ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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六.飛翔



 晴れた秋の空が、目に眩しい。
 早朝の澄んだ空気の中、二人の青年が別離を惜しんでいた。
「――やっぱり、行くんだね?」
 志木柾士は、タクシーに乗り込んだ美貌の青年に寂しげな目を向けた。
「ええ。僕には天主として生きること以外、赦されませんから。まあ、代理ですけれど」
 有馬美人が自嘲めいた笑みを閃かせる。
「随分、急だね?」
 柾士は名残惜しそうに問いかけた。
 ほんの数日しか共に過ごしていないのに、いざ別れるとなると寂寥感が募ってしょうがない。
「志木さんや一乃さんにご迷惑はかけられませんから。これから忙しくなるでしょうし」
 美人が哀しげに微笑む。
 今夜、柾士の従妹・武村美弥の通夜が行われるのだ。その準備で柾士も一乃も忙しい。
「君がいなくると……ホントに昨日までの出来事が夢になってしまいそうで、怖いよ」
 柾士は脳裏に昨夜の凄惨な事件を反芻させ、渋面を作った。未だに釈然としない。
「もしかして、自分を責めているんですか?」
「オレは、やっぱりまだ納得できない。何か由羅くんを救う別の方法があったんじゃないかと思えてならないんだ……」
「でも、志木さんの責任ではありません。安芸と由羅が選び、決断した道です。由羅は、冷泉には――神族には戻れないところまで追い詰められていました。魔族として生きることを、あの子が心底望んでいたと思いますか? 僕にはそうは思えません」
「解らないよ。今となっては、そうだったと信じるしかない気がするけど――」
 強い口調で断言する美人に反論できず、柾士はきつく唇を噛み締めた。
 全ては由羅の決断――思惑通りだった、と言われればそれまでだ。
 由羅は死を望んでいたのだ、と信じ、己を納得させるしか術はない……。
「では、志木さん。本当にお世話になりました。きっと――また逢えますよね?」
 押し黙ってしまった柾士を気遣ってか、美人が早々に別れの言葉を告げる。
「う、うん。――元気でね、有馬くん」
 慌てて現実に立ち返る。何と言ってよいのか思い浮かばずに月並みな言葉を口にした。
 美人が軽く微笑む。
「さようなら、志木さん」
 バタンとドアが閉ざされる。
「――あっ……」
 柾士は急に胸に小さな痛みを覚えて、動揺した。
 美人と離れ離れになってしまう現実が心に痛い。
 もっと彼と話をしたかった。
 もっと彼のことを知りたかった。
 もっと彼に自分を知って欲しかった。
 もっと彼と同じ時を過ごしたかった。
 もっと――
 だが、美人は旅立とうとしている。
 そして自分には、それを止める権利はないのだ。彼には為すべきことがあるのだから。
 ――柾士。
 唐突に眼前に白いワンピース姿の《彼女》が現れた。
 いつもの幻影とは異なり、血にまみれた《彼女》ではない。優しく慈愛の微笑みを浮かべる、美しい《彼女》だった。
 ――柾士。本当にそれでいいの?
《彼女》が柾士の心に呼びかける。
「あっ……いや……」
 即座に柾士は頭を振った。
「よくない――待って、有馬くん!」
 反射的に、発進しようとしていたタクシーの窓をドンドンと力強く叩く。
「有馬くんっ!」
 叫ぶ柾士を美人が驚いた表情で見上げる。
 すぐにタクシーのドアが開いた。
「どうしました?」
「有馬く――美人くん、一つ言い忘れたことがあるんだ」
 柾士は身を屈め、車内の美人を見つめた。
「……初めて名前で呼んでくれましたね」
「美人くん、オレ、待ってるから。ずっと待ってるから! だから、いつか全てが終わったら、ここへ遊びに来てよ」
「ええ、また来ます――」
「絶対だよっ!」
 柾士は美人の肩を強く掴んだ。
「魔族とのケリがついたらオレに逢いに来るって、約束してよ! 死んだりしたら――絶対に赦さない!」
 柾士の激白に、美人はしばし唖然としたようだった。
 ――が、やがて彼の美しい顔には、心から喜んでいるような艶やかな微笑みが浮かんだ。
「ええ、約束します。何年後、何十年後でも、必ずあなたに逢いに来ますよ」
「オレ、いつまでも待ってるから――」
 柾士は泣き出したいのを懸命に堪え、歯を食いしばった。
 美人の手が柾士の腕にそっと触れ、優しく引き離す。
「志木さん。それでは、本当にこれで――」
 美人の手が柾士の手を強く握り――離れた。
「あなたに逢えたことを――感謝します」
 穏やかな微笑みが柾士に贈られる。
 ――バタンッ。
 無情にもタクシーのドアが閉められた。
 間を空けずにタクシーが発進する。
「美人くん。オレ、本当に待ってるから!」
 それでも柾士は叫び続けていた。
 美人が振り返り、極上の笑みを浮かべる。その姿はあっという間に遠ざかった。
「いつまでも待ってるから――」
 茫然と独り言ちる。
 胸が締めつけられるように痛かった……。
 ――柾士。
 再び《彼女》の姿が視えた。
 ――サヨナラ、柾士。
 僅か一時姿を見せ、《彼女》は空気に溶けるようにして消えてゆく。
 柾士は言葉もなく消散する《彼女》を見つめていた。
 最後に《彼女》の顔に閃いた微笑が、眩しいほど鮮やかだった。
 その微笑みに心が救われたような気がして、柾士も釣られるように笑った。
 ふと、その双眸が何かを捕らえたように細められる。
 目前に広がる巨大な森の中に、細い人影を発見した。
 喪服を身に纏った少年が、両手に純白の花束を抱えている。
 死者に捧げる花――百合だ。
 少年は柾士の存在に気づき、嬉しそうに手を振った。
 柾士は柔らかい笑みを浮かべ、手を振り返す。
 護るべき愛する者が、まだ在る。
 それだけが今の柾士にとっては生きることへの執着――希望だった。
 長い黒髪を靡かせ、少年が駆け寄ってくる。
 少年を見つめる柾士の眼差しに温かな光が射した。

 もう二度と《彼女》の幻が現れることはない――



                              《了》



最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!
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2009.07.28 / Top↑
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