ。九鬼を失ったことに怯える双眸が、じっと美人を見つめている――彼を殺さないで、と。
 美人は軽く首肯し、玉の上から足を退けた。
 由羅は安堵したように目を細め、美人から視線を逸らした。それきり、安芸との戦いに集中してしまう。
 美人は、九鬼であった玉を拾い上げた。
 唇がひっそりと言を紡ぐ。
「じきに終幕です――」


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2009.07.28 / Top↑
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