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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.28[22:59]
五.蒼月



 受話器を持つ祖父の手が震えた。
 祖父の背に緊張が走り、送話口に向けられた声が渋みを増す。
 坂瑞穂は眉間に皺を寄せ、電話台の前に立つ祖父の後ろ姿を見つめていた。
 つい先ほど、居間で電話のベルが鳴り響いた。
 真夜中の電話を不愉快に思いながらも、瑞穂は読書を中断させて渋々とベッドを抜け出してきたのだ。そして居間へ到着した時、祖父の源二とばったり鉢合わせしたのである。
 源二は瑞穂よりも先に電話台に歩み寄り、受話器を取り上げた。
 誰からの電話か知らないが、内容は芳しくないものであるらしい。受話器に向けられた源二の声は、低く険しい。
「畠山の奥さんがな……。これで二人目か」
 そう呟いた直後、源二の全身を緊張感が包んだのである。
 ――訃報だ。
 そうと察した瞬間、瑞穂は思わず源二の背に鋭い視線を浴びせていた。

 村で死亡者が出た。

 それ以上に不吉なものを『これで二人目か』という源二の言葉に感じた。
 二人――西の金井房雄を入れて二人目の死者だということだ。
 昼間に出会した白い葬列を思い出し、瑞穂は沈鬱な気分に陥った。
 ――二人目の犠牲者が出てしまった。
 焦りと苛立ちが胸に込み上げてくる。
 これ以降も死人が続出すれば、間違いなく要は殺される。
 そして、玲にも何らかの報復がなされるだろう。
 瑞穂は幼なじみ二人の境遇に胸を痛ませ、彼らを失った時の恐怖に戦かずにはいられなかった。
 この村は、二人の少年にとってあまりにも非情すぎる。
 村のどこにも要と玲の居場所など在りはしないのだ。
 ――要と玲を殺させたりはしない。
 瑞穂は源二の背を見据えたまま、両の拳を握り締めた。
 ほぼ同時に源二が受話器を置き、こちらを振り返る。
「南で畠山の澄江さんが亡くなったそうだ」
 祖父の視線は瑞穂ではなく、その隣に向けられていた。
 瑞穂がハッと首を横に向けると、いつの間に起きてきたのか両親の姿があった。
「東では武田の聡子ちゃんが行方不明らしい。こちらも絶望的だろう。明日の夜、須要の山で祟り鎮めの祈祷をすることになった」
 源二が抑揚のない口調で宣告する。
 両親が無言で頷くのを見て、瑞穂は無性に腹が立った。
 睨めつけるような視線を送ると、父と母は慌てて顔を背けた。瑞穂の非難から逃れるように父が母の肩を抱き、寝室へと戻ってゆく。
「何で……簡単に頷けるかな? どうして、そんなに素直に受け入れられるんだよ!」
 頼りない両親の後ろ姿を見つめ、瑞穂は吐き捨てた。
 胸を占めていた焦燥は、逃げる両親を目にした途端に憤りへと変わっていた。
「あたしは認めない。絶対に認めない――祟り鎮めなんてさせやしない」
「瑞穂、仕方のないことなんだよ。村長が明日だと決めたんだし、これ以上死者を出すわけにもいかない」
 源二が瑞穂を宥めるように、そっと肩に手を置く。
 しかし、源二の言葉に瑞穂の心が慰められることはなかった。かえって怒りを増幅させただけだ。
「仕方ない? 何でも祟りのせいにすればいいなんて、どう考えてもおかしいだろ」
 瑞穂は邪険に源二の手を払い、怒りに燃える眼差しで彼を見返した。
「祟りなんかじゃないことは、みんな知ってるくせに。どうして誰も立ち向かわない? 誰も闘おうとしないから、今までずるずると犠牲者を出し続けてるんだよ」
「誰も勝てんのだよ。奴は不死身だ」
「成す術がないから、全部須玖里に――要に責任を押しつけるわけだ。勝手だよ。理不尽だ。どうして要だけが村の犠牲にならなきゃいけない!」
 瑞穂は怒りのままに声を荒げた。
 源二に八つ当たりしても何の解決にもならないことは解っているが、喚き散らさずにはいられなかった。悔しさに涙が込み上げてくる。
「死んでいるのは、須玖里の要だけじゃない。何人もの村人が奴の毒牙にかけられてきた」
 源二が嗄れた声で呟く。
 瑞穂は目頭に溜まった涙を手で拭い、深呼吸をした。
 源二に罪があるわけではない。村人たちが何の対処もしてこなかったわけでもない。
 ただ、降りかかる災厄が大きすぎて、村の力ではもうどうすることもできないだけだ。
 瑞穂は心を落ち着かせるために目を瞑った。
 瞼の裏に大切な幼なじみの姿が浮かぶ。
 ――誰も頼りにならない。あたしが要と玲を護るしかない。
 強い想いが胸に芽生えてくる。
「誰もやらないなら、あたしがやる」
 瑞穂は瞼を押し上げ、決意に漲る眼差しを源二に向けた。
 源二の顔に衝撃が走る。
 孫娘に対する非難と愛情が、源二の目の中で交錯した。
「……おまえに何ができるというんだ?」
「何ができるか解らないし、何もできないかもしれない。だけど、あたしは闘える。要と玲のためなら喜んで闘う。――お祖父ちゃん、お願い。あたしに蔵の鍵を貸して下さい」
 瑞穂は真摯に源二を見つめ、片手を祖父へ向けて差し出した。
 坂家の裏庭には石造りの蔵がある。その中に、瑞穂が今一番欲しているものがあった。
 だが、蔵を開けるには源二が管理する鍵が必要だ。何としてでも源二から蔵の鍵を貰わなければならない。
「五年前、あたしはまだ子供で、村の狂気を茫然と眺めていることしかできなかった。要と玲の力になってあげることすらできなかった。もう二度と……あんな想いはしたくない。あたしには、二人が殺されるのを黙って見ているなんて無理なんだ」
 瑞穂は必死に言葉を繰り出した。
 緋月村という閉ざされた世界で、十七年間生きてきた。
 数少ない同級生たちはみな兄弟のようなものだ。
 その中でも要と玲は掛け替えのない存在だった。
 彼らを見捨てることなど、瑞穂には到底できない。
「二人を救うためなら生命を懸けてもいい」
「おまえに剣を教えたのが間違いだったかな」
「間違いなんかじゃない。お祖父ちゃんは村の惨状を憂いていたからこそ、あたしに刀を持たせてくれた。――そうだろ?」
 坂家には代々伝わる独自の剣術が存在していた。
 幕末に村を殺人鬼アサの魔手から救ったとされる坂龍之介――彼から受け継いできた剣術を源二は瑞穂に剣術を叩き込んだのだ。
 元々運動神経のよかった瑞穂は、源二の剣術指南を受けて腕を確実に磨いてきた。
「誰かがやらなければ、これからも死者が増え続けるだけだ。……お祖父ちゃん、どうかあたしに要と玲を護らせて下さい」
 一言一言を噛み締めるように音に成し、瑞穂は嘆願した。
 短い沈黙の後、源二が深い溜息を落とす。彼は首にかかる紐を手で外すと、瑞穂の目の前に突き出した。
 垂れ下がった紐の先で、鈍色に輝く物体が揺れている――蔵の鍵だ。
「親しい者が要だったなら、わしも同じことを考えたかもしれん。いや、そうじゃなくても、わしは刀を取るべきだったんだろう。……今更悔いても、言い訳にしかならんがな」
 源二が微かな自嘲を含ませて言葉を紡ぐ。
「蔵の中の物はいつでも使えるように手入れしてある。瑞穂の好きなようにしなさい」
 静かな声音で告げ、源二は瑞穂の掌に蔵の鍵を乗せた。
 彼は柔らかい笑顔を瑞穂に向けると、ゆっくりと踵を返した。
「……ありがとう」
 立ち去る源二の背に向け、瑞穂は心からの謝辞を述べた。
 源二が振り向かずに片手を挙げる。
 その細い肩が僅かに震えていることに気づき、瑞穂は急にいたたまれなくなった。
 優しく頼もしい祖父に涙を流させてしまったことが、とてつもなく心苦しい。
「ありがとう、お祖父ちゃん」
 瑞穂は鍵を強く握り締め、祖父の背に向かって深々と頭を垂れた。



 扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出してきた。
 石造りの蔵の中は、季節を問わず常に低温を保っている。
 瑞穂は蔵に足を踏み入れると、手探りで内壁にある照明スイッチを押した。
 光が灯った瞬間、視界に飛び込んできたのは磨き上げられた床板だった。
 坂家の蔵は、一般的に思い描くような蔵とは少しばかり様相が異なる。『蔵』と呼んではいるものの、その実体は道場なのである。
 瑞穂は靴を脱ぎ、一段高くなっている床板の上に乗り上がった。
 一礼した後、迷いのない足取りで道場を突っ切る。
 蔵の最奥に達したところで歩を止めた。
 目前の壁には、幾つもの日本刀が飾られている。全てが真剣だ。
 瑞穂はその中から躊躇することなく一振りの日本刀を選び、掴み取った。
 江戸末期から高坂家に伝わる剣――坂龍之介の愛刀《蒼月》だ。
 刀身に刻まれた蒼月(そうげつ)という銘を初めて見た時、瑞穂は幼いながらに『これは、あたしの刀だ』と妙な確信を抱いた。
 緋月村に残る吸血鬼伝説。
 その中に出てくる『紅い月』に対抗するかのように蒼月と名づけられた刀。
 ただそれだけのことで、瑞穂は蒼月を愛用してきた。
 いつか、この蒼月が紅い月に呪縛された村と人々を解き放ってくれるのではないか、と期待を込めながら……。
「今が、その刻だ。あたしと一緒に闘おう、蒼月」
 瑠璃色に装飾された鞘を指で一撫でしてから、瑞穂は静かに踵を返した。



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